第440話「山姥が仲間になった」
「…」
「おい、黙ってないでなんとか言ったらどうだ」
山姥は何か考え込んでいるようだった。こういう時ってあっさり返事をするものじゃないんだろうか。嫌なら嫌だとはっきり言えばいいものを。
「…」
まだ黙っている。実は寝ていましたとか言わないだろうな。あるいはこういう展開特有の突発性の難聴を発症したか?
「…」
私は待つ。ただじっと黙って待つ。このゲームのAIが考え込む動作までしっかり作り込まれているというのかもしれないが、なんだこれは。大分昔のゲームを思い出すなあ。将棋のゲームなんかは物凄く処理に時間がかかっていたっけ。
「…」
「おい山姥、いい加減にしろ。さっさと答えを言え」
「…いや、お前さんに着くメリットが私にあるかどうかを考えているんだよ」
「ありまくりじゃないか。生き残れるんだぞ」
「なんだい。結局、私を始末するつもりだったのかい?」
「そりゃねえ。私の力を知ってしまったわけだし。それを他の誰かに言いふらされたら私の身に危険が迫ってくるからね」
魔者の大陸から出さなければいいと言う考えもあるけれど、何らかの方法でこの大陸から出られてしまうことだって考えられるので安心できない。
「…お前さん、クロウニンを倒した後はどうするつもりなんだい?」
「身の危険が軽減されるから自由にのんびり各地を周ろうと思っているよ」
私の事はどうでもいいんだが、私がこれからどうするのかって事は言っておかないと断られる確率が上がるのできちんと説明しておく。
そして自由にのんびりとは考えているが絶対に安全なんてことはないのは、私自身が一番分かっている。だけど、四六時中狙われるということがなくなるのが嬉しい。
「姉御。ワイはこのババアを連れて行くのは危険やと思うやで。きっと人間抹殺計画とか企てとるやで」
「あの白蛇がこんなくだらないことを言ってんのかい」
どの白蛇はよく分からないけれど、だいこんはいつもこの調子だな。くだらないことなんて返されて腹を立てているみたいだ。いや、そんな程度で怒るなよだいこん。
「あー、人類っていうか、邪馬台国壊滅作戦とかだと思うよ」
別に私は、邪馬台国ぐらい壊滅してくれても構わないと思っているしなあ。どんなところなのか鍬しい事は知らないけれど、今の所は、何の愛着も湧いていないので、何が起こっても別にどうということはない。
私以外の般若レディっていうのが卑弥呼ってことは多少気になるけれど、そのことにこだわる必要はない。
卑弥呼が般若レディなのが、もしかしたらプレイヤーかもしれないんだよな。私と同じプレイヤーでたまたま般若レディを選んだもの同士、って事になのかな。なんとなくそんな気がするんだよなあ。あれ? でも待てよ。そうなると卑弥呼は、私みたいに魔者の大陸からしばらく出られなかったとかいうわけではなかったということなのだろうか。
うわっ、そう考えると腹が立ってくるな。卑弥呼は邪馬台国の女王とか偉そうな立場でゲームがプレイ出来てしまったということになるんじゃないか。
「なんで私だけ!?」
思わず声をあげてしまった。私が深読みし過ぎているだけで、卑弥呼は本当にNPCなのかもしれないしな。そうであったら良い気がするけれど、違う気がするなあ。
「はぁ、初期スタートが邪馬台国とか狡い気がしてきたなぁ」
それに比べて私達、魔者の大陸スタートは全員が苦労してきたというのがあるってねえ。
「それで、山姥、お前は邪馬台国で何をされたっていうんだ、本音で話そうか」
「邪馬台国の卑弥呼に私の仲間たちが処刑されたんだよ」
「おーけい。もういいや。話が重たい。」
本当に重たいなあ。仲間が処刑されたとか。でも何でまたそんなことになったんだろうか。
「ああ、邪馬台国は卑弥呼への信仰が強すぎるのさ。だからいっそあんな国は滅んでしまえばいい」
そういえばあの国の連中とも少し戦ったんだよなあ。卑弥呼を信頼してそうな感じがしたけれど裏で何かあくどい事をやっていた可能性もあるな。
「で、自分一人の力では国と言う大きな力に勝てないからタイショウイカに着いたってことか」
タイショウイカが邪馬台国を狙う理由は何なんだろうなあ。卑弥呼が凄い金銀財宝を溜め込んでいたりするからとか? いや、まさかそんなくだらない事でってのはないだろうな。
「卑弥呼は強いんだよ。私一人じゃとても敵わない」
そうかそうか。そんなに般若レディは強いってことなのか? うーん。自分で言うのもなんだけれど、凄い強いって感じはしないんだけれどなあ。
まさか、卑弥呼が真の般若レディで、私が偽の般若レディとかそういうわけじゃないよね。私の方が圧倒的に弱く、卑弥呼は正式な般若レディだから強いなんてことになったら、これは一大事だ。そんなことだったら、いつになるか分からないけれど、偉そうにふんぞり返っている卑弥呼をぶっ倒しに行きたくなるね。
マオウペンギンの元には行けないようだしなぁ。といっても後は、エレファントボスか。そっちを狙いに行ってもいいんだよな。あの赤い森で土潜りをすればいけたあの場所。転移石があるから行けるようになったし、そっちを攻め込んでみようかなあ。
「お前はどうして私を仲間にしたいんだい?」
「色々と知らないことが多すぎてね。何をするにしても困ったことばかりなんだよ。何度も言ってるけれど魔者ではないのに魔者扱いされたりするのもそうだけれど。」
