人生で最良の日
アカシック・テンプレート様 『アドベント・クレーマー 〜〜現代社会に迫る危機〜〜』 のアキヤラボパ応援作品です。
パン焼きかまどの香ばしい熱気が部屋を温め出した時には、もう大勢の人が集まっていた。
今日は、人生で一番良い日。
あたしは精霊の模様が織り込まれた敷布に寝転んで、ウトウトしている。
娘たち、婿に行った息子たち、孫に友達。
みんなが仕事を休み、部屋に集まって御馳走を食べ、話に花を咲かせている。
息子の鷹は相変わらず冗談が好き。
彼が何か言う度に、日干しレンガの壁に笑い声がこだまする。
今日は人生で一番、幸せな日。
全てが明るく、全てが美しく、全てがそれぞれの姿で、お互いを大切にしながら在るべき場所に在る。
あたしはこの世界に生まれて、美しい星と名付けられ、日干しレンガの集落と野原と森と、その上の空を見て育った。
森の向こうにあるものは、見たことがない。
川の向こうには、行ったことがない。
同じ場所で、山羊を飼い、畑を耕し、織物を織って暮らしてきた。
でも、知っている。
全てのものは銀河につながる大いなる魂の中の、小さなカケラだ、ということを。
ここにいるみんなも、あたしも、戸口の外の小さな花も、森の中に湧く泉も、精霊の模様の敷布も、パン焼きかまどに燃える火も。
――― みんなみんな、大いなる魂から生まれて、また、大いなる魂に還っていくんだ。―――
今日は、みんなの声が、よく聞こえる日。
「おばあちゃん」 「ばあちゃ」
口々に呼んでくる小さな影は、2人の孫。
生まれた時に息をしていなかった小さな星、病気の度に隣に寝て、昔話をしてやったものだ。
産声からして、とんでもなく元気だった風、良い野牛の狩人になるだろうね。
弱い身体を嘆いては、風を羨む小さな星。
…… けどね、あたしの話をいっとう、よく聞いてくれるのは、お前なんだよ。 ……
「おばあちゃん、大きな鳥のお話をして」
…… そうだねえ。
今度は小さな星の番なのかね。
大きくなって、いつか、子に、孫に、こうして伝えるのかも、しれないねぇ。
豊作の祈り、雨降らしの祈り、精霊たちの物語。そして、この世界の始まりと終わりの話を。 ……
「昔の昔、そのまた昔……」
あたしは、ゆっくりと話し出した。
嗄れて小さくなった声を、子供たちが柔らかな頬を寄せるようにして、聞いてくれる。
…… ああ、なんと幸せな日だこと。 ……
――― 昔の昔、そのまた昔。
まだ、世界には、大きな卵ひとつしか無かった頃。
真っ黒の中に、ぽつんと浮かんでいたその卵に、やがてひびができました。
ひびは長い長い時間をかけて、ゆっくりと大きくなり、ある時、ぱりんと音がして、1羽の鳥が生まれました。
大きな大きな、野原よりも森よりも大きなその鳥は、虹の翼を持っていました。
虹の翼はナイフのようにとても鋭くて、真っ黒を切り裂きました。
そこから、太陽が生まれました。
大きな鳥と一緒に、卵の中の水が流れ出て、川と霧になりました。
太陽が、霧を照らすと、霧は海になりました。
大きな鳥が海の上を飛び回ると、虹の翼から種がふた粒こぼれて、ひと粒は大地に、もうひと粒は空になりました。
大きな鳥が空を飛び回ると、虹の翼からまた、光る小さな種がたくさん散らばって、星になりました。
大きな鳥が大地を飛び回ると、虹の翼からまた、数えきれないほどの種がこぼれました。
それらは土の中の深い所で育ち、いろいろな精霊になりました。
精霊の中には、雨粒になる者もいれば、人や動物、森の木や花、そして穀物になる者もいましたよ。
さて、すると、大きな鳥は鋭い翼で大地を切り裂いて、精霊たちを地上に導きました。
ところで、精霊には3つの目があって、ほかの精霊の本当の姿を見たり、ほかの精霊たちとお喋りしたりできるのを、知っていますか?
けれども、人となった精霊は地上に出たとき、太陽の眩しさにびっくりして、額についていた目を1つ、閉ざしてしまったのです。
だから人は、ほかの精霊の本当の姿も、それらを乗せて飛ぶ大きな鳥の姿も見えず、その声も聞こえなくなりました。
けれども、一生に2度、見える時があるのです。
そのどちらも、その時がくればきっと、わかるはず。
その日は、人生で最良の日。
もっとも美しく、もっとも調和して、もっとも幸せな日なのですよ。 ―――
話し終えると、孫たちは、からだを寄せてウトウトし出した。
…… さぁ、あたしもそろそろ、眠ろうかね。
パンの香りと幼子のすこやかな匂いで胸を満たして。
子供たちの寝息、大好きな人たちの笑い声を聞きながら。
ああ、生まれる前に確かに聞いていた、精霊たちの歌が、世界中から響いてくるねえ。 ……
どこからか、大いなる魂の翼の音が聞こえる。
もうすぐあたしは、あの虹の翼の、小さな種のひと粒になるだろう。
そしていつかまた、この世界に蒔かれることだろう。
今日は、人生で一番良い日。
参考文献
◎『今日は死ぬのにもってこいの日』
ナンシー・ウッド著、フランク・ハウエル画、
金関寿夫訳 (めるくまーる)
◎『世界の神話 (36) 世界の始まり/プエブロ編』
http://www.ffortune.net/symbol/sinwa/sinwa/sin036.htm
◎Wikipedia 『プエブロ』
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%82%A8%E3%83%96%E3%83%AD