第433話「そして般若レディは」
一旦投稿します。
今晩中に書きあげたいと思います。
1/29 追記しました。よろしくお願いいたします。
阿修羅はよろめいた。そして大きな尻餅をついた。私は深追いをしなかった。この時、阿修羅が尻餅をついたことで大きな振動が襲い掛かってきており、その揺れのせいで私も大きな隙が発生してしまう事が考えられたからだ。
こんな風にあまりに攻め続けるとかえって隙が大きくなるので、攻めすぎるのは注意だ。エネルギー切れとも言ったらいいのか、私としても、そんなことになったら困るので、一旦後ろに引いた。腕を四本もらったと考えれば今回の攻撃は成功だ。
これ以上は欲張りでしかない。冷静さを失って攻撃し続けるのは危険だし、阿修羅がこのまま倒せるなんて私は思っていなかった。
「ぐぅうう!? お主、その鎌、その鎌はっ!? まさか!?」
阿修羅が這い上がってくる。鎌がどうしたというんだ。この期に及んでその武器は狡い! なんて言うつもりなんだろうか。こうやって思わせぶりな事を言うならさっさとはっきり言え。
「この、鎌がどうした」
鎌の大きさが元に戻ったら私も負ける恐れがあるのでさっさとケリをつけてしまいたいが、二本腕になった阿修羅の動きも読めないので、ここで追撃するわけにはいかなかった。
「我の腕を斬るに至ったそれは! アノマスの鎌か!!!」
…は? いやただの鎌だけど、何だよアノマスの鎌って。いやそんなもん知らないし。おいおい拍子抜けさせて油断させようって作戦か? なんだこの阿修羅、ふざけているのか?
「そうだ。これがその鎌だ」
嘘だよ。いやだってここで知らないとか言うと舐められそうな気がするし。こういう時って何だそれはとか言ったら、きっとそんなことも知らないまま使っていたのかとかこけにされそうなので、そういうのを避けるために知ったかぶりをすることにした。
「いいや、知らぬのだろう。その鎌がどんなものなのか、お主が知っているのならば、その力の深淵にたどり着いているはずだ。お主が使っているアノマスの鎌はまだその程度。まだ真価など発揮しておらぬな。ぐ。だが、それでその、威力」
いや待てよ。この武器はただの鎌って名前だし、ただの鎌だよ。ああ、たまに進化しますかなんておかしなメッセージがでてくるけれど、本当に至って普通の鎌だ。そのアノマスの鎌とかいうものだったら、そういう名前で出てくるんじゃないのか? それとも、この先、進化していくと、そういった正式名称になるとか? うーん。よく分からないな。もしかして、さっさと進化させていたら良かったのだ
ろうか。ただ、今はそんなことどうでもいい。
「ぐ、ぐ。」
体には致命傷を負い、腕も残り2本と、阿修羅は深刻な状況になっていた。なんとか立ち上がったが既に限界だろう。これが本当に限界であればいいのだが、こいつらモンスターどもはいつも追い詰められてから強くなるので油断も何もあったもんじゃない。
「おしまいにしよう」
私は、よろめく阿修羅の残りの腕も鎌で斬り落とした。まだ苦戦するというかここからが本番だと思っていたのだが、上手くいってしまった。なんだか調子がいい気がしているが、こう上手くいくと逆に何かあるんじゃないかと勘繰ってしまうな。
私としては、こいつが邪竜の力を取り込んだのだから何かしてくるのではないかと思っていたんだけれど、本当に追い詰めていると言う事なのか?
「ぐ。ははは。まさか、我が敗北することになるとは! こんなところで死ぬことになるとは思わなかったぞ!」
おっ!? これは潔く倒されてくれる流れか!? いいぞ! 私はこの流れが好きだぞ! 後はもう余計な事せずに、さっさと倒れてくれれば面倒くさい事もなく終わってくれて最高だし!
