02 顕現
隕石が直撃したのは、予測通り関東地方の西部にある「関東山地」だった。
隕石落下点を中心とした周辺地域は、従来より「中央地溝帯一帯」と呼ばれている、「東北日本」と「西南日本」の境界に位置する幅広い帯状の地域だ。
別名「Fossa magna」
現在は、この地域全域が〈侵入不可領域〉となり、その中の様子は皆目分からない状態となっていた。
「フォッサマグナ」の両端には、それぞれ別の大断層が走り、周辺地域との境界線になっていた。
その西側にある境界線は、
「糸魚川・静岡構造線」……新潟県から諏訪湖を通り静岡県に走る大断層であり、
もう一方の東側の境界線は、
「柏崎・千葉構造線」……同じく新潟県から千葉県に走る大断層である。
そして、その両構造線に沿って、全てを拒む異質な、そして広汎な壁が現れた。
〈見えない壁〉
有機物・無機物はもちろんのこと、電波・光波・音波・磁波、その他可能な限り試したあらゆるものを通さない壁。
《次元拒壁》
そういった性質から、こう名付けられた壁の存在により、日本列島は「フォッサマグナ」を間に挟み、東と西で真っ二つに分断されることになった。
*
またこの《次元拒壁》以外にも、日本各地に《次元境界》と名付けられた別の性質をもつ境界線が現れた。この壁もやはり別の大断層に沿って出現している。
最も長い《次元境界》は、西日本を長く横切る大断層である「中央構造線」と重なっていた。
「中央構造線」より南の「西南日本外帯」と、本州から海により隔てられている北海道・九州・沖縄県は、次元震の影響を免れ、「現実地域」として保たれていた。
そして、それ以外の地域、
・「西南日本内帯」……「中央構造線」より北の西日本エリア。
・「東北日本」……「柏崎・千葉構造線」より東にある関東・中部・東北地方からなるエリア。
に、〈 仮想世界 〉が顕現したのである。
*
〈仮想世界〉に侵された「西南日本内帯」は、さらに中国・近畿・中部の概ね3つのエリアに分けることができた。
そして各々、
・中国エリア「電脳未来世界NF」
・近畿エリア「戦国鬼武者烈風伝BR」
・中部エリア「アイデアル・ファームVR」
と、それぞれ異なるVRゲームに、丸々〈改変〉されたことが確認されている。
一方、「東北日本」は、北端と南端のそれぞれから、かろうじて現実地域に脱出できた者により、その内部の情報が伝えられ、
・北部 「『不屈の冒険魂』The indomitable spirit of adventure online (ISAO)」
・南部「Treasure Hunters of The Cristal World(トレハンCW)」
これらふたつの世界に〈侵食〉あるいは〈改変〉されていることが推測されている。
その全域が「現実地域」として残った北海道や九州に臨時行政府が置かれたが、首都圏が丸々〈不可侵領域〉に飲み込まれてしまった影響で、世相は混迷を極め、情報は錯綜していた。
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◇
◇
巨大隕石が衝突したあの日、俺は、父の赴任先である茨城県の官舎でTV中継を1人で見ていた。
父は職場の県警本部に詰めていて、今日はここには戻らないつもりらしい。
隕石の落下予測地点は、関東山地。
恐らく、埼玉県と山梨県の県境辺りになるのではないかと言われている。
俺は都内に下宿していたが、大学が臨時休校になり、久しぶりに父の顔でも見に行くか……という気になったのと、またこの場所が避難先として適していることもあって、数日前からここに来ていた。
父ひとり子ひとりだしね。災害時に離れ離れというは、やはり不安が拭えなかったから。
ここのところ、TV番組はどのチャンネルも隕石特集ばかりだ。
類をみない巨大な隕石ということで、衝突後の気候変動や地震の誘発、火山活動の活性化、地磁気や生態系への影響など、懸念される点については枚挙に暇がない。
白亜紀の恐竜絶滅の原因のひとつが巨大隕石ではないかと言われていることもあって、すわ人類滅亡かと、世紀末特集や予言者特集、サバイバル特集なども各局で組まれていた。
そして、今日はいよいよ衝突当日。
昨夜から生放送で中継番組が始まっている。
衝突時刻はもう間もなくだ。
〈10, 9, 8, ………3, 2, 1,〉
TVの液晶画面いっぱいに、大気圏を抜け、火球と化した隕石が映し出されて、いよいよカウントダウンが始まった。高揚したアナウンサーとスタジオの観衆が一斉に数字を数えだす。
カウントゼロ。そして、〈衝突〉。
その瞬間、TV画面がブラックアウトすると同時に………世界が《ブレ》た。
*
どのくらい、そのブレが続いただろう。数十秒ということはないと思う。数分、あるいは10分以上あったかもしれない。
その間、周囲の景色があり得ない形に歪み、自分の体がまるで自分のものではないような「グニャリ」とした違和感に何度か襲われ、一瞬意識を失ったような気がした。
そして、いつの間にか閉じていた目を開けると、………周囲の様子が激変していた。
……どこだ、ここ?
今までいた部屋の中ではなかった。それどころか、周囲に建物の影さえ見当たらない。
強い潮の香り。
間近に響く波の音。
寄せては返す波が、何もない白い砂浜を洗っては消えてゆく。
なにこれ?
俺は呆然として、目の前に広がる海岸と、その果てに見える水平線を眺めていた。