第419話「邪竜を探せ」
邪馬の森にいるはずの邪竜を探しているのだが出ない。その辺をほっつき回っていれば、いずれは出るだろうみたいな安易な考えだったのがいけないんだろうか。
「出ないね」
「そうだね」
ブッチと一緒に邪竜を探して既に1時間が経過している。こんなことならエリーちゃん達も呼び寄せればよかったと思ったけれど、今さら感があった。まぁまだたったの1時間と言えばそうなんだけれど、VRゲームなので結構動いた気がしている。
「遭遇率低すぎる。特定のタイミングでのみ発生するとかな気がしてきた」
邪竜がスタンピードを発生させているのか、それともスタンピードが発生してから邪竜が出てくるのか。あの時、叫び声が聞こえてきたのは、スタンピード後ってことになるんだよなあ。となると、実は普段どこかに身を潜めているとかいう状態なんじゃないだろうか。
「経験値を沢山持っているのにすぐ逃げるモンスターみたいなもんだよ」
「ああ、アレか」
とあるゲームでは、倒せば大量の経験値が手に入るのにすぐ逃げてしまうモンスターがいる。遭遇率もあまり高くないが、一匹倒せばかなりの効率になるため、一獲千金を狙って探し続けるプレイヤーは多かった。
「あのモンスターは、ここまで出ないってレベルじゃなかったと思うしなぁ。それよりも、超低確率でしか出てこない奴の方が嫌だったなあ。後は超低確率でのレアドロップのボスとか」
何時間もゲームをプレイしても出てこないモンスターもいたし、何百回倒しても、特定のアイテムを落とさないモンスターもいた。そういう苦い思い出が私にはある。
オンラインゲームだと、特にそれが酷い場合もあり、それこそ多数のプレイヤーがいることから、アイテムを落とす確率、ドロップ率が物凄く低くなっており、何万人に一人だけが持っているというようなこともあった。
「じゃあそれよりはマシなんじゃないかな。一度は見かけたんだっけ?」
「いや、声だけ。見てはいないんだよね」
邪竜を探しだして倒してしまえば一安心なのに、その邪竜がいないってのなら、どうしようもない。私が嫌なのは、邪竜が存在している限りスタンピードが発生しやすくなると言う事なのだが、こうしていないってことは、スタンピードの発生自体は止めることができないってことなのかもしれない。
「どこにいるんだろうなー邪竜。ブ、アトゾンにびびってるのかね」
危うく名前を間違いそうになった。ブッチは今、また黒いヒーロー系のコスチュームに着替えて貰っている。この時はアトゾンと呼ぶことにしたけれど、まだ慣れない。
「なんだぁ。邪竜もビビリかぁ。全く、最近は骨のあるやつが少なくて困るな」
本当にね。なんで私がブッチといるような安心ができそうな時には、危険なモンスターが出てくれないんだろうね。さっさと出てきてくれればいいものを。
「どこかに隠れているのかなー」
「邪竜にも巣とかありそうだね」
だけど、それらしい場所は見当たらないんだよなあ。あぁもう邪竜の奴、何逃げているんだよ。さっさと出てきて倒させてくれ。
「せめて見た目が分かっていれば良かったんだけどなー。もっとしっかり聞いておけばよかったよ」
邪竜っていうからには大きくて邪悪っぽい体しているんだろうなーと勝手に脳内処理をしてしまったのがいけなかった。
「俺の予想だと多分、黒くて、でっかくて、翼があって、後は火を吐いてきそうだな」
あ、大体同じだ。私もそんなもんだった。邪竜のイメージってそうなんだよなー。はぁ、<アノニマスターオンライン>では、そういう思い込んでいる事と真逆の事をされたりするかもしれないってのに、そういうイメージでいたのがいけなかった。
「でも、そんなのがいたら、この赤い森じゃあ絶対目立つよね」
そういえばいつの間にか本当に全体が真っ赤になる場所までたどり着いてしまっていた。木の幹まで真っ赤、草も真っ赤、あらゆるものが真っ赤に見える。あ、この場所の事も聞けばよかったよ。もうなんかああいう襲い掛かってきた奴らとは話したくないと思っていたせいでこんなことになったしまった。
「ということは、むしろ赤い竜だったりして」
「…ありえるなー」
真っ赤な邪竜。うーん。なんか嫌だな。邪竜って言えばどうにも黒い感じしかしてこない。もうイメージがこびり付いてしまったんだなぁ。いけないなあこういうの。柔軟性を損なうことになるね。先入観を持ちすぎると、新しいゲームができなくなるっていうけれど、それに近いかもしれない。
私は特に最近その傾向が強くなってきているかな。一応自覚はある。過去にやったゲームの経験を基にしてこうなるだろうという考えが多くあるので、それに従いすぎてしまっている。新しい視点で考えることができなくなると、ゲームプレイヤーの能力としては劣化していくようなものだ。それは出来るだけ避けたいなあ。