「ぐ。ふふふ。後生の頼みだ。お主の名を聞かせてくれ」
血反吐を吐きながら、全身から血をどばどばと垂れ流しながら阿修羅は言う。
「寿司ギャルだ」
勿論偽名を使うに決まっているじゃないか。こうやって名前を聞いてくる奴がいたら、疑ったほうがいいってのは分かっているんだよ。
「ぐ。く。はははははははははは!」
突然高笑いをし始めた阿修羅。やっぱりこういうオチだったんじゃないか。いや、知ってたよ私は。こういうことになるんじゃないのかって、だから偽名を使ってやったんだけれど。
死に際に何か仕掛けてくる敵なんてこれまでいくらいたと思っているんだ。油断も隙もあったもんじゃない奴らばかりだったよ。自爆、毒、呪いだとか道連れしようとしる奴はかなりの数がいたな。
だからこんなひねくれたプレイヤーになっちゃったんだよね私! きっとそうだよ! そうに違いない! いつも思う!
「寿司ギャル! お主の力をいただくぞ!」
阿修羅は大きく口を開けてこちらを見てきた。いや、どう見ても間抜けにしか見えないし、そんなものを見せつけられたら嫌なので、こいつの正面に立たないように移動する。
阿修羅の口から黒いもやのようなものが出てきていたが、しかし何か起こるわけでも何でもなかった。ああ、私の本当の名前じゃないからってことでいいのかな。
「ん!? あ!?」
魚みたいに口をぱくぱくさせながら疑問の表情を浮かべる阿修羅。うーん。間抜けだ。ここまできてそんな滑稽な姿を晒すくらいならそのまま倒れてくれた方が良かったんじゃないだろうか。晩節を汚すとかそういう言葉を思い出すなあ。
「どうした? 辞世の句でも読むか?」
「ば、馬鹿な。まさか、お主。命のやり取りをした相手に名乗る事すら偽るのか!」
なんで怒っているんだ。お前明らかに何か仕掛けようとしていた癖に! 逆ギレするなよ!? そんな名乗るわけないだろう。確か西遊記で名前を言われると吸い込まれる瓢箪なんかもあったと思うし、そういう時の為にこうして偽名を使っていたって事なんだよ! どうだ! こういう風に警戒するのが当然なんだよ! 正々堂々と名前を名乗って戦うなんて言うけれど、戦いなんて勝ってこそ正義みたいなものなんだよ! 勝つためならなんでもやるのが基本だ! それが競争というか戦争だよ!
「何をしようとしていたのか知らないけれど、これでお前も終わりだな」
「ぐ。おおおおおおお! 我が最後の命を使って貴様を殺してくれ…る!?」
阿修羅がごちゃごちゃとうるさいので、鎌でとどめをさした。阿修羅の体のある部分を斬り飛ばしたので、もはや話すこともできなくなった。そして、そのまま阿修羅はぴくりとも動かなくなった。
「…お疲れー。いやー最後はちょっとグロかったよ」
いつの間にかブッチがいた。気配とかそういうの一切なく近づくのをやめてくれ。暗殺者か。
「本当にもう疲れたよ。それで、この黒い靄みたいなの消えないのかな」
ここで一緒に戦ってくれても良かったじゃないかと言いそうになったがそれを言ったところで私が頑張ると思ったとか言われるだけなのでやめた。
「なんなんだろうなーこれ。閉じ込められたみたいな感じだよね。俺がいくらぶん殴ってもどうにもならないし、こういうのやっぱり腹立ってくるなー」
元々ダンジョンから出られなかったブッチだけに閉じ込められることはやはり不快らしい。
「なんとかできそうな気がすると言うか、私がやるしかないってことかな、これ」
「お? また吸収していくの?」
「うん。できると思う。」
激戦があった後でまたやらなきゃいけないことがあるとか疲れるけれどしょうがない。そう思って吸収をしようとしたら、なんだか変な感じがした。
「…待って、先に阿修羅から何か手に入らないか見てみる」
