34 桜魔
「姫さま。お客様をご案内致しました」
案内の子供が桜の木に向かって呼びかけると、木の裏側から、華やかな赤い小袖を羽織った、たおやかな風情の美しい女性が現れた。
「よく参られた、お客人。歓迎するぞえ。遠慮せずに、もうちと、ちこうよれ」
妙に機嫌がいい。俺とレオが警戒しながら一歩近づくと、
「もっとこちらに。早う」
その女性は、右手に持った扇子で、おいでおいでをするような仕草をする。
仕方なく俺たちは、姫さまと呼ばれたその女性の目の前まで進んだ。
「すまぬの。ゆっくり歓待したいところだが、ちょうど出かけるところで時間がない」
にこやかに笑いながら話す女に妙な圧力を感じ、警戒心が高まる。
「それにしてもいい男だねえ。若い男が2人も。姉君へのよい手土産になりそうだ」
「手土産とは?」
女が扇で俺たちを指し、
「もちろん、そなたたちじゃ。ああでも、全部寄越せとは言ってない。その新鮮な生首だけでよいぞ。姉君の好物だから」
その返事を聞いて、俺たちはすぐさま後ろに飛び退り、女から距離を取った。
すると、それまで黙っていた子供が、
「ここまで来ておいて往生際が悪いなあ、観念なさい。手間をかけさせないで、さっさと胴体とお別れすればいいのに。軽くなっていいですよ。ほら、こんな風に」
そう言い放った子供が急激に膨張し、輪郭がぶれて変幻する。額の中央に一本角を生やした、ひとつ目の巨大な赤い生首にその姿を変えた。
耳まで裂けた大きな口から、蛇のようなピンク色の長い舌がユラユラと飛び出してきて、俺たちを舐めようとする。
身を捻ってそれを回避し、レオの元に駆けつけると、ちょうどレオが亜空間収納から鬼の面のついた長方形の盾を取り出したところだった。
「それは?」
「鬼面の盾。レア度★7。対妖怪用の盾で、敵の妖力を吸収してくれる」
「それでか」
レオが鬼面の盾を前方に構えてから、赤い生首が攻撃しあぐねるといった風情で俺たちの前でふよふよと蠢いていた。
「源次郎はこれ。受け取って!」
譲渡申請のアナウンスと共に渡されたのは、一振りの刀だ。
「それも対妖怪用だから」
申請を承諾して直ぐに装備を入れ替え、ためらいなく刀を抜く。
【鬼丸】[刀]★★★★★★★ 妖特効(大)+
これも★7か。レオがどのくらい課金したのか、考えるのも怖いな。だが、今となってはその金満ぶりに感謝だ。ここで挫折するわけにはいかない。ありがたく使わせてもらう。
レオが鬼面の盾で女の妖怪を牽制し、妖力を吸収するために接近する。その2人の間に赤い首が慌てて割って入ろうとする。
「お前の相手は俺だ」
地面を蹴り、宙に浮いている生首に向かって跳ぶ。刀身を直線に構え、生首の背後から猛然と突っ込んで強撃する。そして、素早く剣を引き、横に追撃の一閃を加える。
ギョエァゥ! 奇妙な雄叫びを上げて生首がドウッと地面に落下した。見ると、ビクビクと痙攣しながら徐々に身体を傾けて転がり、しばらくのたうち回った後、赤い霧になって空中に散って消えた。
……凄いなこの刀。
レオのいる方を振り返る。
よほど盾が強力なのか、レオは女を塀際まで追い詰めていた。
「やめて。力が……力が抜ける」
「源次郎!」
レオの合図で女の前に走り込み、一刀両断。袈裟懸けに素速い一撃を加えた。
女の身体が、白い漆喰塀に当たって崩れ落ちる。すると、強い殺気が女の身体から溢れ出した。
それを浴びた途端、金縛りにあったように身体が硬直する。
しまった!
無防備なところをやられるかと焦ったが、予想に反して、女はかき消えるようにその姿を消してしまった。
「倒した?」
「いや。手ごたえはあったが、逃げられたかもしれない」
女が消えた場所を見ると、何か白っぽいものが落ちている。
木彫りの……仏像?
拾い上げ、【S簡易鑑定】を行う。
【如意輪観世音菩薩(白木像)】法力の器となる。法力を抜かれ、今は何の力も持たない。
……器? よく分からないが、きっと何かの役に立つのだろう。
「それが入手アイテムか。何に使うんだろうね」
「さあ。この先、いずれ分かるかもしれないな」
「情報がないから、どうしても行き当たりばったりになるよね」
「そうだな。それにしても、レオ、助かった。あんなにあっさり倒せたのは、この刀のおかげだ」
「役に立ってよかった。ずっと亜空間収納の肥やしだったし」
「返すから、譲渡申請するぞ」
「いいよ。それあげる」
「いや。それはまずい。こんな貴重なものは貰えない。前に言っただろ? もう課金できないこの世界では、課金武具は凄く価値があるものなんだ」
「でも俺、刀術スキル持ってないし、取る予定もないよ。他にもっと俺にぴったりな剣も持ってるし」
「自分で使わなくても、金銭の代わりに取り引きに使える。相当な財産になるぞ」
「へへ。じゃあ、対価を貰っちゃおうかな。それならいいだろう?」
「対価? 俺は課金してないから、交換できるようなものは何も持ってないが」
「トレハンのじゃないよ。ISAOの話」
「というと?」
「俺さ、実はISAOは始めて直ぐにやめちゃってるんだ。ビルド失敗して。だから、まだレベルが低いんだよ。それに、ISAOって課金できないだろ? だから、装備も始まりの街のNPC産止まりなんだ」
なるほど。それなら確かに取り引きにはなるかもしれない。
「源次郎って上級職だったんだろ? ISAOエリアに入ったら、俺、凄く源次郎の足手まといになると思う。でも、どうしても一緒に行きたい。だから、俺のレベル上げを手伝ってよ。それと、余ってる装備があったら融通して欲しい。ダメかな?」
「そういうことなら分かった。じゃあこれは、ありがたく貰っておく」
「よかった。いつ言い出そうか、凄く迷ってたんだ」
その後、戦闘になった中庭以外も調べてみたが、何も見つからなかったので、元来た道を引き返すことにした。
内堀を渡り、外堀へと向かう門をくぐる前に、なんとなく気が引かれて後ろを振り返る。すると、内堀の端に、まるで俺たちを見送るかのように1匹の狢が寝そべっているのを見つけた。
触らぬなんとやらだ。
いかにも怪しい狢だが、向こうから攻撃してこない以上、放って置いていいような気がしたので、俺たちはそのまま立ち去った。




