第20話 お嬢様
今日は使用人となった俺の登校初日。俺の視線の先にあるのは俺たちの通っている学校――桟敷学院の制服だ。
俺はもうこの制服を着ることもないと思っていた。しかし、再び着る機会が訪れた。その機会をくれたのは俺の主ってことだな。本当に俺の主は俺にこの短時間で色んなものをもたらしてくれたな。
出会ってからまだ一週間も経っていないというのに、俺は懐かしげに思い出していく。
前までも普通に通っていた学校。しかし、今日からは感じ方が違う。今日からはボディーガードとして学校に通うのだ。
そのため、前とは違う点がある。
どうやら使用人になると外に出るには使用人の証、バッチを服の何処かに着けていないといけない決まりらしい。そして俺はそのバッチを持ってどこにつけるかを悩んでいた。
このバッチは仮契約では必要ないので渡されない。しかし、俺がこのバッチを持っているという事は、
――風魔春人君。君を私、古沢由良の執事として認めます。
昨日の事を思い出したら自然に表情筋が緩み、にやけてしまう。それだけ俺にとっては古沢に認められることは嬉しい事になっていたのだ。
最初は恩人に恩を返すくらいの気持ちで始めた執事だが、どうやら俺の中での古沢は変わって、忠誠を誓う存在となったらしい。
確かに出会って一週間も経っていないのに、ここまで親睦を深めることが出来たのは正直驚きだ。しかし、そんな事は些細なことだ。今の俺にとって一番重要なことは、今の俺でもまだあの学校に居られるという事だ。
確かに俺にとってあまりいい思い出のある場所じゃない。しかし、俺にはあの学校に通う意味がある。あんな学校でもあの学校じゃなきゃダメなんだ。
俺は数日ぶりに制服の袖に腕を通す。もう一年通っているのだ、既に体に馴染んだ優しい制服。高級素材らしいが、その高級素材がとても優しく体を包み込んでくれる。
再びこの制服を着れるとは思っていなかったので、どうしても頬の筋肉が緩んでしまってニヤケてしまう。多分、今の俺のような男が深夜徘徊なんかしていたら、速攻でお巡りさんのお世話になること間違いなしだ。
だが、自分の執事業を忘れてはならない。俺は執事として一緒に通うと決めたのだから。
俺はお嬢様の専属執事。起こしに行くのも俺の仕事だ。
「おい、お嬢様。朝ですよ」
初日に物凄い早い時間に来たけど、あれ以降、俺より先に起きることはなくなった。というより、俺が起こすまで寝ているらしく、今起きましたよ的なヘアーで出てくる。
確かに俺は執事だけど、男の前なんだから身だしなみはちゃんとして欲しい。
「は〜い」
なんとも気の抜けた返事だ。本当は朝が弱いのだろうか。とても眠そうな声が聞こえてくる。
でも返事は聞こえたので、少し出てくるまで待っていると――出てこなかった。
多分これはあれだ。俗に言う二度寝ってやつだ。
確かに布団には不思議な魔力があって寝ていたくなる気持ちも分からんでもない。しかし、このまま寝てしまったら出てこれなくなってしまうかもしれない。
俺はこの現象の事を悪魔の睡眠と名付けた。
「って、そんなふざけた事を考えている暇は無いよな。お嬢様、すみませんが失礼致します」
一言断りを入れてからお嬢様の部屋のドアノブを回して開いた。すると、俺の視界に飛び込んできたのは、前回よりも酷くは無いものの、結構散らかってしまているしまっているお嬢様の部屋だ。
「……一昨日掃除したばっかりだよな?」
とてもそうとは思えない散らかりっぷりに俺は思わずため息を零した。
やれやれ、古沢はやっぱり古沢だな。
心で文句を言いながらも道が出来るように片付けていく。俺は掃除は得意な方なので、このくらいの掃除なら10分も掛からずに片付け終えてしまう。
そしてやっと片付け終わった俺は、そこで漸く古沢を起こすことにした。
「おい、お嬢様。朝だぞ〜起きろ」
「やー。後30分……」
子供のように駄々をこねる古沢。30分も寝ていたら遅刻確定なので、その言葉を聞き入れることは出来ない。俺はお嬢様のボディーガード。だからお嬢様と一緒にいないといけないので先に行くことは出来ない。
なのでお嬢様が遅刻という事は俺も遅刻するわけだが、今現在、悪い意味で目立ってしまっている俺がさらに遅刻で目立ってしまったら目も当てられない状況になってしまう。
ここは何としてでも起こさないといけない。
……そうだ、あの手があった。
「お嬢様、朝でございます。今日は晴天で――」
「オロロロロロ」
俺が丁寧に話しかけたら直ぐに近くのエチケット袋に何も入っていない胃から逆流させたものを吐き出す古沢。どうやら効果は覿面のようだ。
しかし、ここまで気持ち悪がられるとショックなんだが……。
「も、もう起きるから、起きますから、あなたがその口調をするのだけは止めてください」
ジャンピング土下座。ベッドの上でだが、ご主人様が自分の使用人に頭を下げるくらい必死になることなのか?
ちょっと……いや、かなりショックなんだけど、とりあえずお嬢様を起こすことは出来たからこれでよしとしよう。
「お嬢様、朝食を食いにいくぞ」
「風魔君にお嬢様呼びされるとなんかムズムズしますね」
「なんだ、また気持ち悪いってか?」
「この自分の支配下に置いたって言う満足感が――」
なんだ、ただの征服欲か。
確かに俺は忠誠を誓って、お嬢様に使えている。そのため、お嬢様の事は勉強した。だが、まだまだお嬢様の思考を読むことが出来ない。




