第424話「鎌不思議、摩訶不思議」
1/21加筆修正しました。
続いて425話も訂正いたします。
阿修羅は激昂していた。黒い影の牙が肩に噛みついているというのに、それが触れられず、しかし引き離すことも出来ないという不可解な現象に納得ができないようだった。
「ぐぐぐ。こやつは、お主が呼び出したのだな。いいだろう。こやつには触れられなくても、お主を片付ければ消えるだろう! 先に始末してくれる!」
当然そうなるのは分かるんだけれど、私が操っているってわけでもないんだよなあ。勝手に出てきたみたいだし。まあ、鎌から出てきたのは確実だし、この黒い影は私を守ろうとして阿修羅に噛みついているってことなんだろう。正体不明ではあるけれど、命を助けて貰ったのは感謝しないといけないな。
「ふっふっふ。私に逆らう者はみんなこうなるんだ」
そしていかにもな感じで格好つけておく。
「ぐっ!? ぐっ! こ、んなもの!! ウォオオオ!」
阿修羅が咆哮する。私の全身が震えだしたかと思えば、聳え立つ樹々や地面も大きく揺れ動く。そして、私の体が動かなかくなったかと思えば、阿修羅に襲い掛かっていた黒い影が消失した。あぁ、そういう風にすれば消えてしまうのか。
つまり物理的に触ることはできないけれど、魔法的な力とかスキルには弱いって事かな。とはいえ、そんな弱点があったとしても、これが自由自在に使えるようになればかなり便利になるな。これから使えるようになるため頑張ろう。
「ぐ。やはり、お主が呼び寄せた影、だな。このような力を持っていながら先ほどまで逃げ回っていたとは、到底信じられんな」
そんなこと言われましてもと思った。戦闘中にいきなり力に目覚めだけだから使い方なんて分かるわけがないし。危機に陥ると力が覚醒するなんて言うのはよくある展開だけれど、今回の場合は制御のできていない力なので、あまり良い傾向ではなかった。
暴走した力なんて、使いこなせないせいで周囲を巻き込んでしまい、最悪な結末を招くなんてこともしばしばある。力に飲み込まれてしまった結果、あらゆるものを無差別に傷つけて、最後は自分自身も傷つけてしまい、全てに恐怖してしまうなんていうのが定番な話だ。
勿論、私はそんなことにならないように、制御できるようにしたいと思っているが、黒い影の発動条件は不明なのでまずはそちらを探るしかない。
ここで思わず、そんな力を持っていても何の役にも立たないなんて返事をしそうになるが、そんな愚は犯さない。
「どうだ。びびったか」
実は完璧に制御していました風な感じを装った。こんなハッタリ、すぐばれるだろうけれど、ここでこういう風に言っておけば、あたかも使いこなせている風に相手を思い込ませることができるかもしれないので、威勢良く言い放った。
ブッチが私と阿修羅の戦いを邪魔しないように、ある程度遠くにいるのが見えたが、にやりと笑っているような気がした。絶対私の発言で笑っているな。いつもはどちらかと言えば消極的な発言が目立って言る私なので、ここで、かっこつけていることがおかしかったのかもしれない。
「魔者の力に加えてこれか。お主、何者なのだ」
「私の名前は、阿修羅は馬鹿ですって名前だよ。ほら、呼んでみな?」
「…」
「…」
この場が凍り付いたような気がした。いやだって、こういうタイミングで冷やかしをするのが私だし。ゲームでやってみたかったことの1つに、こういう敵をからかう事だったので、すぐに実行する事にした。
こういう展開では、さぁなとかどこの誰でもないみたいなかっこつけた主人公と敵がぶつかり合う衝撃的な感動場面になるんだろうけれど、残念ながら私はそういうのを見飽きているので、寒いと言われようが正反対の事をすることにしている。
選択肢は、より白ける方向に。できるだけいつもと違う事をしよう。そうすれば自分にしかない楽しみになる。誰もが絶対に選ばないことがあるのなら、それを選ぶ。そんなことはするわけがないと思われていたらそれを選ぶ。
「ようやく、主の事が分かったぞ。主は、道化師だな」
「私の名前は、阿修羅は馬鹿ですって名前だよ。ほら、呼んでみな?」
「…」
え? しつこいって? いやいや。RPGでNPCが選んで欲しい選択肢を選ばないとずっと同じ選択肢を選ばせるような展開があるので、それを真似しているだけだ。このようなやり取りは、やられた方は、さぞつまらないだろうけれど、これまで数々のゲームでやられてきたのだから、ここでやり返したいと思っていた。
結局1つしかない選択肢。そんな選ぶまでずっと茶番を繰り返させられてきた不満が募って、こうしてやり返しているのだ。NPCというか、阿修羅という敵は、どのように思うのだろうか?
イライラするのか、それとも滑稽だとあざ笑うのか。あるいは、冷静になりながらも、激しく憤っていくのだろうか。
「まだそのような世迷い事を」
ふざけていると判断されたようだ。そして阿修羅は動き出す。一本の腕の手のひらを前に出す。先ほど黒い影というか黒い球体が発生した時に刀が弾け飛んでしまったので、この腕だけは素手になっていた。
刀がなくとも、恐らくこのままだと、また火が放たれるので、直線状に立たないようにしようと思い、私は動いた。
「雷の鎚!」
またしても言葉だけでどんなものが来るのか、分かってしまう。いいのかそれで。何かが飛んでくるのは分かっているので、私は阿修羅に向かって走る。どうせまた追尾性能がある魔法だろう。であれば、これもまた距離を取りすぎるのは危険だ。
そう思って突撃したのだが、後方に衝撃が響いた。これはっ! 普通に雷ってことじゃないか!?
