06 安否
「ノアの街へようこそ」
ノアの街の街門に立っていたNPC門番に、ハンティングギルドの場所を聞いた。
こんな状況になっても、NPCがいて仕事をしている。
……そういういかにもなゲームっぽさを目の当たりにすると、なんか変な感じがする。街中にもNPCが何人もいた。プレイヤーらしき姿はチラホラ。
*
《ノア・ハンティングギルド》
ギルドに入ると、そこには思ったより沢山のプレイヤーがいた。
ホールの壁にある大きな掲示板に人だかりができていたので、何かと思って覗いてみたら、
[メッセージボード]
掲示板には、B4サイズくらいのタッチパネルモニターが3面はめ込まれていて、ハンター名の登録や検索、メッセージ作成ができるようだった。すぐ横の壁に「安否確認優先」と張り紙がしてある。
早速、俺も列のひとつに並んだ。
しばらく待って順番が回って来たので、父の名前を入力して検索してみる。
「高瀬 馨」
まずは本名。漢字で検索をかけてみるか。
……おっ、ヒットした。
《登録場所: 「クウォント」》
クウォント? ここノアの街もそうだけど、聞いたことのない街だな。いったい、どこにあるんだろう?
どうやら、メッセージが残されているようだ。
《メッセージ: 探し人 「高瀬 昴」。俺は元気だ。無事なら連絡をくれ。この街で連絡を待つ。》
……父さんらしいや。よかった。無事だったんだ。
とりあえず返信をしておこう。
《返信: 昴です。ノアの街に着きました。俺も元気です。必ず会いに行くので、そこで待っていて下さい。》
これでよしっと。
念のため、俺自身の安否情報とメッセージも、本名で検索できるようにキーワードを入れて登録しておいた。
それと、父以外の知り合いや友人がいないかも、思いつく限り検索してみたが、残念ながら誰も見つからなかった。
検索の仕方が下手なのかもしれないが、俺だって今日やっと街に辿り着いたばかりだ。まだ街にたどり着けていない人もきっといると思う。
その内また調べに来ることにしよう。
*
その後は、ギルドの資料室で地図をチェックし、「クウォント」の街への行き方を確認したが、
……これは困ったな。
〈侵食〉の影響なのか、どうやら従来のトレハンMAPは全くあてにならないみたいだ。
掲示板で、「MAP検証・考察スレ」が立っていたので覗いてみると、
・街の位置関係が本来のゲームMAPとは異なっている。
・このノアの街のように、β版にしか存在しなかった街も現れている。
・ここより南西にあるオルレインやウォルタールの街の周辺では、現実の茨城県の地形がかなり残されている。特に河川や沼、湖などの水場がそうで、丘陵地などの起伏もそのままの場所がある。
・地形は残されているが、そっくりそのままというわけではなく、その表面は貼り付けたようにゲームMAPに変化していることが多い。
・人工物は、パワースポット周辺を除いて、全てきれいに消去されており、リアル世界の痕跡は見つからない。
・ダンジョンの周辺やイベントエリアは、ことさら〈侵食〉が強く、地形も含めてゲームMAPに丸ごと入れ替わっている。
ゲーム時とは異なる街の場所に規則性があるとすれば、トレハンMAPとリアルMAPで似通った地形の場所に、街が配置されたんじゃないかという考察があった。
湖の街なら湖畔、山裾の街なら山麓、といった具合に。
不幸中の幸いだったのは、ハンティングギルドの機能が生きていたことだ。
そしてそれは、β版の街にも共有されていた。それにより、「メッセージボード」を使用した安否情報のやり取りや、各街間の連絡が可能となっている。
MAPに関しては、
・全面的に書き換えられてしまったエリアは未踏破扱い。
・未踏破扱いのMAPは、探索をすれば新MAPに表示される。
・リアル地形が残っている場所では、ランドマーク的な大きな河川や山地は、予めMAP表示されていることが多い。
今分かるのは、ここまでだ。
それにしても、検証してくれる人がいてくれてよかった。こういった情報がなければ、これから移動する目処が立たなかったところだ。
さて、あとは移動する前にアイテムの補充だな。
◇
「クウォント」の街は、茨城北部、福島との県境に近い内陸部にあった。恐らく、先ほど出会った2人組の目的地もここだろう。
「花園神社」というランドマークのやや北にある小さな街らしい。
俺が最初に飛ばされたと思われる場所から、直線距離では徒歩1日くらいに位置するようだ。だが実際には、海岸線を北上して、「クウォント」の近くを通る川を探し、河口から遡上していくルートを辿るようになるから、もっと時間がかかるだろう。
何事もなく進めば、単純計算では4日くらいの日程で着くはずだ。ただ、あの2人組も知らなかったように、道中でどんなモンスターと遭遇するか分からない。
回復薬は多めに欲しいな。あと、飲み物や食材も余分に準備しておきたい。
……稼がなきゃ。
最後にトレハンにログインした時に、初心者装備から革装備に装備を更新していたため、今現在、手持ちの金が少ない。ちなみに、トレハンの通貨単位はYだ。1Y=1円(¥)。……分かりやすいな。
すぐにでも旅立ちたかったが、仮想世界とはいえ、ここはゲームではなくて既にリアルだ。
準備を怠って後悔するのは嫌なので、出発前に街の周辺で狩りをすることにした。父さんが安全地帯である街にいるのが分かったのも大きい。
でも、アイテム価格が高騰しているので、十分量を稼ぐには、かなり頑張る必要がある。
買い取りで需要が大きい素材は、食料と薬の材料。《次元震》以降、急激にプレイヤー人口が増えたため、それらの備蓄がかなり減っているらしい。
……ということで、西の草原で大角魔牛を狩ることにした。
ノアの街は、海辺の街と呼ばれるだけあって、東門を出ると目の前には広い砂浜が広がっている。ギルドで得た情報では、茨城県の「大洗」辺りになるんじゃないかということだった。
街の周囲の様子は、かなり侵食度合いが高くて、ほぼゲーム世界に置き換わっている。
南へ行くと湖があるらしいが、北と西は草原だ。
*
西の草原は見晴らしがよく、川沿いにしばらく進むと、のんびり寛いでいる大角魔牛の群れを見つけることができた。
比較的小さな群れだ。これにしよう。
3…4……5、6……6頭か。
……狙うのは、あの端にいるやつだな。
*
何回も戦闘を繰り返し、合わせて18体の大角魔牛を狩った。陽が暮れてきたので、今日はこれでおしまいだ。
ノアの街に戻り、ハンティングギルドで精算を済ませた。肉は数ブロック分、売却しないで取っておく。後で、旅中の食事用に食べやすく料理するつもりだ。
今日の宿は、このハンティングギルドの宿泊施設に予約を入れてある。街の宿屋はどこも満室で、空きがあるのがここしかなかった。
ハンティングギルドの宿泊施設は、素泊まりで簡易ベッドしかないシンプルな作りだが、狭いながらも一応個室だ。幸いなことに、ゲーム仕様で部屋数に上限がないため、収容能力は非常に高い。
………なんか疲れたな。精神的に。
父さんの所在が分かり、少し気が緩んだのだろう。今まで感じていなかった疲労感がドッと押し寄せてきた。今日は早く寝てしまおう。明日もまた1日狩りだからな。