第63話「草を食べたら」
とにかく足元に注意しながら、熱帯雨林を歩く私だったが、それに比べると、く
ろごまは軽快に進んでいた。やはり猿だからこういうところは得意なんだろうか。
「足元とか見なくて大丈夫なの?」
「心配には及びません。ここは慣れておりますので。」
本当に大丈夫なのかと思ってしまうのは私が疑り深い性格だからなのだろうか。
こういう場所には未知の生物だとかがうようよしているのではないかという予想か
ら迂闊に飛び出したら死が待っていると思えてならない。
現実でも毒蛇に噛まれて死んだ人だとかそういうのを沢山聞いたことがあるので
あちらこちらを見て何もいないことを確認しないと不安でたまらない。
「毒蛇とかいるかもしれないんだけど、そういうのは大丈夫なの?」
「ええ。私は毒耐性を持っていますので。」
なんだと。それは初耳だぞ。だからそんなにお気楽ムードでほいほい進んでいた
のか。ずるいじゃないか。ブッチも毒耐性を持っていたし、いいなあ毒耐性。私は
火耐性持ちだけど正直交換して欲しいよ。
毒って食らったら最後っていうのが嫌だよね。渡したプレイしたとあるゲームだ
と、毒のダメージが凄まじくて、すぐに毒消しを使わないとすぐに死んでしまうと
いうのがあったけれど、あれはリアルだったなあ。逆に時間経過でどうにかなるの
はすごい楽だったけれど。
このゲームではまだ1度も毒を食らったことがないだけに、どうなるかが分かって
いない。もう1つ問題なのは、死んだ場合どうなるのかってところだ。こういうオン
ラインゲームだとデスペナルティがあるはずだが、どんなペナルティがあるかが全
く分からない。死んだらどの地点に戻されるとかもあるかもしれないけれど、そん
な実験をしようとも思わないけど。
VRだけに、ゲーム世界でも死ぬというのは怖い。そんな経験は避けたい。だから
この熱帯雨林にいるはずの毒を持つモンスターには遭遇したくない。くろごまが先
行して安全を確保してくれているが、その途中で奇襲を食らう可能性だってある。
よく映画の世界なんかで、後ろから襲われて食べられてしまうなんていうシーン
があるが、自分がそんな被害者になってしまうかもしれないと考えると正直足が竦
む思いだ。だけど私は般若レディ。たくましく生きていかなければならないのだ。
それに、こうやって怖いものがいるかもしれないなんてハラハラドキドキできるこ
とが、このゲームのいい所なのだから、そのあたりも楽しみたいと思っている。
何が出てくるか分からないこの状況の怖さ半分とわくわく半分ってところかな。
「くろごま、ちょっと私は遅れがちになるよ。毒耐性とかないからね。」
「そうでしたか。マスターは毒耐性がありそうな雰囲気があったので失念しており
ました。」
なんだよその雰囲気って。毒耐性がありそうな雰囲気ってなんだよおい。そんな
雰囲気がどこにあるというんだ。ああ、蜂女王の羽のせいか。蜂だったら毒耐性と
かありそうだよね。そういうことだよね。
「なので慎重に、慎重にいかないと。本当はもうこの熱帯雨林を焼き払うような勢
いでいきたいんだけど、大事なドラゴンフルーツがなくなったら嫌だからね。」
「かしこまりました。このあたりには、毒狸なる輩がおりますのでご注意を。」
「ど、毒狸!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。毒狸ってなんだよ。そんなの聞いたことな
いぞってゲームだからいても当然か。
<アノニマスターオンライン>って結構非常識なところがあるよなあ。ゲームを
沢山プレイしまくって、よくある展開に飽きた人が作ったんじゃないかって言うよ
うな感じがする。だってさあ毒狸って何よ。爪でひっかかれたり、噛みつかれたら
毒になるとかそういう感じかな。うーん。どんな奴なんだろう。毒になりたくはな
いけど一目見てみたいという気持ちがあるな。
「とりあえず、目的地までこのあたりのこと色々聞かせてよ」
「ははっ。では、そこに生えている草は、けむり草というものでして。」
「待てい!」
何それ。いきなり使えそうなアイテム名がでてきたんだけれど。灰色というか少
し黒色をした草で、毒でもありそうだったので避けていたが、けむり草とは。文字
通りけむりでも出すのか?
「その草を振ると、白い煙がでてくるのです。」
まんまじゃないか。これは採取していったほうがいいじゃないか。何かあったと
きこれを使って逃げることができるぞ。それにしても、くろごまの奴は知識が豊富
すぎやしないか。たけのこやだいこんよりも幅広い知識があるぞ。
でも、ここであまり頼りすぎてもいけない気もするなあ。何でもかんでも聞けば
解決ってそれこそ攻略情報でも見ればいいわけだし、聞きすぎないようにもするか。
そこら中に色んな草木があるので気になることは沢山あるけれど、自分の目で見て
確かめたり、触ってみてどんなものなのかを経験してみないと勿体ないよね。
折角、こんな大冒険をしているんだから。
「一応、けむり草は取っていくよ。」
メッセージ:けむり草を手に入れました。
口の中に入れたら何かに調合されたりはしないだろうな。一応試しにやってみる
べきか。もがもが・・・。
メッセージ:状態異常煙幕になりました。視界が乱れます。
うああああああ! やっちまったよ! 口から煙が出てきて、視界が真っ白になる。
な、何も見えない。ここでは辞めておけばよかったのにうっかりやっちゃったよ!
ああもう、いつものドジだよくそう。でもこういうことやりたくなっちゃうんだよ。
って、こんな煙出してたら、何かの目印になっちゃうじゃないか。くっそ。私って
ばアホ過ぎる! これで敵に襲われたら本当に馬鹿だよ!
「マスター!口を閉じてください。」
「はっ!?」
咄嗟に口を閉じた。すると、煙が出る量が減ったようだ。ん? もしかしてまだで
ている?どこか・・・。うああああああああ。鼻と耳からも出ているじゃないかこ
れ! なんだよこれはもう! ブッチがいたら絶対腹を抑えながら笑っているとこ
ろが目に見えて分かるぞ。こ、これはいつ終わるんだ。
「ま、まさか口にするとは思いませんでしたが、しばらくすれば落ち着くと思いま
すので、ここは下手に動かず、一旦待機しましょう。」
「そ、そうだね。あっ! むぐっ!」
口を開ければ煙が一杯でてくるのでしばらく私は黙っていることにした。はぁ反省
しないとなあ。