第89話「プレイする前に」
次の日、仕事が終わり帰宅途中に、<アノニマスターオンライン>のプレイ休憩
日を設けようと考えていた。最近は、特にはまっているので長時間プレイしている
が、これが当たり前のようになりすぎても生活に支障がでてきそうな気がする。
毎週1日くらいは休みをいれないと、そのうちガタがきてしまいそうだ。私とし
ては、もうちょっと気楽に薬草集めでもぱぱっとやってログアウトしたいところ
なのだが、草原まで戻れないので長丁場になってしまうことが気になっていた。
明日は、休みなのでがっつりやるつもりなのと、ゲーム内のキャラであるくろ
ごま達が何かあると嫌なのでログインは当然する。
ただ、毎回毎回安全確保をするのは難しいと思っているのでそのあたりが悩み
の種でもある。
ゲーム内のキャラにも人間のような意思があるようなので、死んでしまったり
したら非常に気分が悪くなると思う。現状は復活するかどうかも分からないから
怖い。
この辺りは、運営にでも問いあせたほうがいいのかなあなんて思う反面、所詮
ゲームですみたいな回答が返ってきたら嫌なので聞き出せずにいる。
「私がログインすると同時にゲーム世界に召喚される機能でもあればいいのにな。」
ひょっとしたらあるのかもしれない。でもそれはそれでゲーム世界を自由に動き
回れるはずの住民を縛り付けていて何か嫌だなあ。ああ、もうなんだか難しいなあ。
ごちゃごちゃ考えてしまうのは仕事で疲れているからかもしれない。こんな時は
やっぱりゲームだという勢いで結局今日も<アノニマスターオンライン>をプレイ
するのだった。
「やあやあ、みんな待ったー?」
「あっ。ねこますさん。こんばんはー。」
「第一ご主人も来たチウ! こんばんはチウ!」
「マスター。お会いできて嬉しいです。」
こうやって歓迎されると気分が良くなってしまうな。ああ居心地の良さに流され
がちになってしまいそうだ。
「何か変わったことはあった?」
「あっ。私、新しい魔法を覚えたんです。えへへ。」
「水か氷の魔法だ! 水か氷の魔法だ!」
「すごい! よく分かりましたね! アイスアックスって言う氷の魔法です。」
火と雷の魔法を覚えているんだから次は冷気系か水系が来ると予想したんだけど
そうだったらしい。というか盗賊なのに魔法も覚えられていいなあ。
「そういえば、ねこますさんは錬金術士でしたよね?」
「うん。まぁ。」
「何か調合ができるんですか?」
やはりその質問が来たか。いい質問だよエリーちゃん。
「薬草を口の中に含み、それを吐き出すと火薬草にできるんだよ!」
やけくそで言った。どうせいつか聞かれるだろうと思っていたことだし、開き直
ってはっきりと伝えておいた方がいいと思った。
「は?」
「狐火ってスキルがあるんだけれど、これがあると口の中に薬草を含むと、火薬草
に調合することが出来るんだ!」
目の前で薬草を食べて吐き出すところを実演して見せた。
「な、なんだかすごいですね。錬金術士っていうとなんか釜を棒でぐるぐる回した
りフラスコ持ったり、そんなイメージだったんですが。」
「私が振り回せるのはこの「鎌」だけだよ。」
錬金術士なのに全然錬金術をやっている気がしないよなあ。般若レディって種族
も謎が多いし、何ができるかさっぱりだからなあ。
「そもそも般若レディって言う種族がすごいですよね。」
「オンリーワンって感じがして気に入ってるよ私は。」
それにしても、般若レディとは何か? か。本当に私だけがこの種族をやってい
るとしたら、すごい幸運だよなあ。世界中でプレイされているゲームで自分一人だ
けがその種族になれるなんてあったらすごいよ。
強さとしては、微妙なところがある気がするけれど、現状は満足している。ただ
エリーちゃんに言われてやはり考えるところはある。
般若レディの正体を探すのを目的にでもしてみるか。かっこつけた言い方すると
自分探しって奴になるな。
「ところで話は変わるけど、フレンド登録は、遠くに離れた友達とはできないのか
な?」
「そうなんですよ。ある程度近づかないと出来ないんですよー。うう。」
まぁそうだよね。それができていればちゃんと自分も<アノニマスターオンライ
ン>をプレイしているって友達に信じてもらえるよね。
「マスター達には仲間が沢山いるのですか?」
「ん? ああ。どこか遠くに私達と仲間になりそうな逸材が沢山いるかもしれない
んだけど、会う方法がないって話なんだ。」
「なるほど。マスターならその仲間を率いるリーダーになれると思います。」
「それ、僕も思ったチウ。第一ご主人は、そういう雰囲気あるチウ。」
やめてくれ。リーダーなんてやりたくない。そういう面倒くさいことはやりたく
ないんだ。
「まぁそんな話はそろそろ置いといて、今日は塔の攻略を頑張らないといけないん
だから真剣にやっていこう。今がえーっと、85階くらいだと思えばいいのかな?」
「そうですね。ここから下がどうなっていくのかは分かりませんが、みんなで頑張
ればきっとなんとかなると思います。」
「だめだだめだ!楽観的な考えより悲観的な考えをするんだ! そういう希望を持
った発言をする人ほど死んでしまうというオチがよくあるんだ!」
「え、そうなんですか?」
「そうなんです。」
と、軽くジョークを言い合いながら、私達はボスのいた部屋を出て、本日の塔攻略
に励むのであった。
ゲームのやりすぎに注意しましょうってお話ですが
ゲームに夢中になるのは仕方がないですってお話でもありました。