第29話 彼女
暫く歩くと、一件のスーパーに辿り着いた。
「ここで買い物をするのか?」
「そうだよ〜ここは色んなものがあって、買い物をするのにはぴったりなんだよね〜」
「うんっ!」
そうなのか……。確かに俺も来た事あるが、ここに来る目的は食料の買い出しだけ、更に食料品売り場が入口付近なので、奥に入った事が無かったから知らなかった。
それでこのスーパーを選んだのか……。
「まずは何を買いに行くんだ?」
「服だね。欲しい服があってさ、二人で買いに来たんだよね」
「そうなのか……」
俺はとある意味を込めて古沢の方を見る。すると、直ぐにその視線の意味はわかったのか親指を立ててきた。
全然大丈夫だとは思えないんだが……あんなに衣服が散乱しているのを見たら更に衣服を増やして大丈夫なのか心配である。
少し心配ではあるが、この事にはこれ以上、口を出さないことにした。変に口出しして余計に意識されては困る。また片付けようとして大惨事を引き起こす可能性がある。触らぬ神に祟りなしって言うことだな。
そんな感じでスーパーに入ると、二人は一直線で二階へと向かった。だいぶ来なれている感じがする。俺はこの一階部分しか見た事ないので、この上は俺にとっては新天地とも言えるだろう。
二階へと向かうのに二人ともエスカレーターに乗っていた。なんとも庶民的と思うが、エレベーターの待ち時間を考慮したらある意味ではエスカレーターの方が速いのだという。あんまり来たことのない俺にとっては分からない話だが、まぁ、二人がそういうのならそうなのだろうと納得して俺もエスカレーターに乗って二階へと向かう。
二階は衣料品店がずらりと並んでいる。メンズレディース夏から冬まで何から何まで揃っている。更には靴や、アクセサリー類の店もあるのが見えた。多分、身につけるものならば、この階に大体のものは揃っているのだろう。
「すげーなスーパー」
「でしょ? これがスーパーの力よ!」
「なんで朱莉が誇らしげなの?」
朱莉がジト目で犬飼さんのことを見たり、それによって犬飼さんが震えたりとかしているが、今日はこの階で買い物を行うらしい。
すると、二人は早速近くの服屋に入った。
その二人を追いかけようと俺も服屋に入ろうとしたら、なんとレディース専門の店なのに気が付いてしまった。
男の俺はとても入りにくい空間。しかし、今日はお嬢様のボディーガードとして来ている……その職務を放棄する訳にはいかない。
「しかしなぁ……」
そんな感じで店の前でグダグダと入るか否かで悩んでいると、既に中に入った二人が再び戻ってきて、俺の手を掴んだ。
何事かと思っていると、顔を赤く紅潮させた古沢とニヤニヤといつものようにからかう時の顔をしている犬飼さんは同時に口にした。
「「彼女にしてください」」
「……は?」
流石にこの台詞には脳の回転速度が追いつかなかった。あまりに突拍子もない台詞に脳のキャパシティを超えてしまったのだ。
「ど、どういう事だ?」
「え、えーっとね。風魔君が入りにくそうにしていたから、彼氏としてなら少しは入りやすいかなって思って……ダメですかね?」
上目遣いで聞いてくる古沢。こんな問いにダメと言える男子は居ないと断言しよう。
「ダメじゃないが……なんで二人で言ってきたんだ?」
「だって、多い方が嬉しいでしょ?」
「彼女が多かったら世間的に厳しい目を向けられてしまうので全然嬉しくありません!」
「あぅ」
俺のチョップに可愛い声を出す犬飼さん。そんな俺と犬飼さんのやり取りを見てジト目を向けてきている少女が一人……。
「お二人共……いつの間にそんなに仲良くなったんですか? 朱莉はついこの前まで庶民の事を差別していましたよね」
確かにそうだ。初めてであった時の反応から見てそうなんだろうなってのは大体想像が着く。あの様子からしてなかなかに定着されたものだったはずだから、古沢が言ったからってそう簡単に直せるものでは無い。
それなのに、今犬飼さんは俺とも一緒にいる。どういう心境の変化だ?
