第24話 分からない
そうして連れてこられたのは古沢たちの教室だった。
多分、もう俺をこの教室に置いておこうという魂胆なんだろうが、俺のクラス替えはまだ申請が通っていないため、こっちのクラスは俺を受け入れる準備はまだ出来ていない訳だ。なので、席など諸々全くない状態。
古沢は何を考えているんだ?
そんな事を考えながら古沢を見ていたら、ニコッと俺に向かって微笑みかけてきた。その表情は数多の男たちを虜にしてきた魅惑の天使の微笑みだった。
さっきまでの凄みがあった古沢とは全くの別人。これがいつも通りの古沢って言ったところだろう。
そんな古沢がSHRを抜け出したと思ったら学園全体での共通認識で厄介者である俺を連れてきたのだ。これでザワザワするなという方が無理な話だ。突然俺を連れてきたことによって教室内は騒然。SHR所ではなくなってしまった。
「え〜紹介します。私の執事である風魔君です! 皆仲良くしてください!」
うん。最初はかっこいいと思ったけど、だんだんと胃がキリキリと痛んできた。
確かにお嬢様は不思議ちゃんなところがある。何を考えているのか分からないところとかあるが、今が一番分からない……。
どうせ俺の事なんて誰も気にしないだろうから関係ないだろうが、一応主の奇行のせいで、こんなおかしな展開になっているのだから謝罪しなくてはならない。
俺は心の中で謝って深々と頭を下げた。
「どうしよう……親友なのに私、ゆららんの考えていることが全くもって理解できないよ……」
「あぁ、俺も執事なのに分からないから安心しろ」
確かに助かったけど、今回の奇行ばかりは意味が分からない。どうしてこんな強行に出たのかも……。百歩譲って俺がクラスを変える件はいいとして、今日じゃなくても良かったんじゃないか?
「私は風魔君が心配だったんです……またいつ自殺を考えるか分からないので……」
「え、あんた自殺を考えていたの?」
「昔な」
「……ここ数日の間の話ですよね」
古沢の居る前でこの手の嘘は着くもんじゃなかったな。
でも、俺は古沢が俺のために怒ってくれたこと、本当に嬉しかった。だからお礼代わりとまでは行かないが、頭を優しく撫でてあげることにした。
すると、さっきまで険しい表情だった古沢の表情が一気に崩れ、ダラしない笑みを浮かべてしまった。
そんな物だから俺は直ぐに手を退けた。もしかして、俺のなでなでが嫌すぎて思考回路が壊れてしまったのでは無いか?
「済まない犬飼さん。俺、君の大親友を壊してしまったようだ」
「まぁ、確かに壊れたようだけど、これに関しては私は怒らないよ? だって、ゆららんが幸せそうなんだもん」
そう言いながら壊れてしまった親友を幸せそうに見つめる犬飼さん。このままでは犬飼さんにお嬢様が襲われそうな気がする。
数分すると漸く古沢は正気に戻った。しかし、今の古沢も正気に戻ったとは思えません。なにせ、この教室にない俺の席をどうするかの議論になった時に、俺と席をシェアすると言い出したのだ。
学校の椅子の大きさ、そして机の大きさを過大評価していないか? 椅子も机も二人並んで座る分のスペースなんて無いんですが……。
なので俺は床で授業を受けると言ったらなんだか悲しい表情をしたので、仕方がなく一緒の椅子に座ることにした。
だが、この状況はなんだよ……。
「なんでお嬢様は俺の膝に座っているんですかねぇ」
「ん? だって、横に並んだら狭いじゃん」
うん、確かに狭いね。だけど、この状態と横に並ぶ状態の選択が可能ならば俺は迷わず横に並ぶね。
この公衆の面前でこんな座り方をしたら注目を集めるに決まっている。俺は注目を浴びるのは苦手なのに……死んでしまう……。
こんな座り方をしているので、全員の視線が黒板じゃなくて俺たちの方に向いて居るのだ。授業を進行しなくてはならないはずの先生ですら俺たちの方をチラチラと見てきている。
更には背後からやかましい声が聞こえてくる。
「ねぇ、自分の主だからって気にしなくていいんだよ。恋愛は自由なんだからね! さぁ、ゆららんと駆け落ちする時は言ってね。尾行するから」
「それ、駆け落ちの意味が無いだろ。それに、尾行することをターゲットに言ったら意味が無いぞ」
「だから私は堂々と尾行します」
「それは最早尾行とは言わない……」
犬飼さんは俺と古沢を同じように扱ってくれているような気がする。とても慈悲深い方だと言うのは分かる。……だが、かなり面倒臭い系の方だ。常にボケて来てツッコミをさせてくる。
……いや、もしかして、本気で言っているのかも……って、それは流石にないか。
しかし、犬飼さんが背後に居るのは不運だったかもしれないな。授業中も休まず俺達のことを弄ってくる。しかもにやにやしているから確信犯だ。
まぁ、期待しても意味の無いことは期待しない主義なんだが、これだけは言わせてくれよ……。どうにか、俺に席と犬飼さんの居ない快適な席を恵んで下さい。
こんな事を嘆いても仕方が無いと分かっているけどな。
「うーん……風魔君、全然授業の単語に着いていけない」
現在は世界史の授業中だ。その中で出てきた単語が分からなかったのだろう。そう思って古沢のノートを見てみる。すると、俺の視界に映り込んできたのは――白紙。とても綺麗な、一切使われていなさそうなくらいの白紙だった。
これは、分からない以前に覚えようとしていないとしか思えない。
「古沢な、もう少し真面目に授業を――」
俺が古沢の方を向いて漸く自分が何をしていたかが分かった。なんと、古沢のノートを見るために身を乗り出したので、古沢の方を向いたらほぼゼロ距離となってしまったのだ。角度によっては俺と古沢が完全にキスをしているように見えるだろう。
そして、その距離に俺はドキドキしてしまっている。
さすがに、この展開は予想していなかったらしく、珍しく犬飼さんが静かに絶句している。それだけが救いだった。
「あ、あの……風魔君?」
「な、なんだっ!?」
「あ、あの……こういう場で、そういうのは恥ずかしいから……」
ちょっと待て……その言い方だと二人の時なら良いように聞こえるぞ。
やっぱり、古沢のガードが甘いのは直していかないといけないと再認識させられた。




