第378話「ネガティブータとの戦い」
「真空波!」
問答無用で目の前にいる大きな黒豚ネガティブータに先制攻撃を仕掛けた。昔プレイしたゲームのラスボスに豚の姿をした奴がいたが、そいつに出合い頭に攻撃する事ができたので、それを思い出しての攻撃だった。
「ぶひぃうっ!」
漆黒の真空波は、ネガティブータが飛ばす鼻息によって、かき消されてしまった。そう簡単にダメージを与えることはさせてもらえないようだな。まぁこんなもんか。今ので防御をしたという事が分かっただけでも収穫はあったし。
「…ブヒヒヒ。いきなり攻撃とは魔者のお得意技なんぞ知っているぞ! この俺様には通用せんぞ。ブヒヒ。さぁ魔者! 年貢の納め時だぞ。年貢は勿論その命だぁ!」
台座に座っている、大きな豚は、鼻を鳴らし愉悦にひたりながらそう言い放った。
「そ、そうか。ふふっ。年貢の納め時、ね。」
「ブヒ? いきなり笑いだすとは。ブヒヒ。気が狂ったか?」
だって、豚がいきなり年貢の納め時とか言い出すもんだから、それがどうにも面白くて、つい笑ってしまった。子供が難しい言葉を覚えて連呼しだすような感じにも聞こえるなあ。
「ああ、お前を出荷する準備が整ったよ。豚さん。」
目の前にいるネガティブータが養豚場でしっかり飼育されたようなイメージを持ってしまう。なんだかお腹が空いてきたなあ。
「真空波!」
再度、真空波を放つ。もう一回さっきの鼻息を見ておこうと思った。すると、案の定、鼻息で私の真空波をかき消してきた。そうか、真空波には怯えていると言う事でいいんだな。あるいは、私の、魔者の攻撃なんて受けるのも嫌だということかもしれないな。
「ブヒヒヒ。今度はこっちから行くぞお!?」
「ライトニングブラスト!」
「ネガティブラスト!」
ひじきの放った電撃魔法に対して、ネガティブータも同じような電撃魔法を放った。いや、ネガティブータの使った魔法の方が威力も規模も大きい! これは危ない! それを悟ったのか、ひじきは即座に回避行動にでた。私は、その隙にネガティブータに真っ向から突撃していく。
接近戦を避けて遠くから攻撃を仕掛けてくるのか、それとも接近戦を受けて立つのかを見極めることにした。危険は承知だがまずは試してみるしかない。こうやって相手の出方を見極めて、どうやって戦うのがいいのかを確認していく。
「フゴゴゴゴ!」
「ぐっ!?」
台座にいたネガティブータは、こちらに猛烈な勢いで突進してきた。猪突猛進といったところか。豚なんて元は猪が品種改良されたはずだからあながち間違いではないだろう。
「フゴッ!」
「ぐううううぅ!?」
ネガティブータがいきなり眼前にいて、その牙で噛みつかれそうになった寸でのところで回避することができた。あっぶなぁああ!? なんだ今の。全然動きが見えなかったぞ! まるでワープしてきたか、あるいは時間でも止められたかのような感じだった。まさかこいつ、空間や時間を操る事ができるなんて言わないよな!?
「ネガティブラスト! ブヒヒヒ!」
今度は、電撃の魔法を放ちながら突進してきた。くっそっ! このままだと回避できそうにない。だったらこっちもやってやろうじゃないか!
「空間転移。」
ぼそぼそと喋る。するとこちらに放たれた電撃の魔法のど真ん中にネガティブータが移動した。
「ブ!? ブヒギギギギギギ!? ギギギギギ!? ブヒヒヒヒ!?」
どうやら、突然何が起こったのか分からないようだった。もろに自分の魔法をくらい、苦しむネガティブータの姿を見ることができて私は満足だった。が、これだけで終わりにするわけがない。このままこいつにめがけて、火薬草をいくつも投げつけていく。
「焼き豚になれ! 焼き豚になれ! 焼き豚になれぇ!!」
小規模な爆発が何度も起きる。正直これでダメージを与えられるなんて思ってはいない。だけど火薬草は大量にあるので、こういうものでちまちま削っていくのも必要だと判断した。スキルばかりに頼ってもいられないし。
「焼き豚にっ!」
「じゃかしぃいい! フゴオオオオ!」
爆発後の煙の中から、ネガティブータが私に向かって突進してきた。大してダメージは与えていないようだった。こいつ、さては自動回復持ちか? それだとこの先の戦いがかなりきついものになるんだが、それを確かめないといけないな。
「浮遊!」
「フッグォ!?」
体が浮き上がり、じたばたしだすネガティブータだった。え? なんだこれ。いつもなら、一瞬足止めする程度なのに、こんなに浮くのは珍しいぞ? 赤鬼だって一瞬浮かせただけだったのに。こいつもしかして軽い…のか?
