第358話「分解」
ずっと本を読むためだけにログインをするというのは何か間違っている気がしたので、魔者の部屋にはたまに通う程度にすることに決めた。幸い、転移石が使えるようになったので、今後は、私一人だけがここに足を運べばいいだろう。
しかし、折角わざわざここまで来たのだから、もう少しくらい収穫があってもいい気がしたので試しに本を一冊持ち出してみようと思った。
とはいえ、この持ち出しが何かで感知されてみんなに迷惑がかかるのも嫌だったので、みんなには先に出て行ってもらうことにした。みんなは特に問題なく部屋の外に出ることができたので、後は私が出れば終わりだった。そんな時だった。錬金術士の杖がしまおうとしていたら、赤く輝いている。何か嫌な予感がしたので触りたくなかったが、このまま放置するというわけにもいかないので、恐る恐る握ってみることにした。
「お前は、調合と吸収ができるようになっているんだ。この際だ。分解も教えてやろうと思ってな。」
いきなり輝いていたから驚いたじゃないか。それだけのためにわざわざ光るなっての。何事か思ったじゃないか。で、分解とな。一つのアイテムを複数のアイテムに分解できるとかそういったものか。
「それだけじゃない。分解は魔法やスキルにも可能だ。」
え、スキルを分解するってそれはどうなるんだ。まさかスキルが使えなくなるとでもいうのか?
「そこまでじゃないな。相手が使っている魔法やスキルを分解して使えなくするのであって、魔法やスキルを使えなくする事はできない。」
なるほどねぇってそれほぼ無効化じゃん!? 強すぎな気がするんだけれど。
「そうでもないぞ。例えば、爆発の魔法の分解をしたとしても、爆発自体を無かったかのようにできるが、一旦発動してしまえば爆発で吹き飛んだモノなんかが襲い掛かってくるからな。とはいえ、単純な火の魔法なんかに対して手をかざせば簡単に無効化することができるけどな。」
いやだからそれでも十分強いっての。分解って多分だけれど、使える範囲があるわけでしょ。だとすると、その範囲内で分解することができたら、発動が上手くいかなくなるってことだろうから便利に決まっているじゃん。
「まぁな。分解ができれば敵の攻撃を無効化できる。吸収をすれば相手のエネルギーを全て自分の力にできる。更に…おっと、これはお前にはまだ早かったな。」
あ!? お前、私に勿体ぶった行動をとったらどうなるか分かっていてそんな事を言いだすのか! はけ! そういう風に言われるのは絶対に許さないんだからな!
「ヒントだけだな。錬金術士と言えば、やはり何をすることができるのか、だ。これは奥義みたいなもんでな。自分で気が付かないといけないことだ。せいぜい頑張りな。」
あ、コラ待て。おい、起きろ! あー、逃げやがった。錬金術士の杖を持ってみるが、何も変わったことは怒らなかった。その辺にぶつけてみたが、それでも何の反応もなかった。あー腹立つなあ。思わせぶりな発言が大嫌いなのでさっさと答えを知りたかったってのになあ。あーもう。急に現れてきては助言のような事をしてくるんだよなこいつ。
良いことを聞いたとは思ったけれど、分解ってどうやって使うのかはまだ分かっていないので、それは自分で頑張ってみるしかないって事だな。
「はぁ、ここに来て大して収穫が無かったって言ったから哀れんで教えてくれたってことなのかな。やれやれ。」
無効化なんて強すぎる能力だし、そもそも吸収がある時点で強くなっているのが分かるしで、最近自分の強さがよく分からなくなってきた。平均的なプレイヤーよりかは少し上くらいになっているのかもしれないけれど、こうしたスキルの恩恵があるだけで、私自身の性能は低い。いつも思うけれど、たまたま運が良かっただけなんだよなぁ。魔者の大陸から開始したというのもある意味では幸運だったのかもしれないな。
「おっと、こうしている場合じゃない。私もここから出るか。」
用も済ませたし、私も魔者の部屋から出たが、特に何も起こる事は無かった。意外にあっさり終わった感があったけれど、こういう時に罠が発動するというのもよくあるので、最後まで気を抜かないで移動する。ブッチ達は先に戻っているはずだから、私もさっさと戻らないといけないなと思うが、ここで焦らないように気を付けた。
そして、違和感。なんだか誰かに見られているような感覚がしている。気配感知には何も引っかかっていないが、不気味な気配を感じる。うーん、これは黒騎士か誰かが見ているってことなのかな。じろじろ見るなとは言いたくなる。念のため、鎌を持って移動したが、そうこうしているうちに、ブッチ達に追い付いた。
「おお! ねっこちゃんが鎌を持っているってことは何か敵がいたってこと!? 狡い! 自分ばっかり強敵と戦って楽しんできたんでしょう! 狡い!」
「そんなわけないっての! なんか不気味な気配がしていたから鎌を持っていただけだって!」
「ああ、つまりねっこちゃんのストーカーか。モテモテじゃん!」
