第355話「本探し」
錬金術士の杖にいる自称魔者が、私を乗っ取ろうとしているなんてことを考える理由に至ったのは単に私が様々なゲームをプレイしてきたからだ。更に、ゲームと関連性が高いアニメだとか漫画だの様々な創作物に触れていくと、なんとなくこういう展開があるのではないかと考えてしまうようになる。要するに、前はこういうことがあったし、これもこういう展開がありそうだと考えてしまうというわけだ。
でも乗っ取ると言っても私の意識そのものを乗っ取るとかじゃなくて、ゲームのキャラというかねこますが動かせなくなるみたいなそういうものだろうと私は認識している。だけどもし、NPCが現実の人間を自在に操れるようになってしまったら、なんてことも考えないわけではなかった。
<アノニマスターオンライン>はそのあたり安全対策がしっかりしているはずだけれど、万が一、本当にこのようなVR世界のキャラクターに乗っ取られてしまったらどうなるのかなぁなんて考えてしまう。
「お前は、在り得もしないことを、可能性が低すぎることを信じ過ぎていて、愚かだな。」
世界なんていきなり滅ぶことがあってもおかしくないって思っているからねえ私は。大地震や台風などが大災害を生み出して、あっという間に死んでしまうことなんてあるし。低確率だろうが何だろうが、可能性は常に考慮しておくべきことでもあるんだよ。
(母上は、ちょっと過剰な時がありますけれど。)
うっ。ひじきってばもう。私はいつも警戒しているだけなんだよ。大体今まで沢山騙されてきただけあって、もう何も信じるか! なんて思ってこともあるし。
(何と言いますか、不憫ですね…。)
うんうん。私もそう思うよ。だから私にこんな疑いばかり持たせるようなことをさせないで威風堂々と、正々堂々と小細工なしでぶつかってこいって思うけれど、そんなことがないのが現実だからね。というわけで、魔者、さっさと色んな情報を私によこしな。
「お前は思いこみが激しすぎる。それでいつか自滅するぞ。それと、何度も言うが、俺はお前に必要な時に必要な情報を与えるだけだ。」
つまり役立たずと。使えないなー。あぁそうだ。だったら別な事を聞くか。魔者としてもっと強くなる方法は何かあるのか?
「お前ならもう分かっているはずだろう。」
まぁね。そこらにある魔素というかあらゆるエネルギーを取り込んでいけばいいって事だよね。ヴァンパイアロードの力を取り込んだみたいに、どんどん吸収していけばいい。それをするだけで私はかなり強くなれるはず、なんだろうけれど、何のリスクもないわけじゃないよねこれ。
「吸収しきれずに余った力は、暴発する。それは自分自身だけでなく周囲一帯を消し飛ばしてしまうだけの力かもしれないからな。」
そりゃおっかないなあ。吸収は出来るだけ制限して使わないといけないな。
(母上は無理し過ぎるときがあるので、絶対に無茶な使い方をするでしょう。断言出来ます。)
うん。私も絶対そうなる気がする。自爆するなんて嫌だけれど、いつかやらかす自信はある。というかやらかさない方がおかしい。
「お前、何で最初から失敗する気でいるんだ。」
絶対に無茶しなきゃいけない時があるから。そうなったら、自爆覚悟で使うくらいやってのけるよ私は。それで上手くいくなんて思ってやろうとするとむしろ失敗するから、失敗を前提としてやっていかないと駄目。
後は気持ちの問題か。失敗するなって言われるのと失敗してもいいよって言われるのでは後者の方が気持ち的に楽だし。失敗するな、なんていかにも重圧がかかって、むしろ失敗を誘発させたがっているようにしか聞こえない。まぁ失敗していいよなんて逆に言われて重圧を感じる人もいそうだけれどね。
「で。俺はお前のおしゃべりにあとどのくらい付き合えばいいんだ。」
「あー。そしたら、あと一個だけ。」
「なんだ?」
「私の名前はねこますだ! お前の名前も教えろ!」
「…名前などない。」
「じゃあ今日から。」
「やめろ! お前の壊滅的なセンスで俺の名前を付けるな。どうせ野菜か何かの名前なんだろう?」
おー当たっている。私としては、しいたけとかどうかなーって思ったんだけれどなあ。まぁ名づけされたくないってんならいいか。特別に魔者と呼んでやるとするか。
「…。」
この後、錬金術士の杖に向かって話しかけたものの返事がこなくなってしまった。こいつは私を乗っ取ろうとしているって認識でいることにしようっと。
「ねこますさーん? 起きてますかー?」
「あいよー。今ちょっと、精神が別世界というか、魔者の偽物っぽい奴がいるところで会話してた。」
「凄いじゃないですか!? 何か分かりました!?」
「私が強くなる方法がはっきり分かったくらいだね。後は収穫なし、というわけでやっぱりここらの本棚を読み漁っていくしかないね。」
本棚に本は沢山あるが、どれが有益な本なのかよく分からない。背表紙にタイトルなんてついていないものが多いし、本を開いてから初めてどんなものなのかが分かるようになっている。
