第97話「トラゴンとの戦い」
豪華絢爛な扉の前に私達は立つ。ここに入ればこの塔の主であるトラゴンがいる
はずだ。巨大な虎なのだろうか。それとも小型だが強大な魔力でも持っているのだ
ろうか。あるいは、虎男というか獣人みたいな奴なんだろうか。
色んな考えが頭の中に浮かんでくるが、そのどれもが不正解じゃないかという気
持ちにさせられる。なんていってもひねくれている正解が多いこのゲームだ。実は
虎じゃないみたいなオチすらありそうだ。
「マスター。気になったのですが、いつも背負っているリュックはどうしたのです
か?」
「ああ、しまったよ。動くのに邪魔だったし。」
リュックは、アイテムインベントリの中にしまうことができた。リュックの中身
も一緒にしまえたのが幸運だった。
恐らくこの戦いでは、荷物になってしまうだろうし、極力動きやすい状態で戦い
たいので、しまったのだった。
嵐の前の静けさという感じではないのだが、この扉の周辺には何もいない。それ
がいい感じに緊張感を与えてくれる。この先に待ち受けている敵はこの塔で最強と
いうことだけが分かっている。
ひょっとして、それが嘘で偽物がいましたなんて話だったら大歓迎だがまさかこ
こまできてつまらない方向に期待を裏切るわけはないだろう。
<アノニマスターオンライン>は拍子抜けしたりすることが多いけれど、肝心な
ところではつまらないことはしないだろう。これも私の考えだから、そうじゃない
のかもしれないけどね。
「それじゃ開けるよ!」
そして私は、扉を勢いよく開いた。みんなには奇襲に注意してくれと伝えてある
がどうなることか。トラゴンらしい奴は果たしているのか。周りを見渡す。そして
そこにいたのは、え。
「よくきたな、俺がトラゴンだ。」
玉座とでも言えばいいのだろうか、そこに一匹、大きな猫が座っていた。大体2メ
ートルほどのサイズだ。虎かと思ったのだが、どう見ても猫だ。これはトラネコか。
なんだか威厳のありそうな雰囲気を出している。だけどそれよりなにより、私に
は可愛く見えてしまった。だって、どう見たって猫だよトラゴン。
「どうも、こんにちは。私達はこの下に行きたいだけだからその後ろの方に見えて
いる扉に通してくれるとありがたいんだけど。」
「無理だな。」
トラゴンは、事もなげに言う。そりゃあそうだろうな。ここに来てそこを通せな
んて言われたら通したら沽券に関わるもんな。しかし、言葉が通じる猫か。なかな
かかっこよくていいじゃないか。
「なぜ無理なのか教えていただけると助かるんだけど?」
「当然、俺に通す気がないからだ。通りたければ俺を倒すことだな。」
「なんで通す気がないわけ?」
「お前らのような奴らを倒すのが俺の好きな事だからだ。」
なかなかの戦闘狂らしい考えだ。挑戦者を待っているということか。けどそれに
したってこのトラゴンさぁ。猫で可愛いんだけど、しかも喋る猫だし。さらにいえ
ばその声が可愛い。なんだこいつ。可愛いぞ。
「つまり、戦えってことですか?」
「そうだ。いつでもかかってくるがいい。」
そんなこと言われてもとは思ったが、交渉はできないようなので戦うしかない。
トラゴンが戦闘狂だったなんてなあ。言葉は通じるくせに考えが戦い中心だからき
っと何言っても戦えとしか言わないだろうな。
「戦わないって言ったらどうするチウ?」
「ふむ。そうだな。基本的に俺からは攻撃はしかけんがここは通さん。通ろうとし
たら反撃をする。そしてお前たちが攻撃をしてきたらそれが戦いの合図だ。」
最初の攻撃はこちらに譲るってくれるというらしいが、こちらの攻撃は効くのだ
ろうか。それが問題だ。最初から全力の攻撃をするのもいいとは思うが、最初だけ
強力な魔法で守られているなんてボスがいたゲームをやったことがあるだけにそれ
もやりたくない。
「一旦引き返すっていうのはどうです?」
エリーちゃんが言う。それもありっちゃありだけど、でもこの状況はそれが許さ
れないと思うんだけど。
「この部屋に入ったからには戦わなければ出ることもできんぞ。」
ということなので、もう何がどう転ぼうと戦うしかない。
