第25話 当然のこと
それからの授業はかなり静かなものとなってしまった。声を張り上げなければならないはずの先生ですらかなりの小声になってしまっていた。みんな、さっきの光景が脳裏から離れないのだろう。
なんか今日だけでどっと疲れたような気がする。
それにあんな事があったら真っ先に弄ってきそうな犬飼さんまで静かになってしまったのには驚きだな。あれで意外と初心なのか?
そしてそれ以降の時間は俺と古沢の間にも重い雰囲気が漂っていた。俺はなんて事をしたんだと反省タイムだ。
いや、実際は何もしていない。しかし、角度によってはそう見える行為だ。明日から古沢が変な目で見られて、それで俺のせいだと怒られても何も言えない。
そして、古沢からは誰にでも分かるようなどんよりとした雰囲気が漂ってきている。まるで、寄らば斬るとでも言いたげな雰囲気だ。これは暫くそっとしておいた方がいいだろう。
「近かった……すごい近かった」
ぶつぶつと呟いている古沢。多分顔を赤くしているのは怒っているのだろう。
しかし、この状態、どうしたらいいんだ? どうにも怒っている様子だが、俺を突き放そうとしない。
変わったことといえば膝の上から横に移った言うところくらいだろう。確かにお咎め無しなのはありがたいが、何も言わず、無言で隣に座られると何かありそうで怖い。なにせさっきまで頑なに俺の膝の上から退けなかった人だ。
そんな感じで放課後になったが、俺たちの重い雰囲気はまだ続いていた。
今、この教室には俺と古沢、それに犬飼さんしかいない。なんで犬飼さんが居るのかは分からないが、俺たちはどちらとも動こうとはしなかった。
そんな重苦しい雰囲気に俺は耐えきれなくなってしまった。
「お、俺、何か飲み物でも買ってきます」
自然に敬語になりながら、この場から逃げ出そうと席を立つと、後ろから服を引っ張られた。背後だが、誰か確認するまでもない。
――古沢だ。古沢が俺を逃がさないとばかりにギュッと俺の服の袖を掴んでいるのだ。
「ねぇ、風魔君」
「なんだ?」
「どうだった今日の学校」
多分今朝の事件を見て心配してくれていたのだろう。だが、その心配は無用だ。なにせ、古沢が助けてくれたから俺はあれ以降、変な扱いをされなかったからな。
「問題なかった。ただ、あの時助けてくれた古沢のおかげだ。本当にありがとうな」
「それはいいんです。自分の従者を助けるのは主として当然の事なんですから」
やっぱりこういう所が好かれる要因なんだろうな。
古沢は凄いことをしたんだ。俺もいつも誰かが虐められるのを見続けていた。加担をすることもないが助けることもない。完全なる傍観者だった。
しかし、それを古沢は自分の従者だからって理由だけで俺を助け出してくれた。それは誇ってもいい凄いことだと俺は思う。
「本当に凄い奴だよ俺のお嬢は……待っててくれ」
そう言って優しく古沢の手を離してから学園内の自販機を目指して歩き始めた。
この学校に入ってお嬢様学校に庶民の機械である自販機が設置されているのには驚いた記憶がある。
しかし、この自販機には炭酸飲料は置いていない。俺は結構好きな方であったため、少し残念だ。あの屋敷には当然そんな庶民の娯楽的飲料は置いていないだろう。
でも仕方がない。
自販機コーナーに来ると目に飛び込んでくるのは大量の自販機。置いてあるどころじゃなく、大量に存在しているのだ。
流石に初めて見た時は、この光景に笑うしかなかった。今では慣れたが、それでも圧巻の光景と言わざるを得ないだろう。
この学校の自販機は専門で別れている。
例えば一番最初に目に着く位置に設置されている、この自販機。これは日替わり自販機と呼ばれている、この学校の名物自販機だ。
学食かよと叫びたくなる気持ちを抑えて更に奥の方へと突き進んでいく。
美容専用自販機、スポーツ飲料専用自販機。等などあるが、それらをスルーして俺が来たのはお茶の自販機だった。
この数日間見ていて覚えていたのだ。古沢はお茶が好き、その中でも特に緑茶が好きらしい。
毎日食後に緑茶を飲んでいるところを見ている。だからこそ俺は緑茶好きにたどり着いたのだ。屋敷自体は洋風なのだが、洋風の屋敷の中で唯一の和風要素。だから俺は覚えたのだ。和風の場所で飲んでいたら溶け込みすぎて記憶に定着しなかったかもしれないな。
俺は緑茶を自販機で買うと、お嬢様の元へ戻る。
その時だった。お嬢様の待つ教室に戻ろうとした時の事。一人の教師が陰に隠れてコソコソしているのが見えた。
誰かと電話しているようで、他人に聞こえないように手で口を覆っている。いかにも怪しいことをしていますよと大声で言っているようなものだ。
しかし、ここからじゃ聞こえないな。変なことが起きなければいいんだが……。
俺はその場は見なかったフリをして教室に戻った。




