22 構想
「お姉ちゃん、高瀬さんは、やっぱりいなさそう?」
「うん。フレリストが消えちゃってるから、ログインしているかどうかも分からない。昴さん、このISAOの世界に来ていないといいんだけど」
隕石衝突後、まだ外部から情報が入ってきていないISAOエリアでは、自分たちは仮想世界へ精神だけ飛ばされ、肉体はリアル世界に残されている……という考えが主流だった。
「なんか変だよね。ISAOを全くやってなかったのにログインしてる人もいて、高瀬さんみたいに、プレイヤーなのに消えちゃった人もいるって」
「対策本部でも、情報が少な過ぎて、何がどうなっているか把握できていないそうよ。昴さん、無事だといいけど」
「うん、本当に。無事だといいね。お父さんとお母さんも、この世界に来てたりしないよね? リアルで無事だと信じたい」
「私もそれを願ってる。隕石衝突後、なぜ私たちが、この世界に閉じ込められてしまったのか、リアルの身体はどうなっているのか、不安に思うことがたくさんあり過ぎて……」
ログアウト不可という状況から、デスゲームに巻き込まれたのではないか? あるいは、ここはゲームにそっくりの異世界で、もう元の世界には戻れないのではないか?
……そう考え、不安のあまり引きこもったり、自傷して死に戻ったり、自暴自棄になりって暴れたりする者も、これまで数多く出ていた。
「今こうしてるってことは、私たちまだ生きてるんだよね?」
「こんなことになってから、もうひと月。ゲームのままの時間の流れなら、3カ月になるはず。生きてるから、ここにいると思うようにしてる。考えると不安になるから、普段はなるべく忘れるようにしてるけど。由香里、あなたは大丈夫?」
「うん。最初はショックで何も考えられなかったけど、こうしてお姉ちゃんと合流できたから、だいぶ落ち着いてきた。1人だったら、不安でおかしくなってたかも」
「私も同じ。由香里がいてくれて……本当はリアルで無事な方がよかったんだけど、とても助かったわ」
「えへっ。ところで、北海道? へ行った第2次調査隊は、まだ戻ってこないの?」
「まだって聞いてるわ。攻略組から選抜されたメンバーだから、戦力的には大丈夫だと思いたいけど、戻ってくるまでは心配よね」
「青函トンネル? ……は、向こうに通じてないのかな?」
「分からないわ。今は封鎖状態だし。調査隊が戻れば、なにか進展があるかもしれないけど」
隕石衝突後、「アドーリア」の街の西にある〈竜の谷〉奥地の山肌に、青函トンネルと酷似したトンネルの入口が、現れていた。
調査の結果、トンネル内はダンジョン化していて、竜種を中心とした非常に強力なモンスターが徘徊していることが分かり、また、トンネル内の構造も複雑に変化していると予想されたことから、現在は封鎖されている。
「あー。早く戻ってこないかな。グラッツ王国方面への遠征部隊は、どうなったんだっけ?」
「運営チームの情報を元に探索したら、実装前の街やダンジョンが、いくつも見つかってるそうよ。ただ、さらにその東には、広大な山地……リアルの「白神山地」にあたるらしいんだけど……それが広がっているらしいのよね」
「そこから先の情報はないの?」
「そのエリアは、実装に向けて着手され始めたばかりで、構想は出来上がっていたけど、データとしてはまだ完成には程遠くて、作りかけだったらしいわ」
「他に出て行けそうな場所は?」
「北の大森林や古代遺跡の東側にも山岳地帯はあるけど、そちらは構想すらできていなくて、データ上は更地だったって」
「調べなきゃいけないエリアが広すぎるよね。ただ行くだけならいいけど、モンスターも出るだろうし」
「そうね。こんなことになって、みんな『死に戻り』を怖がってるから、遠征部隊の有志を募っても、思ったように人が集まらない。北海道への調査隊が戻ってきてからじゃないと、これ以上進めるのは無理だって聞いたわ」
「そっか。本当にあるのかな……リアル北海道」
「まだ仮説だけどね。マップとしては存在しなかったところに陸地があるっていうだけで、どんな場所なのかは、実際に行ってみないと分からない。でも、その仮説が大事っていうか、今現在のみんなの心の支えになってるから……」
「ゲーム世界から出られるかもしれないっていう可能性か。確かに、それを聞いた時は、驚いたけど嬉しかったし」
「パニックになって、海を渡ろうとして、死に戻りする人が続出したけどね」
海の向こうに現実世界の北海道があるかもしれない。その情報は、人々の希望の灯火になるとともに、焦りも生んだ。海を渡ろうと強行する者が後を絶たず、死に戻りが次々と出た。一時より数は減ったが、その状況は今も続いている。
「海にいるモンスターが、メチャメチャ強いんだっけ?」
「そうみたい。外海は、侵入不可エリアに設定されていて、実装はまだずっと先。でも構想は既にあって、かなり強いモンスターを投入する予定だったらしいの。どうやら、その構想にあったモンスターが出ているみたい」
「えーっ。それってどういうこと?」
「ゲームデータとしては実装されていなかったけど、大体のレベルとか、イメージCGとかの構想が、マスターAIには登録されていたそうよ」
「マスターAI? なにそれ?」
「詳しくは分からないけど、ゲーム世界を統括するAIってことらしいわ」
「神さまみたいなもの?」
「ちょっと違うかな。神さまは神さまで、別に設定があるらしいの。マスターAIは、その神さまを含めた全てのゲーム世界の管理者ってことみたい」
「違いがよく分からないけど」
「そのAIが何をどこまでできて、どれくらいこのゲーム世界に干渉できるのか? それが分かる人は残念ながらいないわ。運営チームも、未実装データや構想にしかなかったモンスターが現れていることにひどく驚いていたようだし、説明はできないみたい」
「なんか、怖いね」
「そうね。この先、どうなるのか、誰にも予想がつかない。本当に怖い。何か突破口が見つかるといいのに」