37 資格
北東へ2時間ほど歩いただろうか。金光山と思われる白っぽい岩山にたどり着いた。
「源次郎、あそこから登れそうじゃないか?」
ひと1人がやっと通れそうな岩の隙間を、レオが見つけた。
「それっぽいな。行ってみるか」
レオに先行してもらい、慎重に奥へ進む。
岩肌に挟まれ、やや勾配のきつい坂道をしばらく歩いていると、高い岩壁に囲まれた、開けた空間に行き当たった。
奥に続く通路を塞ぐように、崩れ落ちた大岩が鎮座している。そして、その岩の表面には、数え切れないほど多くの白蛇が群がり、ウネウネと蠢いていた。
このまますんなりとは……いかないよな。
「源次郎、これどうする?」
「あれをどうにかしてどけないと、通れなさそうだな」
「たぶん、そんな感じだよね。倒す?」
「といっても、数が多いな。どうすれば……」
そう話していた俺たちの目の前で、蠢いていた蛇たちが一箇所に集まり始めた。白蛇は絡まり合い、ひとつの大きな塊になっていく。そして、その輪郭が次第に滲んで行くと、白い着物を着た1人の美しい女性の姿になった。
「旅の方々。資格をお持ちか?」
透き通るような美しい声で、その女性が問うてくる。
資格?
「資格って何?」
「霊場に入る資格に他ならぬ」
……なるほど。イベントを進めるには、それ用のアイテムが要るってことか。
この奥には、おそらく俺たちの探している「金華泉」があるに違いない。そしてこれは、法力を失った観音菩薩像に力を取り戻すイベントのはずだ。夢の暗示がそれを示している。
つまり、このイベントのキーアイテムは「観音菩薩像」。
もし、このキーアイテムを持たない者が偶然やってきた場合は、ここで追い返されてしまうのだろう。
「レオ、たぶんこれのことだ」
亜空間収納から、白木の観音菩薩像を取り出す。
「これがその資格になるだろうか?」
そして、女に向かって観音菩薩像を掲げて見せた。
「然り。よくぞ参られた。資格を有する者たちよ」
そう言うと、目の前の女の輪郭が徐々にぼやけ、霞のように霧散していった。
「源次郎! 岩がなくなってる」
奥へ続く道を塞いでいた大岩もいつの間にか消えている。
「行こう、レオ」
岩壁に挟まれた狭い通路を抜けると、そこは幻想的な空間が広がっていた。
上を見上げれば、蒼みがかった紫色の雲が宙にたなびき、その隙間から、無数の金色の光条が差し込んでいる。それが、周囲を取り囲む白い岩壁を照らし、その岩壁がさらに光を反射して、四方から柔らかい光に照らされているように感じる。
心地よい清浄な空気……そういったものが、この場所には満ちていた。
「あそこが怪しくないか?」
レオに言われた方を見ると、岩壁が穿たれてできた空洞があり、燦然とした金光を周囲に放っていた。
近づいて見ると、はたして足元に泉がある。泉の水面は、まるで金粉を撒いたように金色に染まり、煌めいていた。
「ここに入れたらいいのか?」
「夢だと、この泉の中から金色の観音様が出てきたよね。だから、入れちゃっていいんじゃないかな」
「とりあえずやってみるか」
泉の縁に膝をつき、白木の観音菩薩像を金色の泉にそっと沈めてみる。
すると、頭上から差し込んでいた光条が、泉の周囲を取り囲むようにその向きを変えて、ひときわ眩く輝いた。
眩しさのあまり、目を瞑ってしまう。
光が収まり、再び目を開けた時には、泉の周りに大勢の人ならざるものが顕れていた。
20……いや30人くらいか? この場合、「人」と数えるのはおかしい気がする。だが、観世音菩薩の数え方なんて、俺は知らない。
そこに立っていたのは、泉に沈めたのとよく似た外観をした、透けるような金色の輪郭を持つ観世音菩薩の一団だった。
観世音菩薩は腕を伸ばし、それぞれ泉の方を指し示した。そして、その指先から溢れる金色の光が、吸い込まれるように泉に沈んでいく。
すると、泉の中央の水面が湧き立ち、半跏思惟の姿勢をとった、金色に輝く観音菩薩像が現れた。
如意輪観世音菩薩
頭に煌びやかな宝冠を被り6本の腕を持つ、この物憂げな観世音菩薩は、俺が泉に沈めた観音菩薩像と同じ姿をしていた。
《抜苦与楽自在》
そう聞こえた後、一瞬で数十体の観世音菩薩はかき消え、足元の泉に金色の観音菩薩像が浮かんでいた。
それを水面からそっと拾い上げる。
【S簡易鑑定】
【如意輪観世音菩薩(黄金像)】法力の器となる。法力に満ち、邪なものを退ける。
……どうやらクエストは成功したようだ。