「でりゃああ!」
考えるよりも先に行動だと思い、ネガティブータに向かって鎌を振り上げた。黒薔薇の型だ。これならダメージを与えられるだろう。
「ブヒイイイ!? イデェェエ!? 魔者あああああ!」
ネガティブータの体から血飛沫が飛んだ。よし! これは結構効いているな! 痛がっているのが演技に見えないし。もしこれで演技だとしたら相当な演技派な気がする。とはいえ、そういうタイプとも他のゲームでは戦ってきたことがあるので油断はしない。
「なんてなぁぁぁブッヒイイイ!」
おお、考えていた傍からそれかい。豚って結構賢いらしいんだよなあ。だから年貢の納め時なんて言ってたんだろうけれど。
何か仕掛けてくるのかもしれないので、私は一旦距離を置こうとしたのだが、それが失敗だった。
「ブヒヒヒ! グラビトン!!!」
…。いやいやいやいや!? グラビティと豚のトンをかけあわせてグラビトンとかそんなありきたりな攻撃はどうなんだ!? どうせ重力系の攻撃なんだろう! 予想はたやすいじゃないか! ほーら体が重くなってきた感じがするぅうううう! 動きが、鈍いぃいい!
「ブヒヒィ! これで押し潰してくれるぅう!」
私の頭上には、巨体のネガティブータが浮かんでいた。まずい、このままだと押し潰されてしまう。うーん。弱ったなあ。
「死ねえ!!! くされ外道魔者あああああ! 今までの恨みだ思い知れブヒイイ!」
…魔者ってどんだけクロウニンに嫌われているんだろうなあ。グローリーアントもすごい悪態ついてきたけれど、なんだか魔者がクズ過ぎて恨まれているだけのような気がしてきた。私はそんなことをしていないのでただのとばっちりだけど、どうも、こいつらが可哀想に思えてくる。
だからといって、ここで死んであげるわけにもいかないので当然回避行動にでることにした。
「避けられるわけがないだろおお!」
「土潜り。」
私の体は、一瞬で真っ暗闇の空間に移動した。あー良かった。どうやら上手くいったようだ。先にここで使えるのか試さなかったから、もしかしたら使えないかもなんて頭の中をよぎったけれど、どうやら使えたようだ。ふーっ一安心だ。
ここからどうしようか。地上には、ひじきとだいこんがいるからって、あ!? だいこんが私の肩に乗っていた気がするんだけれど、説明忘れてた!!? や、やばい! 大丈夫か!? ちょっと動いてすぐに戻らないと! いや、むしろこのまま鎌を上に掲げていれば、攻撃しながら移動できるか!?
もういいや! やってみよう! だいこん。死なないでくれよおお!?
「うぉりゃあああ!」
「ぶっ。ブヒイイイイイイイイイイイイイギャアアアアアアアアアアア!?」
「うげっ!? なんじゃこりゃああ!?」
「あっ姉御ぉお!? ワイを置いてくなんて酷いやでええええ!?」
だめだ、頭が追い付かないぞ。一体何がどうなっている!? 私の体は、なんか気持ち悪い液体でべたべたしているんだけれど、なんだこれ。んっ? むこうにいるのはだいこんか? 良かった。生きているようだ。私が土潜りする瞬間に何らかの方法で逃げ出せたのかな? で、ネガティブータは。
「お、お、俺様の腹、ブヒイイ!? グォオオ!? アァァァ!?」
…え? よく見ると、私はネガティブータの上に立っていたようだ。下を見ると、腹に穴が開いているネガティブータがいた。お、おぉ!? なんだこりゃあ。もしかして土潜りからでてきた際の勢いで私が貫いたってことになるのか!? こ、これはやばい。腹に大きな穴が開いているとかやばすぎるだろ。ん? ということはこのべたついている気持ちが悪いのはネガティブータの胃液とかそういうのか? うげぇ!? 気持ちが悪い! ってこれはこれでやばいんじゃないか!? 溶けてしまうとかありそうだ! ええい! 水だ水! 川の水で浄化だあああ! おっし! アイテムインベントリから取り出した綺麗な水で体を洗ったぞ! ふっふっふ!
「ぐああああ。ぎゃああ。腹がああああ!?」
「おーっとっとと!?」
ネガティブータはまだ、のたうち回っていて、落とされそうになったので、私は腹の上から降りて、だいこんのところに駆けつけた。
「だいこんごめーん!」
「姉御ぉお!? ワイを見捨てるなんて酷いやでええ!?」
「本当にごめん!」
「まぁワイはあいつの重力魔法の影響を受けなかったようやし、すぐに逃げられたんやけどな!」
…結果オーライということでいいんだろうか。でも本気で心配していたので良かった。安心したあ。それで、後はあのネガティブータだけれど、どうしたもんか。
「ま、魔者。てめぇコラ。こ、こんな腹に穴とか。ブゴッ!? グォッ! クソッ! このままじゃ死んじまう!」
あれも演技なんだろうか。なんだかわざとらしい気もしてきたな。だけどなんで腹に穴ができてしまったんだろう? もしかして土潜りって緊急回避で使うんじゃなくて、攻撃として使うのが正しかったということなんだろうか? 土から出てくる勢いがとんでもないものになっていて、それがあれだけのダメージを与えることになったと考えると辻褄が合う気がするし。
「狐火!」
「あぢいいいい!? ギャアアアア!?」
…あっこいつ弱っているっぽい! というか香ばしくていい匂いがしてくるなぁ。なんだかお腹が減ってきてしまったぞ。
「魔者ああ! クソ魔者がぁああ! てめぇだけは絶対に許さねえ! 昔からお前はそうだ! この俺様が誇り高き猪だというのに、ネガティブータなんて豚の名前をつけやがってえええ!」
…。え、猪だったの。どう見ても豚じゃないか。