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10 襲来

 


 三日三晩続いた嵐が、ようやくなりを潜めようとする頃、予想通り襲撃者たちは現れた。



 まだどんよりと曇った空を背景に、続々と海から上陸する『イプピアーラ』の群れ。


 一見人型だが、その醜悪な顔は魚そのもので、体表を覆うヌラヌラとした鱗が、たまに顔を覗かせる陽光を受けて鈍く反射している。


 獰猛な顔つきをした水妖の戦士たちは、発達した上腕筋を見せつけるように頭上に三叉戟を掲げ、威嚇の喚声を上げて、街門に向かって一斉に走り込んで来た。


 ……速い!


 水から上がって、てっきり身体が重くなっているかと思ったが、あてが外れたな。


 街門前に築いた防衛ラインに、敵の先陣が突っ込んで来る。


 ドゴォッンッ! 横一列に隙間なく並べた大盾に、半魚人たちが激しい勢いで突っ込んでくる。幸いにも、防衛ラインは一定の線を保ち、押され負けてはいない。


 あの中にレオもいるはずだが、どうやら大丈夫そうだな。


 そして、敵を押さえ込んでいる大盾隊の隙間から、合図とともに、「雷」属性を付与した長柄の槍が、前方に一斉に突き出された。


 串刺しにされ、次々と倒れていく半魚人たち。作戦の序盤は、どうやら成功のようだな。



 *



 倒された敵は、しばらくすると光になって消えていくため、防衛ラインに死体が積み重なるようなことはない。そうして前線が維持されている間に、防衛戦用に編成された魔術部隊の準備は、着々と進んでいた。


 街壁の後方に組んだ(やぐら)から、居場所を特定したマージ系亜種を狙って、次々と属性矢が降り注ぐ。


 敵マージは、術を使われると厄介だが、その術の発動は遅く、更に体力も少ないため、数発の属性狙撃で無力化することができた。


 敵マージの掃討を確認したら、いよいよ魔術による一斉砲撃だ。


 激しい落雷。


 敵の群れに、槍が降るように雷が一斉に落ち、その直撃を受けたイプピアーラたちが次々に倒れ、敵の陣営のあちこちに大きな穴が空いていく。


 ……よし、そろそろ俺たちの出番だな。


 俺が配属された遊撃部隊が相手にするのは、いわゆるジェネラルクラスの連中だ。魔術の一斉砲撃後も、まだ戦場に立っているのがそれに該当する。通常のイプピアーラよりも身体がふた回りほど大きく、おそらく力も相当に強いだろう。


 ……まともに動ければね。


 スタン効果が出ている内にやっちまおう。雷砲撃で動きが鈍くなったジェネラルに猛然と突っ込み、間合いを詰めた。頸部の急所を狙って渾身の一撃を振るう。右上段からの袈裟切りだ。


