15 試練
「ここじゃないか?」
あれから、かれこれ3日。今日ダメだったら北へ向かおう……という日になって、ようやく俺たちは、これという怪しげな場所を探し出すことができた。
そこは、海岸線から北西方向にかなり進んだ深い渓谷。
渓谷を進むと急に日が陰り、強い風が吹き付けてきた。そして、まるで俺たちを待っていたかのように、むくむくと成長した積乱雲がみるみる空を覆い、急激に辺りが薄暗くなってきた。今にも雨が降ってきそうだ。
「源次郎、身体がぼんやりと光ってきたよ」
レオに言われてみて気づいたが、体表面から、淡い金色の光が揺らめくように立ち昇っている。
「レオ、ここから先は俺一人で行ってみる。この場所が正解で、〈血脈覚醒〉クエストが始まれば、悪いがしばらく待たせることになると思う」
「うん、分かった。朗報を期待してる」
ここでレオと別れた。
1人になり更に奥へ進むと、風がますます強くなって、山肌を削るような突風が吹き上げていく。
……かと思うと、いきなり、ピカッ! と眩しい閃光が走り、その直後にドォォオオンという重低音の雷鳴が鳴り響いた。近くに雷が落ちたのか?
……本当にここを進むのかよ。
*
雷鳴が轟く中、警戒をしながら進んで行くと、ふいに画面が切り替わるように、強い風の吹き上げる谷間に出た。
《 Take your chance! 〈血脈覚醒〉の試練到来! この試練を受けますか?》
➡︎[Yes.]
➡︎[No.]
もちろんYes.だ。しかし、このゲーム、中途半端に英語が出てくるな。まあ、全部英語で言われても困るんだけどさ。
Yes.を選んだ途端、俺の身体は周囲を取り巻く風に強引に巻き上げられ、はるか上空に吹き飛んでいた。
おわっ! いきなりかよ!
《session1. これから、instruction「風乗術①」の模範動作を開始します。》
インストラクション。指導ってことか?
《接続》
そのアナウンスと共に、俺の身体は俺の意志を完全に離れ、操り人形のように勝手に動き始めた。身体が動く感覚は感じ取れる。だが、自分の意志で動かすことは全くできない。五感も残っているようだが、非常に変な感じだ。
そうしてAI? に操られた俺は、流れるような動作をしながら、弧を描くように空中で滑空し始めた。そして急降下して着地。
そしてまた、ひと息つく間もなく、上空へ飛ばされる。うおっ!
ひたすらこれの繰り返しだ。
……これは、この動きを身体で覚えろってことか。いいだろう、幸い身体を動かすのは得意な方だ。やってやろうじゃないか。
*
*
*
あれから何回もインストラクションを繰り返し、やっとスキルの使い方が分かってきた。
しかし、この身体がゲーム性能で本当によかった。もし生身のままだったら、三半規管が保たなくて、おそらく何度も吐いている。そこは身体能力だけじゃカバーできないからな。
続く、instruction「風乗術②」では、「接続」とやらが切れ、先ほど学習した動きを自力で再現してみせろと指示された。
あれほど身体に動きを馴染ませたにも関わらず、自らやるとなると、やはり勝手が違う。何回も無様な落下を繰り返したのちに、ようやくイメージした通りに、スムーズにスキルを扱えるまで会得することができた。
すると、
《次のsession に進みますか? ※全てのsessionを終了後には、任意のsessionを、随時受けることができるようになります。》
➡︎[Yes.]
➡︎[No.]
そろそろ次にいってもいいか。Yes.と。
《session2. これから、instruction 「操風術①」風を感じる を開始します。》
《「操風術①」では、空気の流れを感じ取ることを習得します。始めに、目を閉じましょう。そして、自分の身体の体表面に意識を集中して下さい……》
俺は、声の指示するまま、ゆっくりと目を閉じた。
*
*
*
あれから、
・instruction「操風術②」風を捉える
・instruction「操風術③」風を動かす
・instruction「操風術④」風を操る
というように、段階を踏みながら「操風術」の習得コースを先へ進んだ。
「操風術②」を終了し、続いて始まった「操風術③」では、風を動かして上昇気流を起こし、その気流に乗って舞い上がる……という訓練をした。ここが一番難しく、時間も長くかかった。
最初はどう頑張っても、そよ風のような気流しか起こせず、ため息の連続だった。
しかし、意識を集中して感覚を研ぎ澄まし、粘り強く操作を繰り返していく内に、次第に気流は勢いを増し、ふとした瞬間に、ドンッ! と強い気流を吹き上げることに成功してからは、順調に気流を操れるようになった。
その次の「操風術④」では、思うままに風を起こし、それに乗って滑空したり、速度を変えて急降下したりするなど、空中を自由に動き回る訓練だった。まるで空中でサーフィンをしているみたいで、ここまでくると、かなり楽しくなってきた。
そして、最後。session3.
