48 蠱毒
他のプレイヤー? とりあえずYESだ!
《「ハルト」が参加しました。フィールドボス巨大蟻「ディノポネラ」 レイド戦 参加プレイヤー4/5 この戦闘は回避できません》
参加要請を承認するとすぐに、巨大蟻の背後から黒っぽい何かが激突した。
〈ギョェァッーーー!〉
巨大蟻が咆哮と共に態勢を崩す。そこに今度は、いつの間にか頭上にいた緑の塊から黄色いガスのようなものが散布され、蟻の装甲が溶け始めた。
悶え苦しむ様子の巨大蟻。さらにそれに追い打ちをかけるように、地上から勢いよく飛び出したものが巨体に激しい飛び蹴りを加え、ドウッと砂を巻きあげて巨大蟻が倒れた。
凄い。あっという間だ。
砂煙がさらに激しく舞い上がり、破壊音は聞こえるものの、状況がよく分からない。俺たちがそんな光景に立ち竦んでいると、
「やあ、始めまして。僕が「ハルト」です。遅くなってごめんね」
遅くなって?
「いや。助かりました。もう全滅を覚悟していたので」
ハルトというプレイヤーは、俺と同じくらいの年齢の少年だった。
「ありがとう。凄く強いんですね」
「マジ助かった。ありがとうな」
レオと香里奈も近くに寄ってきて、ハルトに声をかける。
「いろいろ話をしたいけど、ここじゃ落ち着かないから、セーフティスポットに案内するよ。もう片がついたみたいだし」
見れば砂煙はすっかり薄くなり、巨大蟻の姿が消え始めているところだった。
*
「外の世界じゃあ、そんなことになってたのか。全然思っていたのと違う。君たちが来てくれて良かった」
彼、鳴宮晴人が言うには、外からこのゲームエリアにきたプレイヤーは、俺たちが初めてらしい。
「どうしてあんなに早く救援に来れたんですか?」
「僕のパートナーに、ネットワーク構築に優れている子がいてね。このゲームエリア全域にセンサーっていうのかな? それに近いものを設置してるんだ」
「凄い。全域にですか?」
「そう。このインセクティアの世界の外に、他のゲーム世界があることは分かっていた。でも、ここに同じ状態で戻ってこれるかどうか自信がなかったから、怖くて出られなかったんだ。その代わりに、外から誰か来ないかなと思って、センサーを設置してみた」
「他のプレイヤーは?」
「数十人いる。だけど、怖がって街から出てこない。東北の地元の住人ばかりで、異変の前からこのゲームをやっていた人が僕以外にいないんだ。β版だから仕方ないけど」
「β版なんですか、これ?」
「そう。だからバグが多いんだよね。bugゲームなだけにバグってるってわけじゃないけど、思いっきりバグが出てる」
ハルトが言うには、このゲームはまだ正式配信前でβ版の真最中だったそうだ。
βテスターであった彼は、知識もあったし、最初から強化されたパートナーが4人いたので、問題なく対応できた。だが、彼以外の他のプレイヤーは、彼が助け出すまでの間に何度も死に戻りを繰り返し、すっかり怯えてしまっているらしい。
いきなりこんなジャングルに放り込まれて、巨大虫に殺され続けたら、そうなるのは当然かもしれない。
「バグって何か問題があるの?」
「それが大ありなんだ。まずプレイヤーのアバターを変えられない。あと、パートナーは強化玉で強化する以外に、他の虫の召喚球を吸収することで進化したり能力アップできるんだけど、そこが酷くバグっている」
「確かにアバターはいじれなかったな。もうひとつのバグの方は何かまずいのか?」
「うん。とても困ったことに、倒した相手からドロップした召喚球を、なぜかエネミーである昆虫も吸収できる。バグのせいでね」
「えっと。つまり、敵がどんどん勝手に強化されて強くなるってこと?」