「嬉しくない!!」
私の気配感知に引っかからないようになってているということは暗殺者か何かだろうか。私が油断しているところでいきなり攻撃をしかけてこようとしているなんて考えられなくもない。
「そのストーカーの気配は今もするんですか?」
「うん。すごいするよ。あっ、でもこのストーカーってエリーちゃんのストーカーだったりしそうじゃない!?」
「え、何でですか。」
「エリーちゃんはサキュバスだし人気ありそうだから。一方私は般若レディでか弱いだけだから。」
という説明で納得してくれるかと思ったがエリーちゃんの他みんなが訝しげな表情を見せた。
「姉御は魔者なんやから一番人気やで。多分。」
「魔者なんて今どき流行らないってのにねえ。はーやれやれ。もうちゃっちゃとここから脱出してしまおうよ。この後はビスケットと合流して、熱帯雨林行きたいし。」
熱帯雨林が元通りになってくれたらいいのになあと期待している。あのあたり一面を焼き尽くしてしまったのは私が原因なのでそりゃあ心配もしてしまう。
「まだドラゴンフルーツ集めを諦めていなかったんですか?」
「クロウニンと戦うからには大量に集めないといけないんだよね。」
「ねっこちゃんは集め過ぎな気がするんだけれど。」
「沢山集めれば生き残る事ができるんだよ。沢山ねえ。ふっふっふっふ。この重要さが君たちには分からないって事かな!」
「そうだね! 薬草をモンスターの口の中に大量に詰め込んで窒息死させる作戦なんて凡人の俺には絶対に思いつかな…ぷっ。」
「うるさーーい!」
あの頃は、そういった泥臭い戦いしか出来なかったってんだよ全く。でもあの時も手持ちの薬草が全然なくなってしまったわけだし、それを考えるとやっぱり大量に持っておきたいんだよなあ。
「ねこますサマガ、シマウマヲタオシタノハ、スゴカッタトオモイマス。」
こうやってたけのこのように素直に感心してくればいいんだけどなあみんなも。勝つために何ができるのかって重要な事だし、生き残るためにやれることをやっていくのはかっこいいじゃないか。
「ねこますドノガ、クセンシテイタトイウノガ、カンガエラレマセン。」
「ジツハヒトヒネリダッタノデハ?」
「私はいつも苦戦しかしていないよ。」
それもこれも、楽に勝てる戦いが無いのが悪い。大体強い敵が襲い掛かってきて、死の物狂いになっているわけだしなあ。
「でも、ねっこちゃんもそろそろ本気を出すんだよね。クロウニン退治を頑張るみたいだし。」
「そりゃあいつまでもここにいたいってわけじゃないからねー。」
私だって、そろそろ街に行きたいんだよ! そして人間の大陸を冒険したいんだよ! 大多数のプレイヤーともっと戦ったりしたいんだよ! このまま閉鎖的な環境のまま終わりたくない! という感情が爆発しそうになる。
「じゃあそろそろ行こう! いつまでもこんなところで燻っていてはいけない! 今のねっこちゃんは大分強くなっているはずだしさ!」
「…指パッチンで簡単にボスを倒せるくらいになるまでにはどうしたらいいのかなぁ。」
塔の天井を見つめながら、呆然とする私だった。現実逃避がしたくなる。簡単にボスが倒せないという現実に向き合いたくない。
「修行やないんか? あ、そういえば姉御はワイの力で強くなることができたと思うんやが。」
「そうだね。そのあたりを今日、草原に帰ったらやろっか。な? な?」
「グエー!? し、死んじゃうンゴ!」
「ああ、うん分かったから。」
だいこんは華麗にスルーしておくことにした。だいこんは今後私とずっと一緒にいることにする。だいこんがいれば、新しい強さを手に入れられるかもしれないしなあ。
「この感じは、修行編が始まりそうですね。」
エリーちゃんが漫画でよくありそうな展開を話し出した。いやいや、修行編なんて私達にはないから。それに修行なんてしていたら、時間が足りなくなるし。強そうな人に稽古をつけてもらっても、大して強くなれる気がしないし。
「ねっこちゃんは、本当に面白いよねー。」
またブッチの軽口か。やれやれだ。
「なんでみんな、第一ご主人は、かなり強いってはっきり言えないチウ?」
お、良いこと言うじゃんねずお! って違う! かなり強いって、強くないから! 強いとか言われて一瞬でもまんざらな顔をしてしまった自分が悲しい!
「とりあえず、みんな、さっさとエレベーターに移動して、ちゃんと1階からでたらビスケットにお疲れ様って言うの忘れないようにね。」
ずっと一名だけで塔の目の前で待っていたのだから退屈していそうだ。やる気には満ち溢れていたけれど、それにしたってずっと一人だけっていうのはあまり良いことじゃない。
「ねぎらうって結構大事だよね。」
「私もたまには労って欲しいなあ。あはは。」
「おおー! ねっこちゃんはお疲れかい! よし、ご褒美に俺と戦う権利を上げるよ!」
「いらん!」
余計に疲れるっての。やれやれ。さっさと草原に帰りたくなってきたよ。