 刀による斬撃が、頸部を含めた右上半身を大きく切り裂き、鱗が弾け、その下の厚い皮膚がめくれ上がった。


 ジェネラルが怒気を含んだ咆哮をあげ、反撃してくるのをかわして右に飛ぶ。


 なおも反撃しようと、向きを変え、槍をふりかざすジェネラルに肉薄し、さらに追撃。


 鱗が剥がれ、肉が露出した場所を狙って刀を突き刺す。ドスッ! 強靭な筋肉を貫通する確かな手応えがあった。


 すぐさま刀を引き、間合いをとると、支えを失ったイプピアーラは、力が抜けたように膝から地面に崩れ落ちていく。


 倒れた敵が光になるのを視界の隅に捉えたまま、俺は次の目標に向けて駆け出した。



 砲撃を受けて依然動きが鈍いジェネラルを、同じ勢いで次々と狩っていく。ザシュッ! 勢い余って、ジェネラルの首が飛んだ。


 そうして、戦場にいるジェネラルを含む数多くのイプピアーラを概ね狩り終わった頃、



 〈ピィィーーーーーッ!〉



 遊撃隊に対する、一時撤退の合図の笛が鳴らされた。


 一旦、陣地内に引き上げて、回復と各種バフをかけてもらう。


「源次郎さん、すごい動きですね。リアルで何か武道をされてたんですか?」


「以前、剣道をやっていました」


「やっぱり。接敵の仕方とか、間合いの取り方が、全く無駄のない動きだったので、そうじゃないかと思いました」


 俺が手当てを受けている間に、防衛ラインも態勢を立て直し、盾隊の陣形を変更して中央を厚くする。


「来たぞーーー!」


 〈ピィィーーーーー!〉


 出撃の合図だ。



 前方に戻ると、まさに今、この防衛戦のレイドボスである海の怪物『インペラトリース・イプピアーラ』が、海から上がってくるところだった。


 ……大きい。というか、長い。


 ボスの情報については事前に聞いていたが、こうして実物を見ると想像以上だ。


 地面からの身の丈は3メートル……じゃきかないな。もっとありそうだ。そしてそれは、上半身に限っての話。全長はどのくらいになるのか、見当もつかない。


 というのも、今まで相手をしてきたイプピアーラたちは、大きさの違いこそあれ人型の「半魚人」だった。


 でも、この「インペラトリース」は違う。


 上半身は人型の女性。


 そこだけ見ると、一見人魚にも見える。しかし異様なのはその頭だ。髪の代わりに生えているのは青黒い蛇。この場合、海蛇か? それがウネウネとうごめき、宙に伸びたり、グラマラスな青銅色の身体に巻きついたりしている。


 本来美しかっただろうと思わせる、造詣の整った顔で目立つのは、真っ赤に染まった双眸と口元から生えた2本の牙。そして、ズルズルと今も海から引き出されているのは、延々と続く蛇のような下半身だ。


 その巨体の腹から下は、びっちりと鈍い銀色の鱗に覆われ、背骨に沿って、鋭利な棘状の鰭条(きじょう)が並び、その間に透けるような鰭膜(きまく)がピンと張っている。



 さて。


 ……作戦に上手く嵌ってくれるといいが。


 後方で補給や回復を受けた弓術士と魔術師たちが、再び櫓に上り、雷撃の準備に入った。


 先ほどよりやや前進させた防衛ラインに並ぶ大盾隊に緊張が走る。


 来る!


 のったりとした体躯からは想像もつかない速さで、スルスルと下半身を伸長し、怪物はこちらに突出してきた。


 バラバラと属性矢が降り注ぐが、弾かれてしまいなかなか当たらない。


 防衛ラインで激突。


 ……そう思われた少し手前で、ドォォン! 落雷のような爆音が轟き、怪物が乗った地面が盛大に弾けた。


 今回の作戦に当たって、入念に準備された属性地雷が絶妙のタイミングで発動した。……どうやらこの作戦、上手くいきそうだ。


 インペラトリースの全身をいく筋もの稲光が這うように覆っていき、怪物は痙攣するように悶え、のたうち、その長い胴体をくねらせる。


 そこにさらに、魔術師による一斉砲撃が落ち、ようやくその動きが鈍った。


 よし! 今だ!


 その隙だらけの長い胴体に向かって、遊撃隊の面々が殺到し、各々その武器を振るう。


 俺たち遊撃隊がそれぞれどこを攻めるかは、事前に割り振られ、決められている。


 ……俺の担当は怪物の急所。



 怪物の背中は、鰭条が倒れ、鰭膜がたたまれて剥き出しの状態だ。そして、その上に伸びる細い首も。


 怪物の注意を引きつけるため、前方からは大盾隊が前進し、一気にその間合いを詰め……そして激突!