山姥だって知っていることがどの程度あるのかは分からないけれど、意外とモンスター達には詳しいんじゃないだろうか。他にもそれなりに知っていそうな気がするし、ここで仲間にしておいても損はないだろう。
なってくれないなら死あるのみ。
「卑弥呼を倒す手伝いをしてくれるってのかい?」
「まぁ、そうくるよなー。あーもう面倒くさいんで、私が卑弥呼を倒してもいいかもって思っている理由を教えてやるよ。お前なら多分分かると思うし」
そして私は変身を解除した。黒ずくめの格好から、般若レディの姿に戻った。ん? なんだか力が物凄く漲ってきたような気がするな! ああー開放感があるなー! いいなこれ。やっぱりいつもの姿が一番安心できるよ。
「!?!?!?!?」
うわ、分かっていたけれど、山姥がすごい顔をしているよ。目玉が飛び出そうなくらい大きくなっているよ。そんでもってがたがた震え始めたよ。おいおいどうしたよ。
「な、な、ななななな!? お、お前その姿は、どどどどういうこと!?」
「あーうん。言いたいことは分かる。分かるから落ち着け。私は、お前の知っている卑弥呼と同じ般若レディという種族だ。もう知っているとは思うけど」
それにしても、黒ずくめの姿に変身している時は、自分の能力に制限が出来てしまうって言うのがなんとなく分かった。この状態の時の方が動きやすくなりそうな気がするし。
「魔者が、般若レディで。いや、だが。」
「混乱するな。それでな、私は卑弥呼とは何の関係もないとは言い切れない分けでさ。」
「いや、ちょっと待ちな。お前さんは恐ろしい勘違いを…しているんだ。般若レディって種族をあんたは何も知っていないんだろう?」
そりゃあねえ。この般若レディって一体何なのって誰もがツッコミをいれたくなるような感じだと思うし私だってそうだよ。で、なんなの般若レディって? 教えて山姥。
「万物を自由自在に操れる存在、なんて言ってもおかしくはないかもしれないね。私だってその力の全容は把握していないよ。だからこそタイショウイカに着き、あの卑弥呼を打倒してやろうと思っていたら、まさかお前さんがあの卑弥呼と同じ種族だったとはね」
まだがくがく震えているよ。私にというよりも般若レディというよりも、卑弥呼への恐怖心とかそういうものって感じがするな。それだけ恐ろしいって事なんだろうな。
「般若レディって、私以外に会ったことが無いんだけれど…」
「私だってついさっきまで、唯一無二の存在だと思っていたさ。まさか、本当に、そんな馬鹿な事ありえるなんてね。」
うーん。いまいち実感が湧かないなあ。<アノニマスターオンライン>は大型アップデートとかだって来ているはずだからそのうちみんな般若レディになれるようになるんじゃないのかなー。
「なんでそんなありえないなんて思うんだよ」
「は、般若レディでしかも魔者だって!? そんな恐ろしい組み合わせがあり得るわけないだろう!? 卑弥呼と同等の存在かそれ以上ってことなんだよ!?」
「いやー、そんなこと言われてもなぁ」
むしろ私の方が、心臓がどきどきしてきたんだけれど。般若レディが他には卑弥呼しかいないってところもそうだけれど、そんなレアな種族になってしまったってどれだけ幸運または不運だったんだろうってね。
「だけど、なぁ万物を自由自在に操る、ねぇ。そういえば阿修羅を吸収したことだし、風を使えるようになっていたりしないかなー。竜巻―なんちゃって」
手を伸ばして軽く風でも起こったらいいなーなんて念じてみた。すると、竜巻が発生して草原に生えている草を一挙に刈り取っていった。おお、なんということだ。なんだというんだ。
「…」
「あ、あれー? なんだ今の。おかしいなーあはは」
やばい、なんか私結構性能が上がってきている気がしてきたぞ。もしかすると自分の能力を持て余してしまってきているのかもしれない。このままだと力に溺れたり制御できずに自滅したりするかしかないような気がする。
「分かった。私はお前の仲間になろう」
「あ、そう。うん。ありがとう」
なんだか山姥の奴、すごい素直になったな。なんだかこちらを羨望の眼差しで見てきている気がするなあ。嫌だなあ。
私はむしろ、今の自分が危ういということに気が付いて最悪な気分だよ。鎌の方もそうだけれど、私の予想外の威力を発揮するようになってきているし、この状況はかなり気に入らない。だって、一応地道にやってきたつもりが、急に力を与えられましたみたいになってきているし、たまたま運が良かっただけで他のプレイヤーよりも優秀な性能のキャラクターになってしまってっていうのが本当に気に入らないなあ。
「はぁ。なんだか私としては、最悪な気分なんだけれど」
「姉御! 力を持ったからってそんなこと思ってはダメやで。あんな竜巻とか使えるようになったところでブッチニキとか簡単に避けるやろ? 力を持っているなんて思っちゃだめやで」
「うわ、すごい正論を吐かれた!? なんだこいつ!」
確かに凄い力が使えてもね! ブッチとか簡単に回避しちゃうだろうから、当てなきゃどうにもならないもんな! そうだな! 私が間違っていたよ! まだまだ私は弱い! だけど無駄に高威力で広範囲に影響を及ぼすスキルが使えるようになっていたみたいなので、そこは注意だな!
「あ、とりあえず、今日は退散するわー。それじゃ」
まぁ、明日からどういう風にやっていくか決めよう。
性能がどれだけ上がっても操作が上手くなければ意味がないゲームって多いです。
だからプレイヤーの操作ってとても重要なんだと思います。