「だって、なんだか話しているうちに楽しくなってきちゃって……まぁ、良いかみたいな?」
そ、そんな軽い動機だったのか……深読みして損した。
「でもでも、そう聞くって事は嫉妬しているの?」
「え?」
犬飼さんの一言で古沢の顔が一気に朱に染め上げられる。その様子を見て犬飼さんはイタズラをする時のような表情をした。悪いことを考えている時の表情と言い替えてもいい。
「あ、顔が真っ赤に染った! やっぱりそうだったんだね……私は応援するよ。ゆららんの禁断の恋」
「違うよ!?」
禁断の恋か……古沢は誰かに恋をしているのか? 俺は色恋沙汰に疎いからそういう事は全くわからん。
でも、時々犬飼さんがチラッとこっちを見てきているのがなんか知らないけど無性にイラッとするな。あの人、どうしてくれようか。
「じゃあ、俺は犬飼さんとフリをするから、古沢は自由にしていていいぞ。好きな人が居るんだから仮にも恋人のフリをするのは嫌だろ?」
「あ、はい……」
すると、何やら残念そうにする古沢。ふむ……よく分からない。寧ろここは俺みたいなのと恋人のフリをする必要が無くなったんだから、喜ぶ場面じゃないのか?
チラッと犬飼さんの方を見てみる。すると、やれやれとでも言いたげな仕草をしていた。そして若干呆れているような気もする。俺、呆れられるような事を何かしたか?
「まぁ、良いか……ごめんね、しゅんくんを取っちゃって」
「にゃ、にゃにがっ!? 別にそんなやつ、どんどん持って行っていいけど!!」
「なんか、そこまで突き放されるとキツイな……」
俺がショックを受けていると何やら慌てる古沢。その様子を見て犬飼さんはまたもやニヤニヤとする。
すると、犬飼さんは俺の腕に抱きついてきた。
その行為に一瞬驚くものの、直ぐに俺の意識はその暴力的なまでに育った果実に向いた。物凄く大きいその果実は俺の腕に押しつぶされて俺の腕に甘美な感触を与え続けてくる。その感触に柄にもなくドギマギしてしまう。
「いいんだよね、彼を私が貰っても」
「……っ!」
古沢は犬飼さんの挑発に乗るものかと必死に唇を噛み締めているが、わなわなと震えているので、挑発をスルー出来ていないのは見て取れた。
その様子を見てもう一押しと感じたのか、犬飼さんは更に強く抱きついてきて、俺にその凶器を押しつけきた。それはまるで刃物を首に突きつけられている気分だった。
すると、古沢は等々我慢できなくなったのか、頭から湯気を出してこっちにゆっくりと歩き始めた。その様子はとても危険だということは分かる。今すぐにでも逃げ出したい、しかし、俺の腕をがっちりとホールドしている犬飼さんが決して離そうとはしない。そして動こうともしないので、俺は逃げることは出来ない。
まるで、蛇とマングースの戦いに巻き込まれたうさぎのような気分だ。
「お、お嬢、落ち着いて!」
「ねぇ、風魔君。私と珠莉、どっちの彼氏になりたい?」
「か、彼氏?」
「……失礼、どっちの使用人になりたい?」
びっくりした……一瞬、告白されたのかと思ったが、この少ない時間で恋に落ちるわけがない。これは所詮、思春期男児のよくある勘違いだってことだな。
だが、使用人になりたい方……そんなのは最初から決まっている。俺が使用人になりたいのは――
「古沢、お前しかいないだろ」
「わ、私しか?」
「あぁ、誰かのために働きたいって思ったのは初めてだ。そんな気持ちにさせてくれたのは古沢だ。だから俺はお前以外に傅くなんて考えられない」
というか犬飼さんはいつまでニヤニヤしているつもりだ? さっきからずっとニヤニヤしっぱなしだぞ。ついに壊れたんじゃないどろうな。
そして、なぜ古沢は顔を真っ赤にして怒っていらっしゃるのでしょうか。
「だって、良かったね。ゆららん」
「うん……」
珍しく、犬飼さんの問いに対して頷いた古沢。
モジモジしながら恥ずかしそうに頷く金髪美少女。完璧な要素が揃いすぎているような気がする。
「じゃ、時間も勿体ないし、しゅんくんの彼女さんはゆららんってことで行こう!」
「もう、しょうがないですね……私が彼女役をやってあげます。あくまでも仕方がなくですからね!」
「わ〜ってるよ」
でもこれで少しは入りやすくなったものの、結局レディースの店に入ることになるのは変わらない。




