第40話 従者、風魔春人
叫びながら俺と黒鉄は走り出した。黒鉄はナイフを構えながら、俺は拳を作りながら、走っていく。
そこで黒鉄のナイフは俺を捉えた。黒鉄の方が俺よりも腕の長さが長い。その分リーチも長いので、俺のが拳を叩きつけることが出来ない範囲から俺を切り付けることが出来る。
しかし、そんなものは俺には関係なかった。
俺目掛けて振り下ろされるナイフ。俺はそれを裏拳で弾いた。だが、そこで安心してはならない、相手の腕は二本ある片方を防いだところでもう片方から攻撃が来る。その事を予測したので、今度は反対からナイフを降ってきたものの、それを体の捻りを加えて最小限の力のみで捌いて見せた。
「なっ」
「驚くことじゃねぇだろ。俺は古沢由良の執事だ!」
そこで黒鉄の懐に入った俺はアッパーカットをキメる。普通ならここで倒れてもおかしくないんだが、黒鉄の執念は相当なものだ。これくらいの攻撃じゃ気を失うことはない。それどころか戦意喪失すらしていないもようだ。
そんな黒鉄は俺にアッパーカットをキメられて空中に浮きながらも俺にナイフを投げて来た。これはさすがに予想外、避けるのが間に合わない。
そこで俺はチョークを取り出した今はこれにかけるしかない。そう思った俺はチョークをナイフに向かって投げつけた。
すると、そのチョークは綺麗にナイフの側面に直撃、ナイフの軌道を変更させて俺の横の方を飛んでいった。
咄嗟の機転に関しては自信があるのでこういった事をするのは別に難しくもなんともない。でも、今のは結構焦った。俺以外なら良い手だったかもしれないが、俺相手では今のような小細工は通用しない。
「く、バケモノめ……」
着地すると、俺から距離をとる、人を化け物呼ばわりする化け物さん。アッパーカットを執念だけで乗り越えるなんて、その執念も相当なものだ。
「俺はあんたにお礼を言いたい。ありがとよ、おかげで直々に俺が父さんや母さんの敵を討てるどころか、お嬢様の役に立てる。でも、どうせこれで最後だ……過去の因果も、現在の戦いも、全て終わりにしてやる……黒鉄っ!」
俺は走って一気に距離を詰める。
黒鉄の目を見た。その目にはもう執念はなく、ただ恐怖の感情しかない。死に直面したら誰だってこうなってしまう。
だが、もう俺は許す気はない。俺の両親のこと、そしてそこそこ平和だった家庭を崩壊させたこと……最後に古沢を危険な目に合わせたこと……俺は絶対に許しはしない。
「さぁ、その身を以て償いやがれ!」
「や、やめてくれ〜っ!」
俺はポケットからある物体を取り出した。手に握りしめ、その物体を黒鉄の首に当てる。
その状態で手に握りしめた物体――スタンガンのスイッチをオンにした。その瞬間、高圧電流が黒鉄に襲いかかった。
黒鉄は痺れてビクンビクンとしている。一瞬で気を失ったようなので、すぐにオフにしたが、黒鉄はかなり電撃の影響を受けてしまったようで、気を失っても尚、電撃の影響は残っており、ビクンビクンと動いている。
その時、俺は自分が怖くなってしまった。なぜなら俺はその光景を見て口角を上げて笑っていたのだ。
これにて、俺の仕事は終了。全てが終わったのだ。
安心した俺は脱力して、その場に寝転がった。空は俺の心とは裏腹に晴れていた。確かに俺は敵を討ててスッキリとしていた。しかし、そんな俺の心は灰色に染っていた。決して晴れることのない、どこまでもどこまでも深い灰色。
そんな心の矛盾に俺は苦笑いを浮かべた。
そして、そんな状態で屋上のフェンスを見る。その向こうにはどんな景色が拡がっているのかが気になった。
以前は古沢に邪魔をされたが、今ここには古沢は居ない。あの向こうに行こうが、今の俺にとっては自由なのだ。
そう思った俺は起き上がり、ゆっくりとフェンスを目指して歩き始めた。
この学校を退学になってしまえば、お嬢様に合わせる顔なんかない……だからこれで俺はもう終わりにしてしまおう。そう思ってしまったのかもしれない。
俺はフェンスに足をかけた。その時だった。
いつぞやのように俺の体は引っ張られたのだ。その感覚が懐かしくて俺は小さく笑った。
俺はもう終わりにしたい、そう思いながらも心の奥底では誰かが後ろに引っ張ってくれないかと、そう望んでいたのかもしれない。
俺は、その引っ張ったのは誰なのかを確認するために背後を振り返った。そこに居たのは――
「やっぱり、古沢。お前はいつも俺の邪魔をするよな」
「その割には嫌そうじゃないように見えるのは私だけですか?」
そうだな、俺はこの状況を嫌だとは思っていない。寧ろ嬉しいんだ、お嬢様が来てくれたことが、今までのどんなことよりも、今この瞬間が幸福だと、俺ははっきりと断言出来る。だから俺は笑って言ったのだ。
「また、助けられたな。古沢に」
「当たり前です……あなたは私の従者なんですから」
しかし、俺はその言葉に直ぐに答えることが出来なかった。なぜなら今の俺は従者で居てはダメだからだ。
この学校で退学になった俺が一緒に居ては古沢が風評被害を受けてしまう。そう考えると俺は従者ってことに直ぐに答えることは出来なくなってしまうのだ。
そんな俺を見兼ねてなのか、お嬢様は静かに口を開いた。
「あなたはどんな事があっても私の従者です。それだけは覆りません」
とても強い意志を感じられる言葉。古沢はもう覚悟しているのだ。そんな古沢だからこそ俺は――
俺は微笑んだ。と同時に覚悟を決めた。全てを話す覚悟を、今この瞬間に決めたのだ。




