第356話「魔者とモンスター」
魔剣に勇者という面白そうな内容の本があるのならば、必ず魔者の本もあるだろうと期待していたのだが、次に私がとってみた本は、猫の本や犬の本だった。これは何か恐ろしいモンスターの本かと思えば、現実にいる品種が紹介されている普通の本だった。とはいえ、これはこれで、面白みのある本だったので、つい、ぱらぱらとめくってしまい、時間を潰してしまった。
「ここの本ってさー、持ち帰ってもいいのかなぁ?」
「止めておきましょうよ。持ち帰ったら敵との遭遇確率が上がるなんてことがありそうですよ。」
「おっ! それは嬉しいじゃん!」
「そんな修羅の道は行かないでいいから!」
RPGではレベル上げをするときは敵との遭遇確率が上がるのは嬉しいけれど、それ以外の時はうっとおししものでしかなかった。もしもこのアイテムを持ち帰った後に敵がわんさかでてくるようになったらとても面倒くさいになるだろう。
それなら、この本がどれだけいいものであっても、わざわざ持っていく事はしたくない。要するに呪われるのと同じような事だし。
「アイテムとして入手したってメッセージがでないし、アイテム扱いではないってことなんだろうね。そうなると勝手に持って帰るなって意味合いが強い気がするよ。」
「えー。そこはほら、エリーちゃんとか盗賊だし、勝手に人ん家の本を持っていってもいいじゃんってならない?」
「なりませんよ! 私はどこかの墓荒らしとか勇者とは違いますからね!」
墓荒らしはともかくとして、やっぱりエリーちゃんの中でも勇者って空き巣のようなイメージがついているんだろうなぁ。
「ねこますサマ。ユウシャトハ、ワルイヤツナノデスカ?」
「勇気ある行動をするだけだから、そこに善も悪もないというかどちらかというと勇気を奮い立たせて自分勝手に行動するから悪な気がする。」
たけのこに聞かれたのでこのように答えたけれど、世間じゃ勇者が正義の執行者みたいな風潮が強すぎて辟易していると言いたいだけだった。
「えー。その身勝手に振舞えるのが勇者のいいところなんだよ! 逆らう奴は問答無用で叩き潰すって言うのが分かりやすくてさぁ!」
「力こそ正義のような者ですか。拙者はそういう分かりやすいのが好きでござるよ。」
…くろごまも結構ブッチに同調するところがあるから、やっぱりブッチと一緒に行動させていたほうがいいのかもしれないな。
「ところで、他に面白い本は見つかったの?」
「動物の本が多いよ。しかも普通の辞書とかそういうの。」
「へぇー。ああ、このあたりの本? どれどれ俺も…。こっこれはっ!?」
「ブッチニキ、いかにもわざとらしい感じがしたんやが、ここは驚いとくやで、なんやて!?」
「絶滅危惧種一覧だって!」
「へぇ。なかなか面白そうじゃん。」
「でもこれ、ねっこちゃんとエリーちゃん、見てみなよ。」
一体何事かと言われてブッチが開いたページをじっくり見てみると。ああ、これも現実にいる絶滅危惧種であって、このゲーム内にいるモンスターとかの紹介ではないんだなあ。いや、ひょっとしたらゲーム内に再現されている、なんて凄い事になっているのかもしれないけれど。
「あっ、これねずおちゃんに似てませんか? オキナワトゲネズミ? ですか。サイズは全然違いますけれど。」
…本には写真そのものが掲載してあったのだが、確かにねずおと似ている。サイズはねずおの方が圧倒的に大きいしちょっと幅が広い気がしているが、似ている。え、え? 絶滅危惧種からデザインしたってことなのか?
「…絶滅危惧種かぁ。密漁だとか大変なんだよね…。」
「ねこますさん! 一体何を考えているんですか!?」
「そうだよねっこちゃん! ねずおを売るなんてとんでもない!」
「はぁ!? そんな事考えるわけないでしょ!?」
どうして私がそんなことを考えなきゃいけないのかと思ったけれど、日頃の行いでも悪かったんだろうか。そんなことはないと思うんだけれどな。純粋に密猟ってまずいだろうと言いたいだけだったのに。
ああ、また考え事に没頭しそうになったからかなぁ。<アノニマスターオンライン>って絶滅危惧種をモチーフにしたモンスターなんかも結構いるんじゃないかなぁとか思ったんだよね。ねずおっぽい動物が掲載されていたのなら、なおさらそう思う。まぁなんでもかんでもいるわけじゃないとは思うけれど。
「もしかして、猫や犬やその他の本も、モンスターと関わり合いがあるって事になるのかもしれないなあ、って考えていただけだよ。」
「んー。それマジだったら魔者って相当やべー気がするね。」
「え? 何でよ。」
「モンスターを作り出したのって、もしかして魔者なんじゃない? なんて思ったから。」
「…!?」
全員がブッチに向けて驚愕の表情を向けた。ここにある動物の本。ねずおの存在。魔者は錬金術士でもあったということ。錬金術で動物同士を合成なんてことは、考えられなくもない。動物同士をかけあわせてつくった生物をキメラとかキマイラだとか言うはずだったけれど、そういうことを魔者がやっていた可能性はある。
いや、ちょっと待てよ。そうなってくると、私もそれができてしまうってことじゃないのか。モンスター同士を合成もとい調合する。スキル調合なんてものがあるくらいだし、怪物調合みたいな事ができてしまってもおかしくない。こ、これは結構ホラーというか、嫌な事実だ。
「…。」
今度はみんなが私の方を見る。まぁそりゃあ今の魔者は私のはずだしね。それに、ここにいるみんなというかたけのこ達のような存在を造り出す事ができるなんてことだったら、そりゃあまぁ、畏怖してもしょうがないと思う。
「で、ねっこちゃんはモンスターを造り出せるのかな?」
「現状できないね。だけど、何らかの手順さえわかれば可能になるかも、ね。」
モンスターを造り出す、あるいは生み出すか。それはなんというか魔者ならぬ魔王なんて言われる存在じゃないのだろうか。よくあるファンタジーだと、魔王が魔物を生み出しているなんて設定があるけれど、それが私にできるとしたら、やっぱり魔王という扱いになってしまうな。魔者だと大して威厳がある気がしないのに、魔王って言うとそれだけでなんか壮大なイメージになってくるな。
「もう魔者というか魔王だね!!」
ぐぐっ! 私が気にそうな事もやっぱりブッチはズバっと言ってくるなあ!