これまでの総仕上げということで、仮想敵との模擬戦だ。
模擬戦は、対地上戦と、空中戦の2種類。
対地上戦では、空から急降下して、地上にいる敵に攻撃を仕掛けたり、逆に地上からの対空攻撃を回避したりと、上からの視点で動きを制御するものだった。
【N俯瞰】スキルが優秀で、地上の動きの把握が容易く、そして詳細にできるため、かなり機動力のある動きができる。
一方の空中戦では、虫だったり、鳥だったりといった飛行モンスターを相手にして、横軸を中心に動き回り、次々と襲ってくる敵を、現れては倒し、現れては倒しの連続だった。
ふぅ。息つく間もあまりない。
敵は、徐々に大きく、強く、そして速くなっていく。……そして、とうとう出てきたよ。
飛竜だ! デカい!
間近で見ると、体長8mくらいか。その羽を広げた姿は、横に10メートル以上ありそうだ。そして、2メートルはありそうな長い首からは、チロチロと火を吹いている。。
飛竜がこちらに近づいてくるだけで、風圧を受け、身体がぶれる。バランスを取るのが難しい。
くそっ!
向かってくる飛竜の正面から上方に回避し、そのまま宙で一回転して飛竜の背へ……と思ったら、そう簡単にはいかず、避けられてしまった。
でかい図体してるくせに素早いな、こいつ。
飛竜が旋回して、再び近づいてくる。それを見ながら、空を蹴って素早く立ち位置を変えていく。要は、タイミングだ。
それっ!
再度上方に跳躍し、飛竜の動きを見込んで、着地点を修正。
よっしゃ!
狙い通り、背中の2枚の羽の間に降り立った。
おっと!
飛竜が俺を振り落とそうと急旋回するが、こっちも、そうやすやすと振り落とされてやるわけにはいかないって。
飛竜の背中には、うまい具合に頭から尾まで1列に、タテガミのような飾りが生えていた。触ると、かなりしっかりした手応えで、どうやら毛ではなく、皮膚か鱗が変化したもののようだった。
それを両手で掴みながら、動き回る飛竜の上でバランスをとる。
……どうしようか?
体表面に触れても、その下にあるはずの筋肉を全く感じ取ることができない。おそらくかなり皮膚が厚く、さらにその上には硬い鱗までびっしりと生えている。俺の手持ちの武器じゃ、文字通り歯が立たなそうだ。
飛膜を破れたら一番いいんだけどな。
今闘っている飛竜は、いわゆる翼手竜で、前肢と手指が長く伸びて広がり、その間に伸縮性のある飛膜が張られている。蝙蝠と同じタイプの羽だ。
ここから届きそうな羽の付け根の辺りは、飛膜がかなり分厚く見える。そこに刃が通るかな?
……試すしかないか。
亜空間収納から、刃状槍を取り出した。力を込めやすいように、握る位置を調整して……こんなものかな。
そして、飛竜の羽が最も接近するときを狙い、槍を振り下ろす!
ズン! 硬い……岩や金属の硬さじゃなくて、ゴムみたいな感触だ。もう1回!
……ダメだ。
これは、刃が通る感じではない。弾力で弾き返してくるような鈍い手応えしかしない。
くそっ!
仕方ない。もっと薄いところ……羽の中央付近の、骨と骨の間に張られている、飛膜が最も広いところ……そこを狙っていくしかないようだ。
右手の刃状槍を数珠丸に持ち替え、機会を窺う。
……今だ!
大きく跳躍、そして一閃。ザシュッ!という手応えを感じ、飛竜の羽に切れ込みを入れることに成功した。
即、離脱!
飛竜がバランスを崩し、飛行スピードが落ちる。
よしっ! いける!
速さでの優位性がなくなれば、飛竜のデカい体は、いい的になった。
急にフラフラし始めた飛竜を、操風術、風乗術を駆使して追撃。飛膜の損傷を広げることに成功すると、とうとう飛竜は地面に墜落した。
こうなれば、羽をもがれたなんとやらで、隠しようもなく晒された、腹側の柔らかい皮膚を狙って攻撃を加え、ついに止めをさすことができた。
ふぅ。
これで一段落?
《Congratulation! 〈血脈覚醒〉の試練をクリアしました。》
《血脈スキル【風乗術◆◆】【操風術◆◆】。session3 完全クリア報酬 【ゲオルギウスの槍】を獲得しました。》
《任意のsessionを、随時受けることができるようになりました。選択して下さい。》
・[session 1]
・[session 2]
・[session 3]
・[今は受けない]
クリアしたか。任意のセッションは今はいい。既にかなりレオを待たせている。一旦、これで終了だ。




