六話 ホットミルクでホッと一息
無事に街まで戻ってきた私は、ギルドでお礼と謝罪、そして宿の手配をしたいことを伝えた。
時間が遅かったこともあって、魔物の換金ができなかったのだ。
「だって、手持ちが25Gしかないんですよ……」
「だからって、暗くなるまで森の中にいるとか普通はありえませんよっ」
今回は偶然にも裏ギルドが動いていて、カレン達のお陰で大事には至らなかった。
本当なら取り調べられたり、迷惑をかけたからと幾ばくかのお金を取られたりするのだと言われてしまった。
それに関してはカレンが取り持ってくれたので、今回ばかりは大目に見てくれることに。
「仕方ないわね……向こうの個室が空いているから、そこを使いなさい……」
「すみません、本当にありがとうございますっ!」
受付のお姉さんは、これから書類整理をしてから帰るのだそうだ。
明け方はまた早く、疲れているから騒がないで欲しい旨を伝えられる。
これでとにかく寝床は確保できたわけで、寒空の下で凍え死ぬなんてことは回避できたみたいだ。
私は一人個室に入り、肩に乗ったフライングスコールもヒョイと近くのテーブルに飛び移っていた。
明日からは人に頼るのではなく、なんとかこのフライングスコールと共に狩りを行いたい。
とは言っても、ゲームでは狩人で大きな弓、レベルがあって……というのが当たり前だった私。
「とにかく名前を付けてあげなきゃ……だね」
いつまでも名前未設定は可哀想。少なくともミルフィーユとしての初めての仲間なのだから。
「うーんと……木の実が好きだからナッツ、じゃ安直かなぁ?
私がミルフィーユだし、飾りに使うセルフィーユでいっか」
「くきゅぅ!」
どうやら喜んでくれたみたいだ。
「じゃあ今日から私はミルフィ、あなたはセルフィだね」
「きゅ、くきゅっ!」
あはは、喜んでいる。
ステータス画面の名前も変化しているし、間違いなく私の従魔になったようで安心した。
「ぐぅぅ、ぐきゅるるる……」
「なんだコイツぅ、また変な鳴き方しやがってー」
「くきゅ?」
ん……? いや、今のは私のお腹の音だ。
そういえば、切れっ端のカトルカールを食べて以来、私はなにも口にしていないじゃないか……
カチャリ……と、小さな音をたてながら個室の扉を開いてしまう。
灯りが付いていて、受付のお姉さんはまだ仕事をしているようだ。
そーっと近付いて、私は様子を見る。
「なぁに……? もう遅いんだから寝なさいよ」
「あ、はは……お腹空いちゃって寝つけないんですよね……」
「んもう……そこに給湯室があるから、好きにしなさいよ」
少しだけ怒らせてしまっただろうか?
まだ書類は積まれていて、すぐには終わりそうもないみたいだ。
私は申し訳ない気持ちになりながら給湯室へと向かう。
片手鍋に取り出したミルクを2つ分。
砂糖を大さじに2杯くらい、今は少し甘いくらいが飲みたいと思う。
火をとても弱くして、ゆっくりと混ぜ、温めながら砂糖を溶かす。
面倒かもしれないけれど、混ぜ続けることで膜も張りにくく口当たりが良くなる気がするのだ。
あと、何気に鍋の底が焦げちゃって洗うのが大変だったりするんだよね……
良かった、今日はちゃんと成功したみたいだ……
私は置いてあった白いマグカップ2つにゆっくりと注いで、溢さないように慎重に受付のお姉さんのもとへ。
「あの……良かったら飲みませんか?」
「なぁに? もう……仕方ないわね、いただくわよ……」
近くにあった丸い腰掛け椅子を引き寄せて、ポンポンと叩くお姉さん。
どうやら座れと言いたいようだ。
「あのねぇ……ふぅ、美味しいわ」
ズズッと一口すすって、小さくため息をつくお姉さん。
「良かった、ホットミルクを飲むと落ち着きますよね。
なんだか大変そうだなぁって思って、勝手しちゃってごめんなさい」
「いいのよ、目の前に私のこと大変だなって思ってくれる人がいたってわかったんだし。
誰もこんな仕事を評価はしてくれないからね……所詮は私も裏の人間なのよね」
冒険者に愛想を振りまいて、査定に文句を言われ口説かれて、ギルドを閉めてしまえば後の仕事は誰の目にも止まらない。
仕事があるからと誘いを断れば嫌味の一つも言われたり。
書類が溜まれば上司に怒られ、間違いは強く叱責されて、褒めてくれる人は周りにいないのだと。
「もしかして、ずっと一人で受付をやっているんですか?」
「え、えぇ……だってカウンターは一ヶ所しかないんだし、二人いても日中は手隙になるじゃない……」
聞けば、宿屋も武器屋防具屋も同じように一人で店番をして、片付けまで一人で……って。
「いやいや、そっちは個人経営でしょ?」
「いいえ、お店はどこもギルド所属の人たちよ。
そっちはお客さんも多くないから、それほど大変じゃないみたい。
宿屋の女将さんも、お昼にまとまった休憩を取っているみたいだし……」
言いましょう、訴え出ましょう。
そう思って話をしていたのだけど、これがこの世界の当たり前である以上、 私もあまり余計なことは言えないのかもしれない。
事務員をしていた私もサービス残業で深夜0時を過ぎることはあったけれど、それでも休みがもらえていただけマシだったのだろうか?
ゲーム世界の裏を見てしまい、衝撃を受けていた私であった……