「ん? 赤い竜?」
レッドドラゴン? いや、まさかな。あれはイッピキメとニヒキメが鍵を握っているらしいし、いるわけがないよな。だけど、レッドドラゴンなんてクロウニンの名前が出てきている以上、思い出してしまった。
「あ、俺も同じこと考えていたよ。レッドドラゴン。ここにいてもおかしくないんじゃない?」
馬鹿も休み休みにして欲しいと思ってしまった。そんなクロウニン関連の話がまとまってきているってどう考えてもおかしいだろう。何だ。どうして最近クロウニン達の名前をたくさん聞く? そしてその中で唯一全然聞かないのが、ジャガーコートだ。
私は、たまたま遭遇しただけだたけれど、あれ以来どこかで名前を聞いたりすることがないし。ジャガーちゃんだけ行方知れずになっている。
仲間に出来たらしたいんだよなー。ジャガーって可愛いし。というか他のクロウニンも、本当は戦わなくてもいいはずなのに、戦っているんだよな。
魔者と戦いたくなる衝動のせいっていうのと私が魔者だからって言う事で。
「クロウニンが一斉に襲い掛かってきたら助けてアトゾン」
「では、わがアトゾン協会に100億円の御寄付を。よろしいですかな」
「よろしくないです」
なんだよアトゾン協会って。はー、こうやって考えるのは好きなんだけれど、なんか振り回され過ぎて、いい加減うんざりしてきたよ。
「なんか段々腹が立ってきたよ」
「寿司ちゃんは無理し過ぎているからねー」
ブッチことアトゾンがさらりと言ったことに私は目を見開いた。ああ、そうか。そういうことか。
「上手くいかないことが多くなってきたし、草刈りに戻ろうかな」
「いいんじゃないかなー。ねっこ、あー、寿司ちゃんってばやれることが多くなってきて、正直頭が追い付かない状態になっていると俺は思っているんだよね」
あ、寿司ちゃんって私か。えーっと、ありえる。すごくありえる。だって最近、色んなことができるようになってきて、人間の大陸にしろ魔者の大陸にしろやることが多くなってきた感じがするし。あっ、これはもしかして。
「船を手に入れたようなもんかぁ。あー、心当たりがあるぅ」
RPGでは新しい乗り物を手に入れると、行ける場所が大幅に増える。そしてやれることがかなり多くなる。そのせいで、どれから手を出して行っていいのか分からなくなって、頭が回らなくなってくるプレイヤーが一定数いる。実の所私もそんな状態なのだろう。
「俺は、戦いができればそれで満足だし、むしろ戦えない方が嫌だなーって感じ。基本、戦えるって事でこのゲームやっているから楽だよ」
楽過ぎるう! 羨ましい! 私はそこまで戦いにこだわっていないと言うか、襲われなきゃいけないこの状況をさっさと辞めたいんだよぉ! もう嫌なんだ! なんで私がそんなクロウニンとかに襲われなきゃいけないんだ!
「私もアトゾンみたいに戦いが上手ければ違ったんだろうなあ」
「え。寿司ちゃん戦い方すげーじゃん」
そういう持ち上げはしなくていいよねえ。ひじき。
(は、母上、急に振られても困りますよ。)
そう。まぁ声掛けしてなかったなって思ったからこのタイミングで声がけしたんだ。
ところで、ひじきを召喚すれば、邪竜の位置って分かるかなあ?
(どうでしょう。どんな敵なのかもよく分かっていないのであれば、少し難しいかもしれません。他の敵が見つかってしまうこともありえそうですが、やってみますか?)
そうだね。やってみようかね。って思ったけれど、やっぱり誰かに見られたら嫌だなあ。
「あ、寿司ちゃん。またひじきちゃんと話をしているね。酷い! 俺をのけ者にして!」
「ごめんごめん。どうしたもんかなーって思ってひじきに相談していた」
「ずばり! 俺の意見だけれど、この森を燃やしてしまえばいいでしょう!」
「この木って火耐性あるんだ。知ってた?」
「ずばり! 知らなかったよ! そうかそうか。だからこのあたりを燃やそうって提案が無かったんだね。納得!」
だから燃やさないって! 私もいつも燃やしてばかりじゃないし! どうしてみんな私が森を燃やしてばかりってイメージがあるの!
「燃やさないからね。それと、ちょっと誰かいないか警戒しつつひじきを召喚するよ。その後に、邪竜がどこかにいないか探して、見つかれば倒しに行くとしよう」
「見つからなかったら?」
「草の根分けてでも探そう。それでもいなかったらもう邪竜は無視。そこまで一生懸命探すほうが時間の無駄だし」
あまり時間をかけてしまっても無駄だ。もっと楽しくなるようなことをしないと。草刈りだって最近はやってないんだから。
「よし、それじゃああたりを気配感知して…あれ」
えー。ひじきを召喚する前に、何かが引っかかったぞ。なんだろこれ。