「そう。そのせいで、既に一部地域が蠱毒化してる」
「蠱毒って、壺の中で毒虫同士が殺し合って強いのが残るって奴?」
「そんな感じ」
それは……恐ろしいな。
「僕のパートナーは、そいつらよりもずっと強化してあるから大丈夫だけど、君たちだと到底かなわないと思う。だから、行きたい場所まで僕たちが護衛するよ」
「それは、凄くありがたい話だが、俺たちには何も返せない。それでもいいのか?」
「外の情報をたくさん貰ったからね。それで十分だよ」
「あなたは、このままここに?」
「うん。僕は、この子たちと別れたくない。パートナーと一緒に行けないなら、僕はずっとこの世界にいるよ。そうそう。彼女たちを紹介するね」
彼のパートナーは四人。それが仲間にできる最大人数だそうだ。そして彼のパートナーたちは、それぞれがかなり個性的に見えた。
「この子が、さっき言ったネットワーク構築をしてくれている『少女B』」
大層可愛らしい、人形くらいのサイズの小さな少女だ。紅茶色のふわふわした髪に印象的な赤い瞳。背中には陽に透ける二枚の羽が生えている。まるで妖精みたいだな。
「彼女が状態異常攻撃が得意な『アオクサ』」
上から黄色い粉を撒いていたのはこの子か。初夏の若葉のような明るい緑色の髪の色をした少女。背中の甲羅のような装甲には黄色い星が三つ印されている。
「『ドーマ』よ。よろしくね」
「ドーマは跳躍力が凄くて格闘が得意なんだ」
三人目は、スラリと鍛えられた長い脚をもつ、大人びた栗色の髪の少女。凄くスタイルがいい。
「そして、彼女が『ローチ』。ローチはモルフォ蝶の召喚球を取り込んで、凄くレアな特殊進化をしてるんだ。異種間の取り込みは成功率がとても低いから、滅多に上手くいかないんだよ」
烏の濡れ羽色のような艶やかな黒髪。光の加減で青にも紫色にも見える。とても幻想的で綺麗だ。瞳の色も同じで、透き通った紫色の羽が生えている。雰囲気のあるもの凄い美少女だった。
「みんな凄く強かったね。彼女たちはなんの虫なの?」
レオの問いかけに、ハルトが彼女たちを見回すと、四人全員が首を横に振っていた。
「ごめんね、内緒だって。彼女たち、恥ずかしがりやだから」
その後は、ハルトの申し出をありがたく受け、護衛してもらいながら、数日間をかけて宮城県を縦断。とうとう岩手県との境にある《次元境界》の目の前にまでたどり着いた。
ハルトによれば、この向こうは間違いなくISAOのゲーム世界だそうだ。
「ハルト、本当に世話になった。ありがとう」
「あなたの親切は忘れないわ。もしISAOエリアに来ることがあったら、気軽に寄ってね」
「ハルト、元気でな。ありがとう」
ハルトとは、このゲームではフレンド登録をして、さらにISAOでの連絡先を知らせた。
「短い間だったけど、僕も楽しかった。またこの世界に来たら、連絡くれよな」
「ああ、必ずするよ」
ハルトとそのパートナーたちに別れを告げた。
さあ、いよいよISAOだ。でもその前に。
「ラン。短い間だったけど、ありがとう」
「マスター。行っちゃうの?」
「今はね。でもまたいつか必ず会いに来るよ。だから、待っていてくれるか?」
これは嘘じゃない。いずれトレハンエリアと行き来する際には、必ずここは通過しないといけない。その時には、もっと時間をかけて強化してあげられたらいいな。
「うん。待ってるから、またランに会いに来てね」
「約束する。次はもっと冒険しような」
すっかり意気消沈したランやそれぞれのパートナーの様子に後ろ髪を引かれるが、ここに留まるわけにもいかない。
そうして俺たちは、彼女たちとも別れを告げ、《次元境界》に一歩踏み出した。




