第30話 天使は存在した
嫌々ながらも俺の彼女役を買って出てくれたお嬢様のためにも全力でボディーガードをしなければならないな。と、そう決意して俺も二人の後を追うように店に入っていった。
店に入ると、とてもキラキラした雰囲気で、女性物の衣服がズラっと並んだ男の俺にとってはとても目のやり場に困る店内となっていた。入る前から本能が察知していたが、こんなところに男一人置いてけぼりにされた日には地獄だなと思いながら二人について行く。
二人はとても楽しそうに服を吟味していたが、俺はもうそれどころではなかった。
久しぶりに入った食料品店以外の店がここなのだ。そりゃ疲れる。肉体的にではなく、精神的に。
そこで、二人とも二着ずつ持ってこっちに駆け足で向かってきた。
「ねぇねぇ、しゅんくん。こっちの服とこっちの服、どっちが好き?」
多分、ここまでの会話で分かったけど、犬飼さんは世俗に毒された系お嬢様のようだ。しかし、確かに服屋でのこれは定番イベントだもんな。
そして、少し遅れて古沢も持ってきた。
「風魔君。どっちが似合うと思いますか?」
犬飼さんと同じ質問だ。
しかし、俺のお嬢様は美少女だし、大体なんでも似合うから困ってしまう。それは犬飼さんにも言えることだ。犬飼さんは黙っていれば絶世の美少女なのだ、黙っていれば。だから大抵の服は似合ってしまう似合ってしまう。
なので、少し真剣に考えてみることにした。
古沢の持ってきた服は清楚な白いワンピースと、黒のジャケットに藍色のジーンズを合わせたものだった。
前者はとても良く似合う予想が着く。しかし、後者はその見た目の幼さのせいで背伸びしているようにしか見えない。しかも、ジーンズってお嬢様的はありなのか? 俺個人的な意見だけど、ジーンズって庶民のイメージがある。
「こういう、可愛いのもいいけど、こっちの街中に溶け込む感じも好きなんです」
まぁ、確かに似合わないこともないだろう。
「それじゃ、試着してみるのはどうかしら。試着してみないと分からないこともあるだろうし」
「そ、そうだね。少し待ってて風魔君」
「おう」
そして試着室に入っていく古沢を見送ってから、今度は犬飼さんのを見てみる。先に犬飼さんが来たのに後回しにしたのはお嬢様ファーストだからだからだ。
犬飼さんが持ってきたのは虎の絵が描かれたTシャツと、龍の絵が描かれたTシャツだった。うん、まぁ、なんというか……とても個性的ですね。背伸びしているどころの話じゃない。大阪のおばちゃんとかが着ているイメージの服だ。
「ま、まぁ、君が好きならいいんじゃないか? 俺はそっちの服には疎いんだ」
「ご、ごめんって! 冗談だからそんな真剣に考えないで!!」
なんだ、冗談だったのか。てっきりこの年で本気に言っているのかと少し考え込んでしまったじゃないか。
そして、犬飼さんが今持っていた服を戻して次に持ってきた服はと言うと、両方ともジーンズで、青と茶の二種類。それぞれ、その色に似合ったジャケットを選んできている。
「こっちの服は、なんだか虫眼鏡を持ったら探偵みたいじゃない?」
確かに茶色の服装の探偵はいるけどさ、
「お前、庶民の娯楽とか好きな口か?」
「うん、いいよね。一時期映画鑑賞にハマってずっと映画を見続けていた時もあったんだよね」
やっぱりか。いやに詳しいと思ったらそういう事だったのか。
すると、茶色の方の服を自分の前に翳すと、どこから取り出したのか、虫眼鏡を持った。まぁ、彼女の言っていた探偵感はあんまりないけど、何だかいたずらっ子というイメージが加速されたような気がする。
要するに可愛いということだ。素材がいいのだ、似合うのは必然と言えるだろう。
「そっちのも翳してみてくれ」
そして今度前にかざしたのは青のジーンズに水色のジャケット。それを見て俺は目を見開いた。なんと言っても似合いすぎるのだ。
この服と犬飼朱莉という人物は出逢うために生まれてきたのかと思うようなくらいに似合い過ぎている。これ以上無いくらいのベストマッチだった。
確かに、古沢よりも幼い見た目では背伸びしているように見えるが、それも気にならないくらいのベストマッチ。思わず意識が飛んでしまうかと思った。
更に、その服でのいたずらっ子的表情は破壊力がありすぎる。
「く、めちゃくちゃ似合っている」
「おー本当?」
「あぁ……」
「って、またなにか悔しそう?」
「お前に似合っていると認めたくないんだ。悔しいが、似合いすぎている……本当に悔しいがな」
「この世にこれ程嬉しくない褒め言葉ってあったんだね」
とても癪だが似合っているので、それを勧めない訳にはいかないだろう。
そこで、丁度試着室のカーテンが開かれたのでそちらに目を向ける。
すると、そこには天使がいた。白ワンピに何故か麦わら帽まで着いているが、それは天使と言っても差支えの無いくらいの美少女がたっていた。
そして、もじもじと恥ずかしそうにスカートを掴んでいる仕草もまたマッチしている。多分この仕草だけでかなりの数の男子を落とせたことだろう。
そんな光景に俺は生唾を飲んだ。
「お、可愛いね。最高だよ!」
「あぁ、可愛い……とても似合っていると、そう思う」
そのあまりの可愛さにたじたじになりながらも感想を伝えると満足そうに微笑んでから再びカーテンを閉めた。
「ゆららん、可愛かったね〜」
「あぁ」
犬飼さんの台詞に全然反応出来なくなっている。さっきの光景が脳裏から離れず、呆けた状態で固まってしまっている。さっきの光景はあまりにも刺激的過ぎたのだ。
あれを見たあとだと更に似合わないわけないと確信した。しかし、もう一つの方はまったく違う雰囲気の服だった。あれをどう着こなすのかが楽しみで仕方がない。
暫く待つとようやくカーテンが開いた。実際には対して時間はかかってはいないが待ち望んでいた事までの時間は何倍にも感じられるので、物凄く長い待機時間に感じた。
そして、その待ち望んでいたその結果は――
「どうですかね……朱莉にオススメされたんですが……」
その姿は控えめに言って最高だった。
普段はスカートなのに、初めて見るズボン姿。そのギャップがいい味を出している。そして黒いジャケットが、普通はかっこいいとなると思うようなデザインなのに、古沢が着るとかっこいいと可愛いが化学反応を起こし、古沢のビジュアルの良さを何倍にも引き上げている。
さっきの清楚な白ワンピもいいが、こっちも捨て難い……。
「どうよ、これは私がプロデュースしたんだよ!」
「あなたは神ですか!?」
「やっと気がついたか、ホッホッホ」
この姿の古沢を見られて俺は気分がいい。どれほど気分がいいかと言うと犬飼さんを神として崇めるくらいには気分が良かった。
しかし、これをここまで着こなす古沢もすごいけど、これをプロデュースする犬飼さんもなかなかいいセンスをしている。
「だが、困った……優劣が付けられない!」
「順調に執事バカになってきているわね……」
でも、誰だってこのような状況に立たされたら優劣なんて付けようがない。
「うーん……じゃあ、両方買おうかな」
「え、それでいいのか?」
「うん。だって両方とも似合っているんでしょ? なら買って損はない!」
多分こんな感じで簡単に購入を決めた挙句、部屋が服まみれになるんだろうな……あー胃が痛い。胃薬でも買おうかな。
しかし、古沢は俺の胃の痛みも知らずに楽しげに服を購入する。




