第454話「魔王就任」
私の周囲に大量のモンスター達が集まってきたが、襲い掛かってくる奴は一匹もいなかった。それどころか、ほぼ全てのモンスターが私を崇めているような勢いがあった。本当にどうしてこうなったのかさっぱり分からない。
魔王様万歳なんて言われたところで何も嬉しくはなかった。もし、私が魔王になったなんてことが他のプレイヤー達に知られたらどうなるだろうか。きっと、魔王を討伐してやるということで、ゲームプレイに意欲が増すことだろう。そして血気盛んに私に挑んでくるはずだ。
私が戦いたくなくても、魔王という称号を持っている以上は、そうはいかない。人間と敵対しているという設定が大半なのが魔王だからだ。そして、その魔王を倒すことでゲームクリアとなる作品が非常に多い。
つまり、私は否応なしに狙われ続ける状態になってしまったとも言えるということだ。
魔者であることから、クロウニンから狙われ続け、魔王であることからプレイヤー達からも狙われ続けるとか、あまりに酷い。
現状、身の安全が保障できる場所が、魔者の大陸しかないので、本当に引き籠ってしまおうかと考えてしまうくらいだ。
魔者の大陸も全域を確認したわけじゃないので冒険しがいがあるといったらあるのだが、こちらの大陸は、一般的なプレイヤー達が沢山いる様なので、もっとこっちで遊びたいと思っていた。だけどそれがどうもうまくいかなくなってしまったようだ。
このままだと、面倒くさい事は全部投げ出して、基本は、魔者の大陸だけで遊ぶかもしれない。草刈りは楽しいし、何かに襲われるかもしれないということもないわけだし。
「魔王様ばんざあああああい! めっちゃすごいぜええええ! 魔王様ばんざああああああい!」
なんかやたらうるさい奴がいるなぁ。どこかのサイコロプスみたいに騒いでいるなと思ったらそのサイコロプスだった。
「そこのサイコロプスぅ! こっちに来い!」
「ええ!? 俺っすかぁ!? マジっすかぁ! 魔王様のご指名だああ! おいお前らどけどけ! 魔王様の元にはせ参じるのだ!」
群衆を押しのけて、そのサイコロプスはどんどん私の元に近づいてきた。うんまぁこんな奴、ブッチしかいないよね。当然ブッチだったわけだけれど。
「魔王様! お呼びでしょうか!」
「はい! みんな良く聞け! こいつの名前はマブダチと言う! こいつは私以上の猛者で、実質こいつが魔王みたいなものだから、私を魔王と呼ぶな!」
かなり大声を出して、周囲にいる奴らには声が届いたはずだが、モンスター達は押し黙ってしまった。あれぇさっきまでは魔王様万歳とか言ってたのに、なんで勢いを失くしているんだこいつら!?
「お前ら! こちらのお方こそが魔王様だ! なぜならあの先代のマオウペンギンを倒してしまったからだ! というわけで、俺は魔王じゃなくて、こちらが魔王様なので全員、魔王様万歳と言え! 魔王様万歳!」
「魔王様万歳! 魔王様万歳!」
「うおー! 我らが魔王様万歳!」
おい! 何してくれているんだこの野郎! 折角ここでブッチに魔王の座をプレゼントしてやろうと思ったってのに、なんで私を魔王と言うんだ!
「俺は魔王様の子分! マブダチだ! 子分の座を勝ち取りたい奴は、今すぐ俺に飛び掛かってこい!」
ブッチが叫んのと同時に破裂音のような音が聞こえた。何が起こったのか分からなかったが、ブッチが張り手をしたことだけは分かった。そして、一匹のモンスターが吹っ飛ばされており、周囲のモンスターたちはその巻き添えにされていた。
「遅すぎる。後は殺気を出したらこっちに見つけるって思わなかったのか。もっとまともに攻撃して…ほいほい」
またも破裂音が鳴り響く。ブッチに攻撃を仕掛けてきている輩がいたようで、先ほどのモンスターと同じように吹っ飛ばされていた。
「その程度じゃ魔王様の子分になんてなれないぞ!」
いや、別にそんなもの必要ないよ。というか何で話を勝手に進めているんだ!?
「私は魔王じゃないし、子分もいらないし! この国のことは知らないので、各自かってにやっているように!」
…なんでここにいる連中は、黙るんだ。私は魔王じゃないと言ってるのだから、それに頷いてくれればいいだけなのに! なぜそんな単純な事が出来ないんだ…ってまさか!?
