第2話 終わり
この世は理不尽であふれている。何も悪いことなどしていない、そんな場合でも不運な事が起きる。
例えばこの例が典型的なパターンだろう。
自身の父親が会社の社長。全く不自由に暮らしていたある日、急に倒産したと告げられ貧しい生活に。
俺も含めての周りはお嬢様、お坊ちゃまが多かった。その為、そんな事例は腐るほど見てきた。
そして俺もたった今、告げられたのだ。父さんのその口から直接紡がれたその音は俺達を絶望のどん底に突き落とすには充分すぎる程、強烈な音だった。
「父さんの会社、倒産してしまった」
母さんはこれからの生活の事を考え、絶望。魂が抜けた様なまるで人形のようにピクリとも動かなくなってしまった。
かく言う俺も何も感じていない訳じゃない。今まで父さんが社長って事でまぁまぁいい生活が出来ていたし、これからもこの状態が続くと勝手に思っていた。
しかし、現実は非情だった。こんな調子のいい事、ある訳がなかったんだ。人生がイージーモードなんてそんなの、ある訳が無かったんだ。
イージーモードからのハードモード。振り幅がえげつないせいで、これからの事を何も考えられない状態まで追い込まれた。今まで金持ちであった事の弊害だ。
そして人生はノーマルモードが一番いいってことをここで教わった。
さっきも言った通り、俺の周りは俺も含めてお嬢様、お坊ちゃまが多かった。それはお嬢様学校とやらに通っていたからだ。
その為、そんな所で急に貧乏になった奴がどんな仕打ちを受けるか俺は既に知っていた。何度も見てきたからだ。低俗な人間の愚かな行為。自分と違う奴を集団でハブり、その行為に安心感を抱いている。
俺にとっては今まではどうでもよかった。
俺は自分がこうなるとは思っても無かったし、他人がどうであろうと興味も無かった。だから助けもしないし、愚かな行為に加担しようともしなかった。俺はいつだって傍観者だったのだ。
しかし俺は今日、初めて知った。あいつらが見ていた姿を。集団リンチされる側の景色を。
俺の机には油性ペンらしきインクで沢山書き込まれていた。
『死ね』『消えろ』『貧乏人はもう来るな』
俺は文字自体には何の感情も抱かなかった。ただそこにインクが塗られているだけ、そう思ったのだ。
俺は既に父さんの話を聞いた瞬間からもう振り切れていたのだ。だから俺はそのインクに対してこの一つの感情しか抱くことは無かった。
「汚ぇな」
俺はもう人間としての感情を持ち合わせて居なかったのかもしれない。辛いという気持ちも、悲しい、悔しいと言った人間当然の感情も全く感じなかった。
視界の端にチラチラと映り、笑っている奴らを見つけても全く何も思わなかった。だから俺はそのまま机を放置して授業を受ける準備をし始めた。
その様子を見てクラス中がざわついた。
今までの奴らは慌てて授業が始まる前に消そうとしていたが、俺は全くそんな素振りは無かったのだ。
俺にとってはこの文字など街中にある落書きと同程度の存在としか認識していなかった。
そんな俺の姿を見てこんなあだ名が着いた。
――全零――
将来は何も約束されず、学校内での地位も無くなり、挙句の果てには人間としての当然の感情も無い。全てゼロ、オールゼロな所からこんなあだ名がつけられたらしい。俺としては全く興味が無かったが。
時々俺を校舎裏に呼び出してリンチしようとしてくる輩が居る。今までの奴らならやられっぱなしになるだろう。
しかし、俺は違った。
俺は小さい頃からありとあらゆる格闘技を習わされてきた。そして喧嘩の方法も俺は良く熟知していた。だからこの呼び出しは俺にとっては唯一のストレス発散イベントだった。会社が倒産し、節約に次ぐ節約で溜まったストレスを一気に発散させられる良い機会だった。
そんなんだからいつの日か、全く校舎裏に呼び出されなくなった。そう、唯一のストレス発散イベントが無くなってしまったのだ。
このダメージはデカかった。ストレスは溜まる一方。ストレスを溜めすぎると体に良くないってのはよく知っていた。しかし、発散出来る場所が無かったのだ。
そうなれば俺は更に絶望して行き、遂には生きる希望を見いだせなくなった。
そんなある日だった。とある番号から電話がかかって来た――病院だった。
それは学校からの帰り道だった。
突然かかって来た電話。訝しみながら電話を取ると、単刀直入に告げられた。
「風魔春人さんですか?」
「はい、そうです」
「……単刀直入に言います。あなたのお父さんである風魔仁さんが今日、お亡くなりになられました」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。膝から崩れ落ち、暫く動く事が出来なくなってしまった。