デザートバイキング 『抹茶クリーム白玉あんみつ』
「ウチなぁ、ちっちゃいころから転校ばっかりしとったから、色んな方言が混ざってしもてなぁ」
アキノはクスクス笑いながら、茶筅という道具を使ってお茶をたてていく。
「わからん言葉とかあったら、遠慮せんときいてな?」
「あ、うん。言われなかったら関西弁としか思わないくらいだから、大丈夫だよ?」
あたしが言うと、そうか、とだけ言って、クスクスと笑う。
真っ直ぐに流れる黒髪が日本人形を思わせるアキノは、この春に転校してきたばかりで、家が近くだったこともあって仲良くなった。
アキノの家は剣道の道場で、おじいさんのお家らしい。おじいさんの具合が悪くなったので、アキノのお父さんが道場を継ぐことになったんだそうだ。剣道の世界では有名な道場らしくて、あたしみたいな普通の人間が入るには勇気がいるくらいに大きなお屋敷。こんな風に、離れに茶室まであるくらいだもん。
「ミユキはお茶は初めてなん?」
「う、うん。テレビで見て道具とかは知ってるけれど、飲んだことはないよ」
「せやったら、後でミユキも点ててみたらええ。ウチは裏千家の先生になろうたんやけれど、母さんが他の流派やったから色々混ざってしもたけど。教えたるよ?」
裏千家。やっぱりテレビとかで聞いたことはあるけど。
「流派で、色々違うの?」
「ウチもそこまで詳しいわけやないんやけどね。こうやってお茶を点てるやろ? こん時に、どのくらい泡を立てるかが流派で違うらしいよ。ウチはたっぷりと点てるのが好き」
アキノは言いながら、凄く大人っぽい顔で微笑んだ。同じ制服姿なのに、あたしなんかとは全然違う。
「まぁ、流派とかそういうんは、あんまり気にしてへんし、作法とかも時々適当にしとるけどな」
「そうなの?」
「ウチはな、お茶の心いうのが好きでな」
「一期一会、だっけ?」
「うん。ウチが教わったんは、『一座建立』言う言葉」
「いちざ、こんりゅう?」
初めて聞く言葉にあたしが尋ねると、アキノはあたしの目を真っ直ぐに見て微笑んだ。
その真っ直ぐな瞳にドキリとする。
「一座建立。お客様を招くときは、できる限りのことをする。そうすることで、招いた者と招かれた者との心が通い合って、心地よい状態が生まれる。そういう意味なんよ。まぁ、一期一会と同じ意味なんやけどね?」
そう言って、アキノは茶碗を差し出してきた。
んーっと、んーっと、どうやって飲むんだっけ?
あたしは必死にテレビで見たのを思い出しながら、茶碗を左手に乗せ、右手を添えた。
「えーっと……おてまえ、ちょうだいします」
「あら、よぅしっとるね」
アキノが嬉しそうに笑う。よかった。間違ってないみたい。
右手で茶碗を二回まわして、静かに口に含む。
薄緑色のそれは正直苦くって、美味しいと言えるようなものじゃなかったけれど、静かな茶室と、アキノの『お茶の心』と、その笑顔とで、凄く美味しく感じた。
ゆっくり全部飲み干して、あたしは茶碗を置いた。
「ご、ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした。ほんとはお菓子を先に出すんやったんやけど、すっかり忘れてた……緊張しとったから、堪忍してな?」
「ううん。凄く美味しかったし……って、緊張してたの?」
アキノの言葉にあたしはびっくりした。あんなに落ち着いてたアキノが緊張してただなんて、信じられない。
「してたしてた。だって、こんな風に友達にお茶を点てるのなんかはじめてやったんよ?」
あははって、ちょっと困ったような顔で笑うアキノは、凄く可愛いって思った。
「よし。お茶はいったん休憩。お母さんがベリーベリーのケーキ買ってきてくれてるから、一緒に食べよ?」
「へ? ケーキ?」
立ち上がって手を差し出してくるアキノの手をとりながら、あたしは間抜けな声を出す。
「うん。ウチ、あそこのショートケーキが大好きなんよ。あのケーキにお母さんの紅茶があったら、ウチ他はなんもいらんーて思うくらい」
「そ、そーなの?」
大人なアキノから、すっかり同い年のアキノになったアキノは、アタシの手をせかすように引っ張りながらはしゃぐ。
「ちょ、ちょっとまって……足がしびれて……」
ずっと正座してたから、足がじんじんして力が入らない。びりびりくすぐったい感じで、立ち上がったけれど歩けない。
「にゅふふー。触っていい? 触っていい? ウチ、しびれてる人の足触るの好きやのよ」
「や、やめてよ!? ほんとに触らないでよ!?」
「いやよいやよも好きのうち、言うしー」
「ほんとにやだー!! 触ったら、ほんとに怒るからね!?」
あたしの足に向かって、両手の指をわきわきと動かすアキノを、必死で手で押し返す。
「うそうそ。ジョーダンやないのー……って、ミユキ。唇、緑色になってるよ」
「あ……」
アキノのひとさし指があたしの唇をすっと撫でた。そしてそのままその指を咥える。
「うーん……七十点やな。次は濃茶を点てるから、それでリベンジな?」
「……」
アキノの指の動きに、あたしの顔は熱くなってしまって。
そのあと食べたケーキの味なんて、全然わかんなくなってしまったのだった。