「やるしかないか。で、ねずお。」
「はいチウ?」
「トラゴンの尻尾に思いっきりかじりつけ。それが戦闘開始の合図だ。一回かじっ
たらすぐ逃げなよ」
「わ、分かったチウ。」
蜘蛛蟷螂の足を噛み千切るくらいの威力を誇るねずおの歯だ。それで何の効果もな
ければ、大分まずいことになると思う。最初に攻撃させるのは危険だが、こちらに攻
撃を譲ってくれるというのであれば、遠慮なく利用させてもらう。
「トラゴン、そのねずおが最初にお前に攻撃するよ。」
「よかろう。それが戦いの合図だ。その後は容赦はせん。」
トラゴンが此方を睨みつけるような姿勢になった。いやいや、そんな身構えないで
くれよ。もっと油断してくれていいんだよ? 情け無用な感じで戦わないで、ちょっ
とくらい手加減してくれてもいいんだよ。
「くろごま、エリーちゃん。ねずおの噛みつきが終わったら同時攻撃だ。」
「はい! 頑張りますよ!」
「かしこまりました!」
ねずおが、玉座の前に行く。さぁ行けるか。窮鼠猫を噛むなんてことができるのか
どうかは分からないが、多少怯ませてくれたらいい感じかな。
「チウッ!」
ねずおは、トラゴンの尻尾に思いっきり齧りついた。
「グヌゥ!?」
そして思わず飛び跳ねるトラゴンだった。これは、効いたな。やはりねずおの噛み
つきは、恐ろしい威力のようだ。
「ライトニングスピアー!」
「伸びろ黒如意棒!」
それを、トラゴンは一瞬でかわす。やはり早い! そのままねずおには目もくれずこ
ちらに突進してきた。狙いは、なんだと、私かよ!
「フン。」
「っぐぅうう!?」
トラゴンの腕が私の持っている鎌に命中した瞬間。爆発したかのような衝撃が走り私
は大きくのけぞった。早すぎるんだろこいつ! くそっ。やばい。
「ハアッ!」
今度は蹴りかよ。くっそ、ならこっちは。
「浮遊!」
「ムッ!?」
浮遊は、浮かすだけのスキルだが、敵に使えば、空中に浮かせることで動きを狂わせ
ることができる。トラゴンの蹴りは宙を舞い、私には当たらなかった。ここで大きな
隙ができた。ここは!
「狐火!」
「ウォオオオ!」
狐火に飛び込みながら突進してくるトラゴン。ダメージ覚悟とは恐れ入るな。全く。
獣は火を襲れるなんて聞いたことがあるけれど、トラゴンには、そんなことないよう
だ。
「伸びろ! 黒如意棒!」
「効かんな。」
肩に直撃した黒如意棒を物ともしないトラゴン。防御力もかなりのものなのか。そ
れともただ我慢しているだけなのかは分からないが、そんなトラゴンがこちらに迫っ
てきているのがまずい。
「アイスアックス!」
エリーちゃんの新たな魔法、氷の斧の頭上より振り落とされた。これが直撃したこと
で、纏っていた火が消えた。ああよかった。だけど次の瞬間に私の体にトラゴンの巨
体が思いっきりぶつかった。
「っぐぐぐ?」
そのまま床を転がりまわる私だった。なんだ今のは、すごい食らったような気がする。
おっと薬草薬草薬草! とにかく回復しないと死んでしまう!
「甘いな。もう終わりの時間だ。」
トラゴンはもう私の眼前に迫っていた。まずい、このままではやられる。まだ戦い方
があったのにそれを使う前にやられてしまう。やれることは・・・・・。
「照眼!」
「っぐぅう!? あああっ!」
一瞬だけ効果があったようだが、耐性があるのか大して意味がないようだった。その
一瞬でいくつか薬草を食べたが、これは間に合いそうにない。くそっ。
「ふゆ・・。」
「遅い! 貰ったあ!」
迫る危機に何の対応もできないまま終わるのか。判断ミスは今まで何度もあったがこ
んなところでなってしまうのは納得がいかないがどうしようもない。
「残念ながらそうはいかないんだよなー!」
こんな、こんなこんな、こんな美味しいところで、来る奴がいるか。お前狙ってやっ
てきたんじゃないだろうな。こいつくそ。馬鹿。なんだよくっそかっこいいじゃない
か。ああ、何このゲーム的展開。いやゲームだけど。
トラゴンの攻撃を防いだ者が目の前にいた。それは──。
「ブッチ!!!!」
まさかここで再会するとは思わなかった。
やっとこさ再登場しました。美味しい所をもらっていくふざけた奴です。