魔王という称号をもった者に従うように設定されているってことじゃないだろうか? そうなってくると、こいつらは意地でも私を魔王として認めてしまうって事になるのか? いや、そうだ。そうに違いない。
「はいそこの、なんか一つ目で羽もった黄色い悪魔! 私は魔王じゃない。分かるな?」
こうやって指名してやれば、どういう反応をするのか分かりやすいのでやってみた。
「…ま、ま、ま、魔王様は、魔王様です!」
私を魔王だと否定したくないようだ。これは酷い。私を魔王だと思い込む病気にかかっているようだ。このように誤解されているのは非常に不満だが、現状、どうしようもないな。さてどうするか。
「あー。お前らは私を魔王だと思い込んでいるみたいだけれど、一応言っておく。私は本当に魔王なんかじゃないんだ。そこを否定したくないのかもしれないが受け止めて欲しい。で、私はここで魔王として何かやろうとか思っていないので、みんなこれまで通り、この国で好きにやっていてもらいたい」
要約すると、私は責任なんかとらないので好き勝手やってくれということだ。これでこの国がどうなろうが正直知ったこっちゃないし、私の行動で<アノニマスターオンライン>のゲームバランスが壊れようがどうでもいい。
もし何か問題が起これば、きっと運営側が対策してくれると思うし! だってこのゲームで問題が起こったら売れ行きが悪くなるし、それで困るのは運営だろうから、きっとなんとかしてくれるだろう。新しい魔王を用意したり、私から魔王の権利を剥奪してくれたりしたらいいんだけどなあ。
「何を仰っているのですか魔王様」
「え?」
ふと気が付くと、いつの間にか隣にサンショウがいた。おいおい、いきなり現れるな。心臓に悪いことをして。
「あー、皆の者、我はリッチ。正確にはエルダーリッチのサンショウという者だ。この名は魔王様より承ったものだ。そして我は今、魔王様に仕えておる!」
「は?」
何いきなりエルダーリッチとか初耳なんだけれど。というかいきなりなんなんだサンショウ。はっ!? もしかして、年の功を活かして、こいつらを説得してくれるとか言う展開かな!?
「こちらにおわす、新たな魔王様は、まだ知らぬことが多い身だ。そのため、これから見聞の旅に出ることが決まっているのだ。ここにいる皆は、魔王様を既に認めているが、魔王様自身がまだそれを認めるような領域になっていないと言っているのだ。」
…そうそうその通り! 領域になっていないというか、魔王になんて絶対になりたくないからね! もうなっているとか言われても知ったこっちゃない!
「見聞の旅で己を磨き、そして自信をお認めになられたとき、我らが魔王様は、更なる領域、つまり大魔王様になるのだ! それまでは皆の者、この国を守り続けるのだ よいな!」
「なんでそうなるの!?」
「サンショウ。じゃあ俺は魔王様がいない時の代理とかでいいの?」
「む! そうですな。皆の者! ここにおわす方は、マブダチ、相性はブッチ殿だ。このブッチ殿はの我はコテンパンにされたのだ! エルダーリッチともあろう我が、何もできずに、ただただ永遠と攻撃をされ続け! 敗北したのだ! は、はいぼ、はい、は…」
おい、サンショウ。ブッチにやられた時の事を思い出して震えだすな。やめろ。お前はエルダーリッチなんだろ。そんな奴が恐怖でやられたかのような態度をとるんじゃない。周りもなんだかびくつき始めたじゃないか。
「しからば! 魔王様が不在時は、こちらのブッチ殿を魔王代理とする! よいな!」
「ははーっ!」
「ははーっ! じゃないよマザコンか! じゃなくてぇ! これでいいわけないだろ!」
なんだこの流れは!? 私が魔王で、魔王代理がブッチで。そんでもって、なんか参謀みたいな状態になっているのがサンショウで? いやいや待ってよ。
「あっ! 魔王様! あたしも何か役職が欲しいです!」
「えっエリーちゃんまで!?」
頭を抱え込みたい。私はこういうのにとことん向いていないのに、なんかどんどん担ぎ上げられていってしまう。
「ふ。ふふふふ。ええい! そこのサイコロプスは魔王の右腕! そこの立地は魔王参謀! そしてそこのサキュバスは、魔王秘書! こ、れ、でどうだ貴様らー!」
「うおおおおおおおおおお!」
大歓声が上がった。いや上がるなよ。くそっ。なんてことだ。やりたくないと思っていることを無理矢理させられるのが私は大嫌いなんだ。こんな国はさっさとおさらばしてやる。二度と来るか。というかもう草刈りに行きたい。もういいよ。私はもうやりたくないことはやりたくないんだ。
「お、お前ら! いいか、私は魔王なんてやりたくないんだ! やりたくないのにお前らが勝手に私を魔王とか言うからやらなきゃいけないだけなんだ! 分かったか! いいか! 絶対に私は心変わりなんかしないんだからな!」
決意表明をしておく。こういう展開が心底嫌いなんだ私は。やりたくないって言ってた癖に最後は結局やっているんじゃないかとか、そういうのが嫌なんだよ!
よくある物語だと段々流されていくような輩が多いが私は違う! このままこのノリを永続してやらせられるというのなら、この国は絶対滅ぼす! 何があろうと断じて滅ぼす。絶対にだ。
「う、うぉおお。これがま、魔王様の力か!?」
「なんだこの重圧感は…!? く、苦しい!」
…当たり前だろ。私は自分が嫌だと思ったことはしないって決めているんだ。なのにそれをお流れでやってしまっているから自己嫌悪しているのだから、ここまでなっている。
「と、いうわけだからそこの三人。冗談は今回までだからね?」
「…お、おー。魔王様まじこわいっす」
はぁ。まったくもう。これからもまた苦労することになるのかと思うとうんざりしてくるなぁ。何も問題なく落ち着いてこの大陸で色んなことがやれるようになればいいのにな。
「魔王様ばんざーい!」
…またしても、いきなり叫び始まったモンスター達にはむかついたので、ここで軽く火薬草を投げつけておいた。
「魔王様万歳は禁止とする!」
まっ、このくらいは守って貰わないとな。もうここに来るつもりはないけれど。