第459話「追いかける」
時間凍結を使えば、逃げる相手も楽勝という考えは私には無かった。こういうすぐ逃げるモンスターは耐久力や防御力が異常に高い場合がある。その場合、攻撃してもほとんどダメージが与えられない。
どれだけ強力な攻撃を当てても、何でもない攻撃を当てても、防御力によりダメージが大きく軽減されて、一定のダメージしか与えられないことになるので、一回の攻撃を当てるよりも連続で攻撃が当てたほうがいい場合も多くなる。
つまり、ここで時間凍結を使って雷獣破を撃っても、一回分のダメージしか与えられず、仕留めきれずに終わってしまう事が考えられる。また、時間凍結中の攻撃の判定についても私は、特に調べていなかったので、疑問に感じることがある。
もしも、時間凍結中、複数回攻撃を当てても、一回分のダメージを与えたことにされてしまうと、結局時間凍結を一回使ったところで、大してダメージを与えられない結果に終わってしまう。つまり、仕留めきれずに逃げられてしまうということだ。
時間凍結は消耗が激しいスキルなので、易々と連発することはできない。なので、時間凍結があるから、簡単に倒せるなんて思い込んではいけない状況だ。
いくら強力なスキルであっても、使い所を間違えば何の役にも立たなくなってしまう。時間凍結は、相手が無防備な状態で一方的に攻撃をすることができるので最強のように思えるが、対策をされてしまえば、窮地に陥ってしまうだろう。
私が相手からこういう時間停止系の能力を使われたら、遠くから攻撃し続けるし、更にどれだけ時間停止をしても、逃げ切れないくらい攻撃範囲を広くするだろう。また、防御する場合は、攻撃をされると相手にもダメージを与える様な方法をとる。棘のついた防具を着るとかそういったことだ。
私が逆にされたら嫌な事を考えれば、どうすればいいのかなんて簡単に思いついてしまう。
「敵はどんな奴なのか分からないから、反撃にも注意しないとね」
そう言いながらひじきを召喚した。
「あ、ひじき、一応ここでやらない作戦を説明しておくね」
「やらない作戦ですか?」
「そう、例えばこの道を塞いで片側から追い詰めるとかそういったやつ」
これの何が駄目なのかというと、最初から退路を塞ぐと、思わぬ反撃を受けるかもしれないというのがあるからだ。
ならば挟み撃ちはいいのかというと、これは、まだ相手に逃げられると思わせることが出来る状態だ。だけど、退路に壁があるという状態は、逃げ道がないということで追い詰められたと思ったモンスターが、死を覚悟して突撃してくることがありえる。
挟み撃ちの場合は、まだ逃げ場があるといえばあるので、モンスターにしてみればまだ逃げられる余地はあると考えられるだろう。
前に他のゲームであったのが、よく逃げる敵の退路を塞いだら、突然襲われて、やられてしまったということだ。
そんなわけで、逃げる敵は、意外に手強いと思いながら戦わなければいけない。本当に大して強くないモンスターだったら良いなあとは思うけれど、そんな優しい設定は、このゲームにはないだろうし。
「ふ。ふふふふ。こういう逃げる敵はじっくりとじわじわと料理していくのがいいんだよ」
焦ってひたすら追いかけるだけでは駄目。そうやって逃げ続けられるとイライラしてくるし。この手のモンスターと戦う時は、逃げられない運の要素も必要なので、軽い気持ちでいることが重要だ。
こんな訳の分からない場所にいるからといって焦ってしまうと、こいつを倒すのがかなり遅くなってしまうだろう。
「どんな大きさなのかも分からないし、どんな姿なのかも分からないけれど、まずはそこからだね。というわけで、ひじきはそっちの穴から突撃よろしく!」
「かしこまりました! あ、挟み撃ちにした後は攻撃をしてもいいんですか?」
「いや、攻撃はひとまず私だけがやるのでそれまでは敵を逃がさない事に集中して」
どんな敵なのかも分からないしなあ。だけど、この逃げている敵こそがエレファントボスなんてことはあって欲しくないな。
「…一体どんな奴なんだろうか」
すぐ逃げるモンスターの多くは小型のモンスターだったかな。そいつらを倒せれば一攫千金だったっけなあ。まぁその倒せればっていうのが一番難しいんだけれど。
「ゆっくり、ゆっくり移動だ」
通路をじっくりと見ながらゆっくりと移動をしている。見落としがないようにしっかりやっていかないといけないな。
ここでは、敵の姿を発見したいところだ。どんな奴なのか分かれば、それだけで追い詰めている感じはあるからなあ。
姿も形も分からない敵というと、雲を掴むような話で、何も前に進んでいない気がするけれど、どんな敵なのかが分かるのは安心できる。
「…」
気配感知では、分からないのだから、私自身の感覚を研ぎ澄まさなきゃいけない。逆側から、ひじきも行っているはずなので、こちらにすぐに出てきてしまうかもしれないし。
どのタイミングで出てくるかは分からない。だから、次の瞬間襲い掛かってこられてもいいように、錬金術士の杖と鎌を持っている。
時間凍結はすぐに使うつもりはないけれど、それでもいつでも使えるようにしておく。先のことなんて全然分からないし。
(母上、敵がそちらに向かっています。警戒してください)
ひじきから連絡を受け、私はぴたりと動きを止めた。一気に突っ込んでくるかもしれないのだから、ここからは私がわざわざ動かなくてもいいだろう。
相手が勝手にやってくるのなら、ここで待つ。さぁこい。すぐにこい。
「ギョエエエエ!?」
「っ!」
敵の声が響き渡る。さぁ、どこから出てくると思ったら、普通に正面からこちらにきた。ええい、どんな奴なのかとくと拝んでやる!