倒れている阿修羅の体の近くに寄ってみる。何か手に入りそうなものだと思ったのだけれど、特にメッセージは表示されない。
「何も手に入らない。本当に阿修羅が死んだのか確認できないので、このままざくざくしててもいい?」
「おーけー。さっき見てたんだけれどこいつ往生際が悪い感じだから、魂だけの存在とかになってこのあたりうろちょろしてそうだもんね」
私も似たような事を考えていた。こいつが本当に死んだというのならいいんだけれど、そうじゃないならこの黒い靄を吸収するのは少し待ちたい。
これが邪竜の魂だとか阿修羅の魂の一部なんてこともありえるし。
「死体蹴りは好きではないんだけどね…」
死んでいるかどうかは分からないので徹底的にやるしかない。なんだかいつもこんなのばかりやっている気がする。たまにはこういうことを考えなくていい単純なゲームでもやるべきかもしれないな。いくら<アノニマスターオンライン>が楽しいとはいえ、いつも同じゲームばかりやっていると段々と思考がそのゲームありきの考えに偏ってきそうだし。ってん? アノマスの鎌? アノニマスター。略すとアノマス。いや、関係あるよなこれ。アノニマスターの名前を冠するってこと? ゲームタイトルの省略形なんて、なんかすごいものなんじゃないのかこの鎌? 本当にそうなのかどうかは分からないけれど、何かありそうだなあ。アノマスの鎌ねえ。
武器って、よく神話だとか色んな歴史から名前がとられているので、アノマスの鎌って言うのがないか調べてみようかなあ。でもそれでゲームの事を調べちゃったってなるのも嫌だし。うーん。有名な武器なのかな。あ、ブッチとかそういうの詳しそうな気がするな。
よくあるのはエクスカリバーだかカリバーンだったか忘れたけれど、そういうの知ってそうだし。
「…ちょっと鎌でざくざくやってたら思い出したんだけどさ、ブッチ、アノマスの鎌って聞いたことある?」
「ん? アノマス? アダマスの鎌じゃなくて?」
「あ、それでもいいや。ちょっと教えて欲しいんだけれど」
やっぱり微妙に名前が違うのか。そのあたりはよくあるな。武器じゃないけれどベルゼブブだとかベベルゼブルだとかよく分かってない悪魔の名前があるし。
「アダマスの鎌って、クロノスとかいう神が持っていた武器だね。クロノスってのは確かゼウスの親だったかな。なんでも斬り裂くすごい鎌だった気がするねって、もしかしてその鎌!?」
まぁ当然察しがつくよなあ。この鎌がその鎌である可能性が高いよな。というかなんでも斬り裂くってやばいなおい。阿修羅がごちゃごちゃ言ってた気がするけれど、この鎌がそれだけ凄まじい力を秘めているって事になるしなあ。
「うーん。もしかしたらその鎌かもしれない。でもそんな大層なものじゃないと思うんだけどね。鎌って農業で使うようなものだし。私は元々草刈りにでも使えればいいんだけれど」
便利なので結構頻繁に使ってはいるんだけれどね。私の持っている武器の中では一番強いわけだし。
「クロノスって大地の神って言うか農耕の神らしいから間違いではない気がする」
「えぇー。まぁそれはそれとして、なんでこう東洋と西洋が混在したかのような感じになっているんだろう。」
私は般若レディでこれはどちらかという和風な感じ。鎌だってそんな感じだと思っていたんだけど、クロノスなんて名前がでてきたらなんか場違い感が凄い気がしてきた。
「細かい事はいいんだよきっと! それより、なんか黒い靄が濃くなってきているんだけれど。どうする?」
「あー、阿修羅は見ての通り、斬り刻んだからいいとして…覚悟を決めるか」
「お? どうする?」
「ふふふ。ここはやるっきゃないでしょう!」
「おおー流石! どうするの!?」
「転移石で帰ろう」
この後ブッチがとても残念そうにため息をついたが、私は至極真っ当な事を言ったとしか思えなかった。