八話 レシピブックの解禁ですの
今日はセルフィにあげるお菓子を作りに来ていた。
素材のままでもステータスは上昇するのだけど、1日に食べる回数も限られているし調理済のほうが効果は高い。
ゲームであれば……だけど、多分そこは一緒なんだと信じている。
「んー……何作ろうかなぁ?
っていうか、パティシエっていうサブクラスが意味あるのかもわかってないよね。
なにかやり方を間違ってるのかな……?」
これまで狩人として弓術のみでプレイしていたものだから、詳しいことはほとんど知らないでいた。
オーブンの操作も温度調節も、全部自分でやっているじゃないか。
味は……悪くはないけれど、時々家で作っていたのとあまり大差ない。
「サブクラス……詳細、なんて無いよねぇ。
所詮は趣味だしなぁ……覚えているレシピなんてそんなに多くないよぉ」
せめて前の世界からレシピ本でも持ってこれたら、いろんなお菓子が作れるのに。
このままでは、せいぜい定番のスポンジを焼いたりティラミスを作ったりくらいしか……
いや、まだチーズも手に入っていないし、そもそも手に入るチーズがマスカルポーネであるとも限らない。
あぁダメだ、この世界専用のレシピが必要になるのか……盲点だった。
【レシピが追加されました:ティラミス】
ピコン! という小気味よい音とともに、私の目の前にメッセージウィンドウが表示されている。
それは、ゲーム内で技を習得した時などに流れるシステム音。
聴き慣れたそれは、今の私にとっては地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸のよう。
「おおぉぉぉ……も、もしかして活路が見えちゃったかしら……」
わなわな……と震えながら、両の手は触れないそのウィンドウを掴もうとしていた。
「れ……レシピブック! ティラミス!」
三角ボタンや決定ボタンなどは無い。
もう、そのウィンドウを見るために私は恥を捨て叫んでいた。
パッと現れてくれる【ティラミス】とその材料。
作り方は無かったが、砂糖と混ぜトロッと泡立てた生クリームにチーズを加えるだけだ。
土台にエスプレッソをしみ込ませたビスケットかスポンジ、私はラム酒も少し加えたい。
仕上げはもちろんココアパウダーをさっと一振り、飾り付けに庭からミントの葉をちょんと添えて。
本場は生クリームは使わないなんて聞いたけど、食べるのは私だけじゃなかったから生卵は使ってなかったなぁ… …
それに、泡立てすぎない生クリームのとろーりした食感が好きだって言ってくれる友達がいたから、いつの間にか私の中で変えることのできなくなったレシピだ。
それに、この機能が生きているということはもしかして……
「スキップして作る! 数量は1、うんと美味しいやつ!」
もう自分でも何バカなこと言ってるんだろうと思ってしまった。
それでも確かめずにはいられなかったのだ。
【スキップは作成済みのものしか使えません】
……無慈悲である。
というか、そもそも材料が足りていないわけで、作れるはずもないのだけど。
じゃあ逆に、昨日作ったカトルカールならスキップ可能なのだろうか?
【材料を消費して、森のパウンドケーキを作りますか?】
「あ、思い浮かべただけでメッセージがでてくるんだ……
じゃあ叫ぶ必要無かったんだね」
きっと森のパウンドケーキは最初から登録されているレシピ。
一旦作成は中止して、レシピを見てみたら【レア度1】とある。
ティラミスに関しては【レア度4】と高いような気もする。
おそらく所持していないコーヒーやチーズの入手難度が高いのだろう。
マスカルポーネもカッテージチーズみたいな作り方だったと思うし、それなら作り方もそう難しくはなかったと思うのだけど……
ピコン! 【レシピが追加されました:チーズ】
お、お……おおおぉぉぉぉ!!
なるほど、理解した気がするよこのシステム!
本来なら世界中にある本や人の話を聞いて製法を知るはずなのだけど、私は大体の作り方を知っているお菓子は多い。
それを思い出すだけで、こうして必要な材料を教えてくれるのだ。
「そ、それじゃあプリン! ゼラチンで固める方じゃなくて蒸し器で作るやつ!」
ピコン! 【レシピが追加されました:プリン】
「あはは、名前がそのまんまだ。
じゃあ今度は……」
そうして結局2時間くらいはキッチンの前に立っていたと思う。
時間も無くなっていって、スキップ機能で作成したカトルカールをセルフィに食べさせて部屋を出た。
今の材料でも作れそうなお菓子はいくつか見つかった。
今度は宿でそれを試してみよう。
「はぁー……美味しかった……って、どうしたんですか二人とも?」
キッチンへの扉の向こうに、来るときに前を歩いていた二人組が立っていた。
じっとこちらを見て、不思議そうな表情を浮かべているのだ。
「どうしたって……大丈夫なのか?
さっきから一人で騒ぎまくってたみたいだけどよ……」
「何か不安でもあるならお姉さんたちが聞いてあげるわよ?
見たところ14、5歳くらいじゃないの。ねぇ、大丈夫?」
私の叫び声は全て筒抜けだったようだ。
思った以上に壁は薄いのだろう。気をつけなくちゃ……
「えへへ……大丈夫です、なんでもありません……」
『はぁ……』と小さくため息を吐く私であった……