四話 数量1は200g、わかりやすい
小屋から少し離れた木の影で、三人の男が喋っている。
「女二人が中に入ったな。
どうする、少しだけ様子を見るか」
若い剣士が、小屋の入り口をジッと見ている。
「落ち着くが良い。あれだけ魔法を放っておったんじゃ、すぐには回復せんじゃろ」
「おいおい、そんな悠長にして逃げられちまったら、ここまで来たことが無駄骨になっちまうじゃねーか」
残る二人も、各々の考えを口にする。
しばらく話した結果、もう少し時間が経って気が緩んだ頃、行動を開始するということに話がまとまったようだ。
その頃、キッチンではアイテムボックスから素材を取り出していたミルフィーユ。
「人目につかない場所があって良かったぁ。
んー……でもたくさん作るのは怪しまれるよねー。
まずは小麦粉っと……」
アイテムボックスから取り出した小麦粉は、透明な小袋に入って一袋200g入り。
計量の必要がないのは非常にありがたい。
同様に砂糖とバターも200g、卵は3個で1つのアイテムとなっているようだ。
しかし、小麦や砂糖はギリギリ分かるとして、この卵は一体なんの卵なのか?
バターとは名のついているものの、実は魔物の身体の一部とか……
いやいや、気にしてしまうと美味しいお菓子が作れない。
計量の必要が無さそうなものということで、初めてだしカトルカールを焼いてみようと思う。
不思議とお誂え向きに用意されている調理器具、ボウルにホイッパー、シリコンヘラと焼きに使う型が色々。
どう考えてもお菓子にしか使わなさそうなマドレーヌ型まで用意されてるし、型抜きの種類も豊富……
いやいや、そもそもオーブン付きアイランド型のシステムキッチンが違和感しかない。
でも、様々なサブクラスに対応するなら、このくらいの設備は必要になるのか……
メッツァルーナとかいう半月型の包丁まで置いてあるし、もはや冒険者には絶対無縁な設備……
「そうだっ、チップを倒した時に木の実も拾ったんだっけ?
んー……これは完全にクルミ。じゃあ大丈夫だよね」
取り出した木の実も1つ、材料に加えておこう。
カトルカールとは、つまりパウンドケーキ。
4つの材料をそれぞれ4分の1ずつ、同量で混ぜ合わせて作ることから名前がついた焼き菓子だ。
以前は無塩マーガリンで代用していたけれど、アイテムボックスに『バター』と書いてあるのだから、きっとこれはバターなのだろう。
そういえば無塩かどうかは書いてなかったけれど……
「そもそも保存とか風味のために加塩してるんだし、バターと言ったら無塩だよねっ。
……うん、そういうことにしておこう。
別に食べれなくなるわけじゃないし」
第一、そんなことを言い出したら砂糖だって小麦粉の質だって気になってくる。
趣味でお菓子を作っていたなりに、細かいところをこだわらなくてはプロの味には近付けない気がしちゃうんだよ。
今回はもうこれで焼いてしまおう。
練ったバターに砂糖を加えて、溶き卵をダマにならないように少量づつ混ぜ合わせる。
いつも最後の方で分離しかけちゃうから、私は小麦粉を先に少しだけ……
邪道とでも言えばいいさ、美味しくできたら勝ちなのだ。
「木の実があるからいいけど、バニラオイルとかもドロップするのかなぁ?」
混ぜ終えたら最後にふるった小麦粉とクルミを投入。
型にオーブンシート、生地を流し込んだら中央を凹ませて予熱したオーブンにイン!
焼き時間も含めて1時間ちょっと。
洗い物も終えて、焼き上がったお菓子に竹串を刺して中を確認する。
「よかった、温度とか時間はうろ覚えだったけど、上手に焼けたみたい」
ゴロゴロっと入ったクルミとしっとりしたケーキの相性が抜群っ!
本当は冷ましてから出したいところだけど、端っこをつまみ食いした私は適当に切り分けた出来立てをお皿に並べていた。
「くきゅっ!」
「ん?」
ふと動物の鳴き声がしたような気がして顔を上げる。
クルミとお菓子の切れっ端を食べる魔物の姿がそこには……
チップとは少し違うみたいだが、レア個体とかユニークモンスターと呼ばれるやつだろう。
「ひっ……っと、ダメダメ……騒いて刺激しないようにしなきゃ……」
入ってきた扉へ向かうが、私の身体は魔物の方へと向いたまま。
後ろを向くのが怖かったのだ。
なんとか扉を開け、元いた部屋へ。
「お待たせー……って、あれ?
他の冒険者さんたちも来てたんですね、あはは……お邪魔してまーす」
「いいんだよ気にしないでくれ、こいつらは私のダチだからよ」
入ってきた部屋には、お姉さんの他にもスキンヘッドの男性が二人。
正直言って、ちょっと怖いタイプの人たちだった。
「おぉ、甘い菓子なんていつ以来だ?」
「デザート前に食べるにはちょっと甘すぎるんじゃねーか?」
黒い革ジャンのような衣装。
その二人がジリジリと迫ってくるのだ、しかも扉の向こうには魔物がいる。
正直怖すぎる……
「き……キャーッ!!
やめてくださいっ、お願いですっ!」
お菓子はふんだくられ、もう一人の男が私の両腕を掴んできた。
「うるせぇ!
ったく、馬鹿なガキだぜ。俺たちに美味しく食べられるってのに甘い菓子まで用意してよぉ……ひひっ」
食べる? そうか、私はあのお姉さんに騙されてしまったのか……
荷物を持つだけで分け前をだなんて虫が良すぎたんだ、疑わなかった私が悪いのだ。
「どぅれ……俺好みに育ってくれてるといいんだがなぁ」
いやらしい目つきで男が顔を口元に近づけてくる。
ギュッと目を瞑り、私は震えてしまっていた。
「手荒に扱うんじゃないよ。
久しぶりの上物さね、あっちのルートで流すんだからアンタらは味見だけだからね」
「へへっ、分かってますぜ姉御ぉ」
ハギさんは私をどうする気なのか?
この世界に来て初日、もうすでに絶望を味わってばかりの私であった……