 怪物の頭から生えている蛇が、一斉にその身体を前方に伸ばし、大盾隊に襲いかかった。


【身体強化】 【精神一到】


【跳躍】【空歩】【エアリアル】


 ……そして【鋭斬】


 空中に身を投げ出した俺は、今俺の持てる力の全てを出し切り、怪物の無防備な首を狙って刀を横に一閃!


 刃が首に食い込み、ゴギッという頸椎の硬い手応えを感じる。……が、それを無視して思い切り刀を振り切り、怪物の首を力任せに断ち切った。


 クルクルと回転しながら、勢いよく怪物の首が飛んでいく。


 それを、首に殺到する別の遊撃隊に任せ、俺は今度は、怪物の背中に、勢いよく刀を突き刺した。




 《ノア防衛戦「水棲人の襲来」が収束しました。イベント報酬は、各自メールボックスに配信しました「イベント報酬」メールで受け取ることができます。》



 これには、かなり驚いた。イベントアナウンス……こんな世界になってもまだあるんだ。



「皆さん、お疲れ様でした。これで作戦は終了です」


「「「お疲れ様でした!」」」


「本日は、これで一旦解散と致します。負傷者は救護班のテントにお立ち寄りください。消耗品、戦利品等の結果報告につきましては、明日の正午より、ハンティングギルド前広場で行う予定です。貸出した装備につきましては、ギルド会議室まで返却をお願い致します」



 *



「いたいたっ! 源次郎、引き揚げようぜ!」


「ああ、レオも怪我はなさそうだな。なんとか無事終わったな」


「んー。俺としては不完全燃焼だけど、作戦だから仕方ないよな。ギルドに戻って飯を食おう」


「そうだな。だいぶ空腹度が上がってる。戻るか」


 レオは、今回、大盾隊の中央部に据えられ、大盾を保持し、後ろから槍を振るう部署に配置されていた。適材適所だし、実際にかなり活躍していたと思うが、本人としては、より目立つ遊撃部隊に参加したかったようだ。



 *



「なあ、『クウォント』には、いつ出発するんだ?」


「そうだな。明日は結果報告があるから、明後日の早朝かな。それでどうだ?」


「わかった。俺もそれでいい。ところでさあ、イベント報酬は何が来た?」


「まだ見てない。あとで部屋でゆっくり確認するつもりだ」


「そっかあ。俺、早速チケットを引いたんだけど、なんかイマイチだった。期待して損したよ」


「レオは、既にかなりいい装備を持ってるからな。初期イベントの報酬じゃあ、それ以上のものは出ないんじゃないか?」


「そうなのか? 課金装備っていっても、それほどレア度が高くないものも多いけどな」


「同じレア度でも、課金装備はより性能がいいはずだ。今はもう手に入らないものだから、気軽に売ったり、譲ったりしないように気をつけた方がいい」


「ふーん。そうなんだ」


「ああ。ここに来る前に出会ったプレイヤーが、そう警告してくれた。他人の装備を騙し取ろうとする、悪い奴らがいるらしい」


「わかった。気をつけるよ」


 本当に気をつけないといけない。パーティを組むことが決まった時、レオは自分の持つレア装備を教えてくれ、俺に譲ってくれようとした。もちろん無償でだ。


 でも、それは断った。


 いい装備は欲しいが、今では財産とも言える課金装備を、レオからもらうのは気が引ける。こんな、これからどうなるのかも分からない世界で、それはレオにとって有効に運用されるべきものだと思うから。


 でも、肝心のレオにその自覚が薄いんだよな。やっぱり、裕福な家のお坊っちゃまなのだろう。育ちが良すぎるというか……正直いって、甘い。旅の間に、その辺りのことを話す必要があるな。


「レオ、明日も朝食時に集合だ。防衛戦が終わったから、NPCショップの品揃えが変化しているかもしれない。そのチェックに、正午まで町巡りをするつもりでいる。今日のところは早く休もう」


「分かった。明日もよろしくな」


ここで第1章 災厄 終了です。続けて第2章 模索 スタート。

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