これらの本に、何らかの罠が仕掛けられていて、どこか遠くの大陸に飛ばされるようになっていたら嫌だなあ。
「そこら辺の本ってなんとなく罠が仕掛けられていて、どこか見知らぬ土地に飛ばされるようになってそうで怖いよね。」
「ブッチ! 私が考えたこととほぼ同じことを言わないでくれる!?」
「あたしは、本の世界に閉じ込められるみたいな事を思いついてました。」
「それもそれで不吉ぅうう!」
なんだか本を読みたくなくなってくるじゃないか。私は最低でもあと数冊は読んでおきたいなあと思っていたのに、なんだか、運ゲーをやっているような気がしてきた。適当に本棚から、本を引っ張り出すだけで、何か起こりそうで嫌だなあ。実は本棚に何かのスイッチがあって、そこから別な部屋に入れるとかありそうだけれど。
「この部屋に入った時から私達はギャンブラーだったということか。」
「むしろ姉御はいつもギャンブラーな気がするやで。」
ギャンブルするしかない状況に追い込まれ過ぎているだけなんだよなあと言いたくなったけれど、ここは敢えてツッコミをいれないでおこう。
「なんなら、俺がそこらの本を代わりによんでやろっか?」
「何か恐ろしいことが起こるかもしれないのにいいの?」
「そんときゃそん時って考えないと、前に進めないしなー。というわけで、この辺りの本はどうかな!?」
ブッチが、本棚の一番上にある一冊の本を取り出した。
「えーっと伝説の魔剣ゼロデワルダーについて? ほぉー!? 面白そうじゃん!」
「魔剣とは、また恐ろしい強さを誇っていそうでござるな。」
「もしそんなの手に入れたとしても使えるのは、イッピキメトニヒキメだけか。」
剣を持てるのがこの二匹くらいだ。私はと言えば、鎌以外を使うつもりがほぼない。
「魔剣ゼロデワルダーは、全ての存在を無に還すことができる魔剣である。しかし、その威力を発揮するためには、使い手がその力を使うに相応しい人物でなければならない。」
…選ばれた者だけが使われる武器って事かあ。しかしゼロデワルダーねえ。割り算では、0で割ってはいけないって言うルールがあるけれどそれに抵触したような名前だなというかそれが多分名前の由来だろうな。
私は使えないけれど、ちょっと欲しく放ってくるなあ。魔剣とかどれだけのものなのかなって、凄い気になってきた。全てを無に還すとか、かっこよさそうだし。あ、でもこういう良さそうって思ったものほど、見た目はあまりかっこよくなかったりするんだよなあ。
「魔剣ゼロデワルダーは、今もこの地のどこかに眠っているだろう。だって。」
「え!? じゃあその魔剣はこの魔者の大陸のどこかにあるってことですか!?」
「全てを無に還すとか恐ろしいチウ。ガクブルチウ。」
うんまぁ恐ろしいね。じゃなくてぇ! もう、どうして魔者とはあまり関係なさそうな話題になってくるんだ。またしても本題に入れそうにない本じゃないか。
一応どんなものなのか知っておくことは大事だと思うけれど、まずは目的を達成したいんだよ私は。くそーいつもいつも脱線ばかりして!
「じゃあ次はエリーちゃん。取ってみる?」
「うっ。あたし、ギャンブルは苦手なんですけれど。」
「第二ご主人頑張ってチウ!」
「ね、ねずおちゃんが応援するならあたしも頑張る!」
エリーちゃんは、最下段から一冊本を取り出した。何か結構分厚い気がするけれど大丈夫なのかな。見た目的には辞書っぽい気がするけれど。
「これは…伝説の勇者の本。」
「う。おおおおおおおおおおおおお!? いいねいいね! 大当たりじゃん! 伝説の勇者の本とかまじ面白そう! なんか俺ワクワクしてきた!」
なぜか急にはしゃぎだしたブッチだった。でもまぁ勇者かぁ。確かにはしゃぎたくなる気持ちは分かる。とある大作RPGの主人公が勇者だったからなあ。勇者と言えば主人公というか、一番強いみたいな強烈なイメージがある。一方で器用貧乏なところもあるので、育て方次第では弱くなりすぎるなんてこともあるだろうなあ。
「伝説の勇者、かつて、大魔王を倒した存在。その力は、どんな敵でも真っ二つにすることができたという。そしてその魔力はあらゆる敵を燃やし、天の怒りによって裁きをくらわせ、世界に平和をもたらした。」
ありきたりなストーリーだなあ。まぁそこがいいって言うのもあるんだろうけれど。勇者かぁ。<アノニマスターオンライン>でもいるってことだよなあ。魔者と同じで一人だけなのか、それとも実は何人も勇者になっているのだろうか。
いずれ魔者の私と戦うことになるなんてことじゃないだろうなぁ。そんな恐ろしい奴と戦わなきゃいけなくなったら嫌だなあ。大体勇者って主人公だから、戦いには勝つって言うのが当然みたいなイメージがあるしなあ。
「勇者かぁ。一度戦ってみたいなあー!」
「ブッチが勇者を倒しちゃったら魔王なんて呼ばれるようになるかもね。」
「それはちょっと嬉しいかもしれないな!」
…嬉しいんかい。