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【本編完結】人生に疲れたので人生をお嬢様に捧げます  作者: ミズヤ
第二章 人生に疲れたので使用人になります
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第18話 それだけでいい

 部屋に駆け込むと直ぐにベッドの中に潜り込んだ。外の世界とは自分をシャットアウトしたかったのだ。

 すると、さっきまでよりも涙が溢れて止まらなくなった。俺の涙腺はどうやらイカれてしまったらしい。


「は、はは……初日から職務放棄って……執事失格だな。こんなことやっていたら古沢にも見限られたっておかしくないな……」


 自嘲気味に笑った。

 多分あの優しい古沢の事だ。俺の事も心配してくれているだろう。


「あんな風に断るのは少々、キツすぎたかな」


 反省。もう少し違う言い方があったかもしれない。しかし、俺の断り方は古沢を傷つけてしまったかもしれない。それを考えるだけで胸が傷んだのだ。

 ここまでしてもらった恩人を悲しませたくない。本能ではわかっていた。だが、体がそう動いてくれないのだ。

 我ながらとんでもなく捻くれている。


「はぁ……」


 溜息をつきながら頭を抱えてしまった。

 俺は取り返しのつかない態度をとってしまったかもしれない。そう思って気分が重たくなってしまい、それが自分の上に伸し掛る。

 確かに学校に通いたい気持ちはあるのだが、これ以上頼ってしまうのはダメだ。もう関係を断ち切れなくなってしまう。大切な人をもう失いたくないって言うのに……。


「父さん……母さん……」


 無意識にそう呟いてしまうのは多分心に未練があるからだ。

 俺の父さんと母さんは俺が幼少期の頃にもうとっくに死んでしまっている。今の父さんと母さんは俺を引き取ってくれた家庭なのだ。

 そんな昔の真の両親に思いを馳せる。


「古沢が俺の大切になってしまったらダメなんだ。もう離れられなくなってしまう」


 それじゃダメなんだ。大切になってもいいことなんて一つもない。失った時の苦しみが倍増する。ただそれだけだ。


「どうしたらいいんだろうな」


 結局俺はそんな事ばかりを考えていて、眠ることが出来なかった。

 しかし、今日も職務放棄をする訳にもいかない。早速身支度を整えて古沢の部屋に向かう。

 古沢の部屋の前で深呼吸をしてからノックして呼びかける。


「お嬢様。起きる時間だぞ」

「は、はーい!」


 すると、中からくぐもった様な声で返事が返ってきた。

 直ぐに古沢は出てくると俺に対して微笑んでから横を通り抜けて行った。そんな一瞬、対面したのはそんな短い時間だったけど俺は見逃さなかった。

 古沢の目の下の隈と涙のあとを……どうやら俺の事で困らせてしまったようだ。


 俺はつくづく執事失格な人間だな。自分の主をこんなに困らせるなんてしてはいけないことなのにな……。

 そんな事を考えながら俺も朝食を摂るために食堂へ向かう。

 そこで俺は古沢の事だから大量に食べているのだろうと思っていた。しかし――


「ご馳走様っ!」


 俺が食堂が入って来たと同時に食事を終えて食堂から走り去っていく古沢。見てみるとまだまだ料理が残っている状態だった。

 これは完全に避けられているような気がする。やっぱり昨日の事がまずかったんだろうな。自分のご主人様をこんな風にしてしまうなんて……自分の愚かさに嫌気がさしてくる。こんな俺は古沢みたいないい子に出会うべきでは無かったんだ。そのせいでこんなに困らせてしまっている。

 ずっとそんな事を考えながら食事をしていたら当然味を感じるはずもなく、確かに美味いはずなのに味のない淡白な食事を摂っている気分だった。


 食事を摂ったら仕事に移る。

 俺は本決定をされていないので、今日も執事(仮)として仕事をしていく。

 俺の基本的な仕事はお嬢様の世話だ。しかし、今の時間は古沢は学校に行っているし、部屋の掃除をしようにも昨日掃除をしたので、一日でそんなに散らかっているとは思えない。なので、今日は別の仕事が言い渡された。


 それは庭の手入れだ。

 主な業務内容は、庭に生えてきた雑草などを抜いたり、花の世話をしたりと言ったところだ。

 どうやらこの屋敷には庭師が居ないようで、庭の手入れは執事とメイドの仕事となっているのだとか。そのため、すぐ近くにメイドが居るので身の危険を感じる。

 主に手に持っている桑が怖い。あれで俺は、グサッとやられてしまうのではないだろうか?


 しかし、折角与えられた仕事だが、ずっと古沢の事が気になりすぎて仕事に集中出来ない。こんな事ではダメだと分かっているのだが、どうしても頭が気がついたら考えてしまっている、心配だ。

 その時だった。


「そんなに心配だったら着いていけばいいじゃない」


 女性の声。メイドの声だった。

 それも、ただのメイドの声ではない。それは佐藤さんの声だったのだ。

 お嬢様ラブで、俺の事を敵だと考えていた佐藤さんが、この俺に話しかけてきたのだ。これは一種の事件に相当する事だと思う。

 何を思って話しかけてきたんだろうか? もしかしてお嬢様の異変に気がついたのか? それで怒りに来たのか……いや、佐藤さんは今、第一声に「着いていけばいい」と言った。それはまるでお嬢様と共に学校に行けばいいと言っているようなものだった。


 しかし、焦燥さんの言っていた佐藤さん像だと、こんなことは許されるものでは無い。今すぐにでも俺の首を跳ねるような人のはずだ。それにそんな事をしたら俺と古沢の仲が深まってしまうかもしれない。

 だと言うのに……佐藤さんは何を思ってそんなことを?


「お嬢様があんな表情をしていると場が締まらないのよ。そしてその表情を変えることの出来る可能性がある人物、それがあなただって言うだけ」

「……俺がお嬢様の表情を?」

「そうね、確かにあんたの事は認めたくないけど、今回の事は認めざるを得ないわ。何せお嬢様は私なんかよりもよっぽど――」

「余程?」

「いえ、失言だったわ。忘れて頂戴。……今は仕方がないから認めてあげる。その代わり、お嬢様の笑顔を取り戻すことが出来なかったらコンクリートで固めて海に沈めてあげる」

「……頑張ります」

「よろしい」


 一瞬でもこの人はいい人なのか? と思った自分が馬鹿だったようだ。――いや、いい人なのには変わりないか。

 だって、あの人は俺に託した役目を自分でやりたいと思っていたはずだ。それを俺に託してくれた。一時的にでも信頼してくれたのだ。


 男嫌いのメイド長、佐藤さんが俺を信頼してくれた。本当は嫌だろうに……なら、その期待に応えるしかない。もうごちゃごちゃ考えるのはやめよう。

 俺は古沢を見守っていたい。それだけでいいんだ。

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