あいあい傘
初投稿です。アドバイス、感想などなど。待ってます。
あいあい傘
最近、雨の日がやけに多い。例年の倍は降っているそうだ。8月の雨なんか大嫌いだ。部活もできないし、何より濡れる。濡れた髪を乾かすのは大変だってことを神様は知らないらしい。何も良いことなんてない。鴉がそんな私を見て可笑しそうに、アーアーと鳴く。空は先刻より黒の深みが増して見えた。
家に着いたが鍵は開いていなかった。机の上には''今日は帰りが遅くなります。ご飯レンジにあるからチンして食べてね。''と書かれた紙が置いてあった。ついこの間から、母は働き始めた。父はいない。この世に、いない。突然塾の帰り道の車の中で、死を告げる電話が鳴った。飲酒運転のトラックに轢かれ、即死だった。遺体の損傷が激しいから見ない方が良いかもしれない、と言われ、母だけが遺体安置室に入った。出てきたその顔は生気が宿っていなかった。母のあんな表情は今まで見たことがなかった。母は引きつった笑顔でこう言った。
「お父さんね、本当に死んじゃったみたい…!」
母が感情を保てるはずがなかった。ばたんと膝から崩れ落ちると、大声で泣いた。何を言っているのかは聞き取れなかった。私は、なぜだろう。悲しいはずなのに、大好きだったはずなのに、たくさん可愛がってもらったはずなのに、涙が出なかった。私って変なのかもしれない。他の人たちはこんな事はないのだろうか。しっかりと泣けるのだろうか。分からない。分かち合える相手もいない。
お通夜、葬式は親族のみで執り行った。やはり涙は出なかったし、遺影に写る父の笑顔を見ても実感は湧かなかった。
それから数日後だった。母が近くの本屋の店員になったのは。「私が頑張って稼がなくっちゃね!」と張り切っていたが、まだ表情の翳りは隠しきれていなかった。
そういえば父の最期の日も雨だったっけ。
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「やっちゃったあ...」
次の日、授業が終わり外に出ると、すごい雨が降っていた。天気予報は曇りだったから、生憎傘は持ってきていない。仕方なく図書室で時間を潰すことにした。特に何もすることはなかったから適当に選んだ小説を読んでいると、いつのまにか2時間が過ぎていた。外はまだ雨が降っている。「行くしかない…か」教科書が濡れないようにして外に出た。すると、後ろから声がした。
「傘、ねえの?」
「え、あぁ、うん」
「入ってく?」
「いや、でも…」
「あ、そうかそうか。あいあい傘になっちまうもんな」
そういって彼ははにかんだ。
「俺はそういうの気にしないんだけど、朝比奈は気にしちゃう感じ?」
私は黙って首を横に振る。
「じゃあ、決まりだな」
彼は「ん」と言って傘を私の方に傾ける。私はやっぱり何も言わずにその下に入った。
しばらくの間は沈黙の中で歩き続けた。その雰囲気に耐えら
れず、最初に口を開いたのは彼だった。
「最近、元気ないけど何かあったん?」
私は戸惑った。ここで彼に言うべきか、否か。
「まぁ、言いたくなかったら別に良いんだけどさ」
彼は笑顔で言う。その時、急に私の心が言いたいと叫んだ。心の中から溢れ出ようとする言葉を、押しとどめることはもはや不可能だった。
「お父さんが死んじゃったの、交通事故で」
彼の表情から笑みが消える。風が止んだ。
「そうだっのか、ごめん」
「ありがとな」
再び風が動き出す。
「え?」
思わず私は彼を見た。
「いや、言い難いことだったと思うのに言ってくれたから」
彼はどことなく恥ずかしそうに、続ける。
「なんも変わらないかもしれんけどさ、ちょっとでも気が楽になるんだったら、いつでも相談乗るよ」
彼の表情には笑顔はなかったのに、なぜか温かさを感じた。
私たちはトンネルの入口に差し掛かっているところだった。
「ねぇ…」
「ん?」
「肩、貸して」
「え?」
私は彼のその後の言葉を待たずに、肩に顔を埋めた。
「泣いても、いい?」
「あぁ」
やっと、やっと泣けた。涙が止まらなかった。ほっとした。温かかった。このままでいたかった。あの日に戻ってお父さんに外に行かないでと言いたかった。もっとたくさん話せばよかった。もっとたくさん遊べばよかった。もっとたくさん、たくさん大好きだよって言えばよかった。
私が泣いている間、彼は黙って待っていてくれた。
「ごめん…ね。ありがとう…」
「さあて、行くか」
私たちは再び歩き始めた。一定のリズムを刻んで。やがて、トンネルを抜ける。雨は、止んでいた。頭上には虹が架かっている。(ああ、雨も悪くないかな。) そう思わせてくれる、そう思うことが出来る、そんな風景だった。
「雨、止んだな」
「うん」
彼は傘をたたむ。
「お父さん、お母さん、今日はご飯一緒に食べようね!」
私は空に向かって叫んだ。5匹くらいの鳩がその声に驚いたのか、一斉にばさばさっと飛び立った。その様子を見て、彼と顔を見合わせて笑った。久しぶりに泣いて、久しぶりに笑えた。いつのまにか虹は消えて、雲の合間から夕日が顔を出している。彼の腕時計は、午後6時半を指していた。
私たちは目の前の大きな水たまりをいっせーのーでで飛び越える。彼の傘から落ちた水滴は、橙色の水面を揺らし、波紋を作り。そして、やがて、消えた。