「でも姉御が魔王ってなっても何にも違和感がない気がするやで。むしろ、ああなるほどなぁって感じやで。」
「ワタシモソウオモイマス。ねこますサマガ、マオウダッタラ、ムシロウレシイデス。」
「拙者のマスターが魔王なんて歓喜でござる。」
…やめてくれ。なんでこんなに持ち上げられなければいけないんだ。嫌になってきた。魔者だけでなく実質的に魔王なんて存在になってしまったら、<アノニマスターオンライン>の全プレイヤーの敵になるようなものじゃないか。荷が重すぎるってレベルじゃない。そういうのは熱狂的なゲーマーとかに与えられるべきであって私じゃないだろう! いい加減にしろ!
「まだ推測の域をでてないし! なんとなく魔者ってこうかもしれないってだけだし! 私が魔王なんてありえないし! というわけで、もう少し本を漁ってみようよ! 魔王なんて存在が他の本に載っているかもしれないし!」
「ねっこちゃんってたまにすごい往生際が悪い時があるよね。そこがいいんだけれど。」
「納得がいかない事には最後まで抵抗しろって言うのが私のモットーみたいなもんだから! か弱い般若レディに何をさせるつもりなのって思わない!?」
「いやぁ。その鎌で沢山のモンスターを血祭りにあげておいてそれはないっす。」
「ええい! そんなツッコミは欲しくないんだって! もうちょっと紳士的な優しさはないのか!」
「何かあったら俺が絶対守ってやるぜ!」
「ここぞとばかりにかっこつけるんじゃないっ!」
だめだ。疲れてきた。だけどまだ本を読み終わってはいない。図鑑のような本以外もそこそこあるはずなので、まだ読んでいきたいな。でもここにずーっといるのも嫌なんだよなあ。なんだか落ち着かないって言うか、何か起こりそうな不安感があるし。かといって一回でてもまたイベントが発生しそうな気がするから簡単に出たくもないし。まぁしょうがない。ここからは、どんどん本棚から本を出して魔者について書かれていそうなものだけ読むことにしよっと。ああ、一応床にばらまいたりはしないようにしよう。
何かの罠が発動したら嫌だし、本の順番が変わる事で問題が起きることもありそうだしな。ふぅ、なんだか面倒くさいことになってきたけれど読書を頑張るぞ!
「ねっこちゃんの諦めないところも好きだぜ!」
「<アノニマスターオンライン>での私の立ち位置がどうなってしまうのかって大事なことだからね。ここできっちりさせておかないといけないよ。」
どうしてこんなことになったのかなぁというのは本当に何度も言ってきたけれど、普通のゲームプレイとは無縁って言うのはよく分かっている。魔者の大陸から開始するプレイヤーが現状私達3名だけっていうのがそれを物語っている。
一般的なプレイヤーそのものだと私自身は思っているのだけれど、魔者という存在がそれを許さないのであれば、ある程度はそれに沿った方向性に行くしかない。
私はキャラクターを作り直すなんてことはするつもりが一切ないし、それをしたら折角仲良くなったみんなとも離れてしまうことになるし。
それに…そんなことになったら草刈り、薬草集めができなくなってしまう! 草刈りはもはや<アノニマスターオンライン>をプレイする上での日課のようなものになっているのに、それができなくなるなんて困る。
草刈りも最初は疲れるなんて思った事もあったけれど、今ではそんなことは一切ない。それが出来なくなるようなことがないようにしたい。
そして、何より、薬草を売れば現実でもお金になるんだったら、それを利用しない手はない! 私はそこそこがめついほうなのでそこも譲れない。
「私の楽しい<アノニマスターオンライン>ライフのために、ここにある本を読みまくってやる!」
そうして私は、また本棚からの一冊の本を取り出すのだった。