「なんでこっちにもいるんだ! ギョエエエエ!」
「逃がさないぞ!」
「嫌だ! オイラまだ死にたくない!」
そう言って私に背を向けて逃げ出した、そのずんぐりとしたモンスターの正体は…。
カピバラだった。いやぁ、これカピバラだよな。うーん。すぐに背を向けてどたばたと逃げて行ってしまったけれど、カピバラだ! というかはえぇぇ!? なんであんなスピードがでるんだカピバラが!? おかしくないか! あっ、もう見えなくなった!
(母上、すみません。敵がこちらにきましたが、そのまま突っ切られてしまいました)
ひじきが遠くからテレパシーみたいに声を届けてきた。いや、大丈夫だよ。容姿が分かっただけでいいよ。それにあのカピバラ…喋るって事が分かったし。
なんか死にたくないとか言っていたけれど、そんなにビビっていたって事か。まさかあいつもあいつで、ここで一定時間私から逃げ切れば生かして帰してやるみたいに脅されているとかいうストーリー0あったりするんだろうか。
まぁそんなストーリーがあったとしても、私もこんなところで死にたくはないので、絶対にぶっ倒すけれどね!
ひじき、今いたのはカピバラっていうネズミに少し似ている奴だけれど、何か変わったところはあったかな?
(変わったところですか。そういえば、私の前を通り抜けていく瞬間、四足歩行から二足歩行になったので、少し呆気にとられてしまいました)
何それ超見たかった!? カピバラの二足歩行とかマジ凄いな!? うわー、絶対貴重だよそれ! なんで私の方に向かってきてやらなかったんだ! というか二足歩行って何だよ! 本当は中に人間でも入っているとかじゃないのか!? うーん。できれば生け捕りにしたい! どうにかして生け捕りにできないだろうか。そんな面白そうな奴をすぐ倒すのは勿体ない気がする!
(あと、普通に言葉を話していましたね。私を見て、でかい蛾だー! って叫んでました)
ふーん。やっぱりびびっているってことか。まぁ私にしろひじきにしろ、どこか変わった格好をしているといってもおかしくないしなあ。
まぁそういう演技をしているだけって事もあり得るから、騙されないようにしないといけないな。
(それで、母上、どうしますか? まだ追いますか?)
もう一回挟み撃ちだね。あ、あと気を付けておかなきゃいけないのは、多分次は結構まずいってところだね。逃げる時に暴れだすかもしれない。
(あのカピバラが…ですか?)
あのカピバラがだね。何をしてくるのかと言うと、多分、壁に体当たりをして、岩のモンスターだか何かを呼び寄せてくるってことだ。呼び出した後は即逃げ出して、私達にそいつの相手をさせようって魂胆だろうな。
私達が何かしたわけでなくても、押し付けてしまえば勝手に襲われてしまうという寸法だ。それをあのカピバラはやってくるような気がする。
(では、どうしますか?)
先にこっちから壁に攻撃してカピバラに押し付けたい。
(え…そんなことが可能なんですか。流石母上です)
可能かどうかは分からないしむしろ失敗すると思うけれど、相手にやられると分かっていることをされるのはむかつくので、先にやってしまって相手がやろうとしていたことを潰してやるのが楽しいからね。やるんだ。
(そ、そうですか。分かりました。ではもう一度、今度は向こうからですが、挟み撃ちをしましょうか)
ああ、その前に今度は、こっちの穴をひじきに塞いでもらってもいいかな。今度は追い詰められた感を出しておいて、ある程度まで追い詰めたら、壁を攻撃して私達は逃げるの。そして逃げた先でもひじきが壁を作って、あのカピバラが岩のモンスターに襲われて…くれればいいんだけれど、そこで倒せれば万歳だね。
二足歩行が見れないまま終わってしまうかもしれないのだけは残念だけれどしょうがない。
(ですが、仮に岩のモンスターというのがカピバラを倒したとしても、最後は私達が襲われるような気がするのですが)
その時はその時だね。常に安全にってわけにはいかないと思うし。そんで、結局最後はその岩のモンスターが残っているからここから出られないって事にもなるかもしれないから、倒すしかないだろうし。
どの道、岩のモンスターを確実に呼び出されてしまうのがオチなんだから、ここで絶対呼び出しておいた方がいいと思うんだよね。私ってばほら! 不運だし!
(………そ、そうですね)
え、いや、そこは否定して貰いたかったなあ。私ってひじきから不運に見られていたのか。がっくし。