癒されたくてモフモフを願ったらわたしに獣耳が生えた、そうじゃない。2
神社で癒しを願った結果、わたしの頭には獣耳が生えた。なんてこったい。そんなことある? あるんだなこれが。
しかも翌日出勤なんだな。なう。タンクトップでおにぎり食べたいわ……なんてね。
昼休憩まだかなー
現実逃避しながら仕事を進める。
「あれ? 花さん帽子?」
「そうなんです〜寝癖でぇ〜」
獣耳型、どんなエキセントリックな寝癖だよ。
上司どっか行って。どっか行って。帽子見られてると心臓に悪いから!
どっか行った。セーーフ。
うちみんな疲れてるからね、あまり他人に構わないんだ。雑談してたくらいでも仕事の納期が死ぬから。スケジュールが馬鹿なの。
「ヅラよりいいかなぁ……」
ボソッと聞こえた上司の闇。
ご苦労はお察ししますが部下は疲労で頭に獣耳生やす事態ですから、ぜひ上層部にかけあって人員増やしてくださいね頼むわ。
(獣耳仲間のあの子、どうしてるかなぁ……)
神社を訪れる。
相変わらずお疲れの体は、階段で悲鳴をあげた。
ぜえぜえ荒く息をしながら、境内に立ち尽くす。三センチのヒールでも足がきつい。
昨夜は気にもしなかった、風景が理解できるのは、精神疲労だけはマシになったからなのかな。
古い建物はおばけ屋敷みたいで金具にはサビが浮いている。それなのに空気が湿っぽくなくて、乾いた木のいい匂いなのが不思議だ。
矛盾感にゾワっとする。
お賽銭箱の前、
赤い鳥居をくぐろうか迷った。
……深々とお辞儀をして一歩踏み出してみると、いやな感じはしなかったから、自分の感性を信じて歩く。
クスクス、声がしたような?
キョロキョロしたけど葉の擦れる音だったみたい。雰囲気のせいで怖がりになってるな。葉のおちる先を目で追って、ふと、折れた枝と縄を見てしまって、うむむと唸った。
昨夜を思い出すじゃないか。
わたしの獣耳がゆるゆる震えたのは今になってやってきた恐怖? なのかな? 頬を手で包むと冷たいどころか、熱かったけど。ねえ。
人がやってきた。
薄暗い中、白金色の獣耳がふわふわと浮かんでいる。昨夜のあの子……エレガントな女子高生。
長い白金髪がふんわり肩を包んでて豪華なエリマキみたい、あ、風で髪がなびいて……とたんにペラペラのセーラー服では寒そうに見える。
相変わらず美少女で、セーラー服はボロい。
ボロをひらひらさせて階段を駆け上がってくるので白い太ももが丸見えです。
「花さぁん!」
「……もっと自分を大事にしなさいね。こんばんは」
ショールを肩にかけてあげたけど、背の高いあの子の腰くらいまでしか隠れないな。ごめん。
よく見たらセーラー服のボロい部分はカラフルな糸で縫われていた。
わたしの視線にあの子が気づいて、身じろぎする。
「そういうとこ、常識が、なんか、違うんですって……」
で、いじめられていたのね。
ずっと。
でも破られた跡を自分で直してあげられたことを、わたしは褒めたい。
糸の色使い可愛いと思うよって伝えた。
救いになるかは分からないけど肯定してあげたくて。あなたの個性は素敵だ。
彼女、モフリちゃんは赤くなって、ひまわりみたいにはつらつと微笑んだ。
モフリちゃんの表情が明るくなって良かった。
それにしても、かなり昨夜より吹っ切れてる?
なにか……環境の変化があった?
しかしいじめという事情があるので聞くなら慎重にしよう。
「今日、どうしてた? わたし帽子被ってた」
「あっ、あたしも……それを取られそうになって」
モフリちゃんはブルブル震えて拳を握った。
わたしは彼女を痛々しく見つめてしまう。
「ぶ、ぶん殴っちゃった……」
「ぶん殴っちゃった!?」
「そしたらいじめられなくなりました。嘘みたいに。力って……パワーなんですね……」
「パワースポットだしね、ここ」
驚きすぎてつまらないことを言ってしまった。
いやすごいわ。
成り行きとはいえそこまで変化してたとは。
モフリちゃんはわたしの返事に大笑いしてる。
緑眼の、隅に涙。
そのままひとつ、ふたつ、流れ続けた。
嗚咽の本当の理由は、わたしが根ほり葉ほり聞くものではないと思うから……静かに隣に寄り添い続けた。
あまり嗅いだことのない外国の香水のいい匂いがする。
──そのあとモフリちゃんの手が私の獣耳に伸びてきて、私もあちらのふわふわの獣耳を撫でて、当たり前みたいにじゃれあいが始まった。
ホッ……と心がほぐされていく。
モフモフは癒し。
他者の柔らかいところに触れているから、癒し。
二人いるからこそ癒しになる。
傷の舐め合い、獣耳のもふりあい。フッ。
お互いに夢中で、いつのまにか真っ暗になってしまっていて、わたしはモフリちゃんを家まで送っていくことにした。
なんてことはなく名残惜しかったのだ。さみしかった。で、歩幅のあった複数の足音によってそのさみしさは和らいでいくんだ。