49 回帰
《The indomitable spirit of adventure online (ISAO)へ、ようこそ。》
《既存データが存在します。ユーザー名[ユキムラ]LV103。このアカウントでよろしいですか?》
もちろん[YES]だ。
選択するとすぐにアバターが変化し始めた。
懐かしいあの姿へ。
俺が苦心して作り上げた、人の良さそうなフツメン「ユキムラ」だ。服装も前回ログアウトした時と同じシンプルな黒い神官服へと変わった。
《ISAOの世界へ降り立ちます》
そのアナウンスで実感が湧く。なんだか感慨深い。
ここに来るまでが長かったしな。やっとだ。やっとISAOまで辿り着いた。いったいどのエリアにログインするんだろう?
ワクワク、ドキドキしながら待っていると、次第に視界が歪み、明るく変化していった。そして現れたのは。
え? なにこれ。
ログインして目にした景色は、俺の記憶にあるISAOの風景とは全く違うものだった。
「昴……くん?」
「えーっ! これ、どういうことだよ?」
香里奈とレオもほぼ同時にログインしてきて、それぞれが驚きの声を上げた。香里奈は俺を見て。レオは俺と同じで、この風景を見た上でのリアクションだろう。
よし……落ち着こう。とりあえず、二人にアバターの説明をしてからだ。
「香里奈、レオ、これが俺のISAOでの姿になる。ユーザー名は『ユキムラ』だ。よろしくな」
「リアルの姿に似てないとは聞いていたけど、まさかここまで別人だなんて。全く以前の姿の面影がないわ」
「よく言われる。香里奈は?」
「私のユーザー名は『カタリナ』よ。あまり見た目は変わらない……いえ。こんなところで見栄を張っても仕方がないわね。ちょっと若作りしてるわ」
そうだ。カタリナだ。以前その噂を耳にした歌姫の名前で間違いない。
「そうかな? スバルを見ちゃったせいかもしれないけど、香里奈はあんまり変わらないじゃん。俺はどう? アバターは結構気合い入れて作ったんだけど」
「レオも結構違うな。俺と違って、レオだっていうのはなんとなく分かるが」
レオは細マッチョの銀髪青年になっていた。凛々しい感じに育ってる。
「かなり大人っぽくなったわね。似合ってるわ」
……と、簡単に自己紹介を終わらせてから、俺たちは改めて目の前の現実と向き合った。
「これは、マップが実装されてないってことなのかしら?」
「それにしても酷いな。これじゃあ、どこにいっていいか分からない」
「何もないね」
そう、何もない。見渡す限りの灰色の大地。
いや、これを大地と言っていいかどうか。更地っていうわけじゃなくて、本当に何もない。ひたすら平坦な灰色の地面が広がっている。
空はかろうじて青い。日も差している。だが、それ以外のデータを入力し忘れたかのように、何もなかった。
まてよ……よく見ると、グリッド線のような白い破線模様が入っている。碁盤の目のようにマス目状に線が描かれ、均一な区画に仕切られているようだ。
そうして俺たちが、全く予想もしていなかった目の前の光景に驚き、先に進むのを躊躇していると、かつて聞いたことのあるあの声が響いた。
《ISAOをご利用中のユーザーの皆さまにお知らせ致します。新しいエリアへの到達者が現れました。これに伴い、追加マップ実装のための臨時アップデートを行います。そのまましばらくお待ち下さい》
ワールドアナウンスだ。まさか運営……なわけはないよな、AIか?
「臨時アップデートだって」
「そのままお待ち下さいか。いったい何が起こるのかしら?」
そして、変化は急激に現れた。
「うわあ」
「これは……凄いな」
灰色一色だった大地にみるみる凸凹の起伏ができあがる。
そして次々とその姿を変え、まるで最初から存在していたかのように、一体感のある自然の風景として鮮やかに彩られていった。
緑の草原が現れ、花が咲き乱れる。所々にポツポツと木が生え始め、こんもりとした林も出現した。
蛇行して流れる川が現れたかと思うと、すぐさま橋が架けられる。最後に、その新たに造形された風景を縫うように、黄色っぽい色をした街道が敷かれていく。
追加マップの実装か。
目の前でこうやって実行されると、ここが現実でもあるということを忘れてしまいそうだ。リアルを全く含まないゲームだけの世界。RPGゲームを作るっていうゲーム。まさにあれみたいじゃないか。
そうやって眺めている内に出来上がったのは、どこか見覚えのあるような、しかし真新しい感じもする牧歌的な風景だった。
「あっち。あれ見て!」
レオの指差す方向を見ると、かなり遠くの方に、明らかに自然のものとは違う人工物のようなものが、現在進行形で出来始めていた。
「街か?」
「それっぽいよね!」
今まさに実装されたばかりの新しいマップ。
そこに現れた街あるいは何らかの集落。遠目でも分かるくらいに、外壁や建物が次々と構築されていっている。
「なんか、塔みたいなのができてるね」
外壁の内側に、背の高い建築物が伸び始めていた。あれは、神殿あるいは修道院の尖塔か?
「集落というには大きいな。そこそこ大きな街かもしれない」
「そうなの? 私は始まりの街しか知らないから、そういう当たり前のことが分からないのよね」
香里奈……カタリナは、そういえば始まりの街から出たことがないって言ってたな。
修道院の深窓の歌姫。かなり有名人なのに。
……そうだ。移動する前に、レオのレベルとスキルの確認。それに、装備を渡さないと。
《ISAOをご利用中のユーザーの皆さまにお知らせ致します。大変長らくお待たせ致しました。追加マップ実装に伴う臨時アップデートが終了致しました。引き続きISAOをお楽しみ下さい》