手を向けてきていたから、そこから飛んでくると勘違いしてしまった。くそう。そういうこともあるか。今後は頭上にも注意しないといけないな。それだけじゃなくて地面からも攻撃されるかもしれないので、魔法が手の平からだけ出るなんて思わない方がいいな。
「ほう、自ら積極的に攻め込んでくるか」
そうさせたのはお前だろう! もうやぶれかぶれのような状態だが仕方ない。鎌を持ってこいつを斬るしかないと思ったら、今度は、阿修羅の持つ残り5本の刀から切っ先から炎が放たれた。
「ぐっ!?」
早い。これは、どうしようもない。当たるしかない。黒薔薇の型ならいくつかかき消せるかもしれないと思ったので、眼前に迫ったいくつもの炎を、鎌で振り払ってみた。しかし。
「ぐあっ!?」
いくつかの炎が私に直撃した。くそ! 回避しきれなかったか! 大失敗だ! ここまで失敗するなんて思わなかった。というかここ最近失敗してばかりだな! こんなことだったら、さっさと、般若レディの姿にでも戻っていれば良かったな。
「ふ。ようやく貴様の苦しむ声が聞けたな」
なんだこいつぅ。私を苦しめて楽しんでいるのか、阿修羅とか最悪な奴だな! なんだか凄い許せなくなってきた。なんで私がここまでこんなのに舐められなきゃいけないんだ。燃え盛る炎が私を包み込んでいるが、本当にここまで追い詰められて、腹が立ってきた。
「この野郎!」
鎌で斬りかかる。というかさ、私もういい加減般若レディに戻っても良くないか。本当に今更だけど、苦戦しているのって鎌だけで頑張るみたいに覚悟してしまったからって言うのもあるけれど、ここで負けたら何にも残らないわけだし。
実際さっきから何度も手痛い思いをしている。いやもうなんで私こんな苦労しているんだろう。なんてここまで考えていたら、そうだった。
私は、阿修羅以外が私の戦いを見ていたらどうしようかってところが不安だったんだ。なんとなくだけれど、誰かがどこかに潜んでいる気がしてならないんだよな。
そんな状況なのにここで般若レディの姿に戻ったら、例えこいつを倒したとしてもリスクを背負うことになるから嫌なんだよな。
「くらえっての!」
「むっ! 爆炎撃! 雷の鎚!」
またそれか! 火だの雷だの好き勝手に使って! こっちは鎌だけで戦っているんだぞ! 正々堂々刀だけで戦えよこの卑怯者め! なんて心の中で罵倒する。
こいつのようにただ無邪気に戦い続けられるなんて羨ましく思う。私は、自分の正体が魔者だってバレないようにするためにここで必死になっているからなあ。クロウニン全員を倒したとしても、私が魔者ってことがバレたら今度はプレイヤーから常に命を狙われるようになると思うので、それが嫌だ。
誰からも狙われないようにするというのが理想なんだけれど、理想が遠くなってきた気がする。それもこれも、みんな私の命を狙うのがいけないんだあああ!
「何が爆炎だ!!! おりゃあ!」
火も雷も気にせずに突っ込むことにした。ここでびびって踏み込まないんじゃ話にならなかったし。ここは攻撃、逃げて薬草で回復、攻撃を繰り返すことにするか。
だけど、もしかしたら阿修羅に自動回復があるかもしれないんだよな。だから、定期的にダメージを与え続けたとしても最終的には全回復してしまって、攻撃が意味を成さなくなる恐れがある。要するに、私と同じような状態って事だ。
致死ダメージを与えられなければずっと回復し続けると言う厄介な状況だ。もし阿修羅が自動回復持ちなら、相当厄介だな。
「…お主は何なのだ。ここまで我の攻撃を耐えているなど、ありえぬことだぞ」
「私の名前は、阿修羅は馬鹿ですって名前だよ。ほら、呼んでみな?」
阿修羅はとても嫌そうな顔をした。うざいだろう。そうだろう。だけど私は、辞めない。粘り強くしつこいからだ。阿修羅が私の事をそう呼ぶまでは、何度でも繰り返すんだ。
「いい加減に…しろ!!」
阿修羅が、巨大な柱のような炎を身に纏った。更にその炎の周囲がバチバチと電気のようなものが流れている。またキれたんですか阿修羅さん。沸点低くないですか。
おうおう、キれているのはこっちも同じなんだよ。この戦いは、そもそも誰が喧嘩をふっかけてきたと思っているんだ。阿修羅、お前だぞ。
私のように温和で平和主義者の命を奪い取ろうとしてきたんだからそりゃあ許さないって。いい加減にして欲しいのは、こっちなんだよ!
「我が一撃受けて見よ!」
「やなこった」
一撃受けてとか言われて受ける奴っているのかな。私は嫌だね。