42 道先
レオが血脈クエスト報酬として入手した「如意宝珠」は、神通力を使える道具だった。龍人族固有の道具で、青龍族の場合、水を自由に操ったり、雷や雨を呼んだりできるらしい。
「すごくないかそれ?」
「まあな。範囲制限やクールタイムがちょっときついみたいだから、ポイポイ使えるわけじゃなさそうだけど」
「なるほど。使いどころは考える必要がありそうだな」
レオの血脈クエストは、俺の時と同じくクリアまでに何日もかかっている。俺はといえば、掲示板を眺めたり気晴らしに狩りをしたりしながら、湖畔でレオを待っていた。
レプティルの街ヘ再び戻ったら、数日間を休養や補給にあて、いよいよ北へ出発だな。
……それがだ。
驚いたことに、俺たちが湖から街へ戻ると、誰もいなかったはずの冒険者ギルドが様変わりしていた。
「源次郎、ウサギがいる」
「本当だ。どこから湧いて出たんだ?」
空っぽだったカウンターやその奥に、受付作業をするウサギの姿がある。
「これって、時間差で実装されたってこと?」
「運営がいないのにどうやって……誰が実装してるんだ?」
疑問は尽きないが、残念なことに誰もそれに答えてはくれない。
そして、そこにいたのはウサギだけじゃなかった。
「あなたたち、プレイヤーよね?」
ギルドホールで、慌てた様子で俺たちに話しかけて来たのは、一人の見知らぬ女性プレイヤーだった。
*
「よかった。てっきり先に行っちゃったかと思ってたの」
「あなたもISAOエリアへ?」
その女性プレイヤー、香里奈さんは、俺たちがISAOへ向かっているらしいという情報を掲示板で拾い、それを頼りにして、俺たちと合流するためにここまでやって来たそうだ。
「よく一人で無事に来れましたね」
「オルレインからミースまで転移陣が開通したの。だからかなりショートカットすることができたわ」
そっちも開通したのか。
「それにしても、あまりレベルも高くないみたいだし、大胆というかなんというか」
一人で旅してきたというのが信じられない。
「これでも、一生懸命にレベルを上げたのよ。あと、ここまで順調に来れたのは、私の種族特性のおかげかな」
彼女の種族を聞いて、疑問は若干解消した。「八咫烏」。父と同じだ。【N道先案内】のスキルで、安全かつ最短距離を進んできたんだろう。
「どうしてISAOへ? 家族がいるとか?」
「いえ、違うわ。ISAOは長くやっていたゲームだから、あそこなら生活基盤ができているのよね。それに、家族じゃないけど、共に過ごした大切な子たちがいる」
「じゃあ、俺たちと同じだね」
「足手まといなのは分かってる。でも、できれば同行させて欲しいの。さすがにここから先は、一人で行ける自信がなくて」
「源次郎、どうする?」
さて、どうするのがいいかな?
「お礼は、ここでは手持ちがないけど、ISAOに行けばそれなりに提供できるわ。それじゃダメかしら?」
正直言って戦闘力は話にならない。でも、種族特性的には同行可能な気はする。女性一人でここまで来たんだ。よほどISAOに行きたいんだろう。
「お礼は特に必要ない。死に戻りのリスクがあることを承知なら、俺は構わないが。レオはどう?」
「俺もいいよ」
「じゃあ、決まりだな」
「ありがとう。私の方がだいぶ年上っぽいけど、気にせず香里奈って呼んでくれると嬉しいわ。これからよろしくね」
街の周辺で、食料確保がてら香里奈のパワーレベリングをある程度行い、それから出発することになった。制限されていたギルド機能が使えるようになっていたので、父宛てにメッセージを残す。
これから辿るのは、阿武隈川沿いに北上を続けるコースだ。川が次第に東へ向きを変えて、最終的には宮城県にある河口へ到達するはず。
宮城県は、トレハンとISAOの境界があるのでは? と掲示板上では推測されているところだ。それが本当なら嬉しいが。
「宿屋で聞いた『人食いの鬼』が気になるね。どこら辺にいるのかな?」
「北へ進むなら、回避できないイベントっぽいわね。『道先案内』のスキルを働かせると、必ずある場所を通らないといけないようになってる」
「つまり、そこにいるわけか」
元々人懐こく、姉がいたというレオは、すぐに香里奈に馴染んでいた。彼女は幸いなことに、分別のある大人な女性で、人との距離感を保つのが上手い。
「そうね。割りと近いわ。たぶん最短距離で徒歩2時間ちょっと」
「なら、実際には3時間くらいか」
「怪しい岩屋って言ってたから、見れば分かるかな?」
「不死身の身体。斬っても斬っても与えた傷が治ってしまう。強そうな敵ね。人食いっていうのも嫌だし」
人食いか。このゲーム、そういうのが多い気がする。イメージするとぞっとするな。実際に食われることがないことを祈るしかない。
「よし! 行くか!」
「おうっ!」
「はい!」
北へ向けて出発だ。




