46 羽音
「源次郎、どうだった?」
「あら。何かトラブルでも?」
行ったと思ったらすぐに引き返してきた俺に、2人から怪訝そうな声がかかる。
「この向こうにあるのはISAOじゃなかった。別のゲーム世界だ」
「「えーっ!」」
「ゲームタイトルは、『インセクティア〜僕の嫁物語〜』。知ってるか?」
「聞いたことないわ」
「いや。知らない。けど、『嫁物語シリーズ』の新作かな?」
嫁物語シリーズ? そんなのがあるのか。
「そのシリーズについて詳しく教えてくれ」
「俺もやったことはない。姉ちゃんの1人が『ケモミミランド〜僕の嫁物語〜』っていうのに一時嵌っていて、コスプレ衣装作るんだって騒いでたから覚えてただけで」
「どんなプレイをするか分かるか? シリーズものなら共通点があるかもしれない」
「あまりよく知らないんだけど、確かプレイヤーが召喚士で、NPCのパーティメンバーを召喚して育成するっていうやつ。召喚されるのは全員可愛いケモミミの女の子。その子たちとパーティを組んで戦闘メインで攻略する……RPGだったかな?」
「可愛い女の子。嫁……でも戦闘するの?」
「うん。ゲームとしてはB級っていうか、完成度はいまいちって言ってた気がする。でも、出てくる女の子がとにかく可愛いキャラデザ最高っていうのが姉さんの受け売り」
「そうか。NPCとパーティプレイはいいとして、ケモミミランドがケモミミ女子なら、インセクティアは……」
インセクティア……ってインセク……トかな? でも、インセクトっていったら。
「まさか虫なの?」
香里奈が悲鳴に近い声をあげた。
……だよな。信じられないが、昆虫女子。おそらくそれがパートナーだ。
「随分と……通好みというか、ターゲット層が狭いゲームだな」
「B級にしてはヒットしたみたいで、続編が次々と出たんだよ。アクアワールドとかジュラシックとかか。そんなだったかな?」
哺乳類、魚類、恐竜……つまり爬虫類ときて、昆虫なのか。それは何というか。
「む、虫はともかく、ヒット作でシリーズものなら、攻略はし易いのかしら?」
「ごめん。そこまでは分からない。姉ちゃんは、可愛いさは正義! ってよく叫んでたけど」
「いや、十分だ。つまり、この先のゲーム世界では、俺たちは召喚士で、NPCのパートナーができるってことだな?」
「そういうことになるね。でも虫かあ。俺、あんまり好きじゃないな。源次郎は?」
都会っ子のレオはそんな感じか。
「俺は田舎にも住んだことがあるから、まあ普通かな。でも好きってほどではない。香里奈は大丈夫か?」
「正直言って苦手だわ。でも頑張る。ゲームなんだし、姿は女の子なのよね。だったら何とかなるわ、たぶんだけど。黒いGでさえなければ……」
「そうか。辛かったら遠慮なく言ってくれ。とにかくやるしかないわけだし。未知のゲームだから、ゲーム開始時刻に時間差を作らない方がいいかもしれないな」
「そうだね。みんなで一緒に行こうか!」
「そうね。その方がいいかも」
「NPCパートナーの選択やその他の設定が終わったら、ゲームをスタートしよう。身の危険がなさそうなら、その場で待機で」
*
ここでまたレベル1から始めることになるとはな。それに召喚士か。こんなの想定外だ。
《「インセクティア」の世界へようこそ。》
《既存データが確認できません。新規アカウントを作成します。パートナーマッチングを始めてよろしいですか?》
[Yes]
目の前に4つの虹色の玉が現れ、クルクルと輪になって回りだした。そして、空中に十字を描くように停止する。
《お好きなインセクト・エッグをひとつ選んで下さい》
上下左右、どれかひとつか。
「上にするか」
十字の上側にある玉にそっと触れる。すると、エッグが七色の光を放ち、亀裂が入ってパリンという効果音と共に弾けた。
光が消失すると、華やかな容姿の少女が現れる。
髪の色は白。ロングストレートで、下にいくに従って濃いピンク色へとグラデーションになっていき、毛先だけクルンとカールしている。
肌の色も白い。目は鮮やかなピンク色。そして、白とピンクの二色に染め分けられた、ピラピラした花びらのようなワンピースを着ている。
……どこも虫っぽくはないな。
虫というよりも花を連想させる。まるで胡蝶蘭みたいな外観だけど、何の虫なんだろう?
「私の名前は『ラン』よ」
《この個体と誓約しますか? 一度だけ召喚のやり直しができます》
名前と見た目しか情報がない。それなら迷う余地はないし、このままでいいか。[誓約する]を選ぶ。
少女は俺を見ると、にっこり笑って、
「よろしくね、マスター」
「俺はスバルだ。ラン、これからよろしくな」
《プレイヤーの名前を登録して下さい。パートナーの名前を変更できます》
プレイヤー: スバル
パートナー: ラン
ランの名前はイメージにぴったりだから、このままでいいか。
《登録情報を確認して下さい。これでよろしいですか?》
[プレイヤー]スバル 「召喚士 LV1」
[パートナー]ラン「花螳螂 LV1」
カマキリ! ピラピラしてるから、てっきり蝶か何かだと思ったのに。
《ゲーム世界に入ります。よろしいですか?》
俺自身のキャラメイクはなし……みたいだな。
「ラン、行くぞ!」
「はーい」
そして視界が切り替わり、入り込んだ世界は。
〈バサッバサバサッ〉〈ブゥゥーン〉〈パタパタ パタパタ〉
たくさんの巨大な昆虫が行き交う、鬱蒼とした緑のジャングルだった。




