第347話「漆黒の壁と調合」
恐れていた事態が起こってしまった。漆黒の壁が熱帯雨林に徐々に内側へ移動し始めた。火に関しては、サンショウが水魔法と氷魔法が使えるので消し止められるし、私も水遁でなんとかすることはできるのだが、この状況はまずい。
一度ブッチにメッセージを入れるべきかと思ったが、丁度エキサイトしているのではないかと思うと、水を差すような真似はできない。それにブッチだって今の状況は理解しているはずだ。だからこそ私は信じて待つのみにしておきたい…んだけれどやっぱり追い詰められているような状況は苦手だなあ。
制限時間以内の脱出イベントだけじゃなく、制限時間内に敵を倒せイベントも苦手なんだよね。焦って操作ミスして、普段なら楽に倒せる敵にも苦戦してゲームオーバーになるってこともあったし。
「嫌な状態だなあ。これ、なんとかならないもんかね!」
鎌を黒薔薇の型にして漆黒の壁を斬り裂いてみているが、結果は変わらなかった。サンショウの魔法でもやはり効果が無かったし、この壁は一体何で出来ていると言うんだろうか。この壁の力をもしも使えるようになったら、かなり便利なので、とても気になってしまった。
「闇の魔法と何らかの力が混ぜ合わさっている状態ですね。しかしそれが何なのかは我にも特定ができていません。」
何らかの力かぁ。そんなもの分かるはずも…。あれ、えーっとどこかで教わった気が。あ、闇の素。これは先生から教わったじゃないか! すっかり失念していた! 闇の素か。言われてみれば確かにここに混じっていそうな気がする。これって、錬金術士の杖を使って操作することができるんじゃないだろうか。私は杖を取り出してみた。今回は魔者から何も語り掛けられないな。
「ちょっと、試してみたいことがあるから、みんなは少し離れていてね。」
闇の石を作った時の事を思い出しながら、錬金術士の杖に力を込めてみた。そして漆黒の壁の中に杖を突っ込んだ。普通に入れたことが驚きだが、何だかとても冷たい感覚に襲われる。ぐぐっ。流石に簡単に操作するなんていかないか。だけど私は諦めるつもりはなかった。ここでこの壁の中にある闇の素を操作して、壁から取り除いてしまおう。杖をゆっくり動かし、闇の素を操作していくことに意識を強めていく。
漆黒の壁に歪みが出来ていく。おお、やっぱりこの闇魔法の中には闇の素も入っていたということか。これをこのまま操作していけば、この魔法事態の解除が出来そうだ、なんて考えていたけれど、闇の素の操作がほとんどできていないことに気が付いた。うぐぐ、先生の所では本当に基本だけしかやっていなかったから、操作しようにもすごい神経を使うと言うか、普通に筋肉も使っているみたいな感じなので結構辛い!
「うぎぎぎぎぎぎ!」
錬金術士の杖を動かそうと全力で動かそうとするのだが、これがかなりきつい。よ、よしこうなったら。
「恐竜力! うわわっと!?」
恐竜力を使えば、腕力だのなんだのが強くなるのでやってみたが、おかげさまで動かしやすくなった。よし、これならいけると思い、錬金術士の杖でぐるぐるとかき混ぜてみる。
「闇の力よぉお。どこかに消えてしまえぇぇ!」
そういえば私も闇の錬金術士の弟子なんだから、こんな闇くらい何とかしなきゃ駄目じゃないか。ドーラ先生の名に傷をつけることになってしまう。それだけは勘弁だ。操作、操作だ。闇の力を操作、制御してこの壁を分解してやる!
「ロード様の闇を分解している…だと?」
「まさか…そんな。」
おっ、これは私の凄さに驚愕しているということだな。ふふっ、どんなもんだい。私だってやればできるんだよ! ってこの闇ぃい!?なんか私の杖にどんどん巻き付いてきていないかって!? んぐぐぐ! おおお、私を乗っ取ってやるみたいな勢いだ!
「ねこますサマ!? ダイジョウブデスカ!」
「大丈夫!! このぉおおお!」
考えてみれば、こんな巨大な壁を解除しようとしてているのだから、かなりの力を使って当たり前だったのだが、なんとなくいけると思い込んで突っ走ってしまった。だが途中で辞めることは許されないようだ。杖に大量の闇の素が集まってきている。これが制御しきれなければ、暴走して私達は全滅してしまうかもしれない。
「分解だぁぁぁあ!」
私の杖に集まってくる闇の素を外に吐き出すようにしてやる。飛び散った闇の素が、再び漆黒の壁に戻る事はなく、消えていく。つまり私が今やらなきゃいけないことは、分解だ。漆黒の壁に含まれている闇の素を全て分解する。そうすれば漆黒の壁は形状を保てなくなり、消滅するだろう。
「う、くっ!? んっ、ぐうううう!」
膨大な量の闇の素が私に襲い掛かるように集まってきている。くそっ! これだけの量の闇の素があれば! 闇の石を大量に作れていただろうに! ふざけるなああ! ってそうか!? これを、そこらへんの岩に混ぜ合わせてやればいいんじゃないのか!?
「みんなぁ! そこらからでかい岩を集めて私の近くに放り投げて頂戴!」
「マスター!? 分かりました!」
「拙者も岩を持っていきます!」
みんなに指示をを出すと、すぐに岩を持ち運んできてくれた。特に頑張ってくれたのはサンショウで、魔法で私の周囲に岩を大量に運んでくれた。よし、! これならあああ!
「調合!! 闇の石になれ!!!」
錬金術士の杖に溜まった闇の素を、大きな岩に向かって投げつけてみる。すると、大きな岩は黒く染まり、闇の石ならぬ闇の岩になったようだ。
「おおっとおおお!? また溜まってきたぁぁ! みんなもっと! あとそこの岩はどこか別な場所に運んで!」
「ガッテンショウチ!」
いつも通り全員がガッテンショウチと反応した。なぜいつもその反応なのかは謎だけれど、それに構っている余裕はなかった。
「調合! 闇の石! 調合! 闇の石! うああああ!」
錬金術をガンガン使っていかなければ死ぬ状況なので、ひたすらやっていく。意図せず錬金術の特訓になってしまっているが、命がけの特訓なんてたまったもんじゃない。ヴァンパイアロードの奴め、私にこんな苦労をかけさせやがってふざけるんじゃない! いや、私だけじゃないか。みんなにも迷惑をかけさせているな!
「こんな壁取っ払ってくれるぅうう!」
調合だけだけじゃない、分解だってやっている。岩だってそこらから探してきてもらっているが、ここに大量に運ぶわけにはいかないし、何より邪魔になる。分解と調合の両方を実行して壁をなくしていく作戦だ。一応少しずつ壁は消えていってるのは確認できる。
「もおおおお!休憩ができないとかふざけてるのか!」
既に40分くらい経過している。一切休まずにずっと集中してやっているのが辛い。途中でやめられないか試してみたが、無理だった。どうやら、私がやってしまったのは、漆黒の壁全体の分解と調合だったようで、それが完了するまで止められないようだ。現に、闇の素は勝手に錬金術士の杖に集まってきているし。これは、今後の課題だ。先生に再開したら途中で調合を辞める方法を教わろうと決意したのだった。
「きっつぃ! なんなんだこれぇ! ひぃい! うおおおお!」
持久戦とか私は慣れていないんだぞ! ブッチみたいに、延々と戦い続けられるほどのスタミナは私にはない!
「闇の素を、分解! 」
最初に分解していた時よりも分解できてきている。私は、これを極めなければいけないのだろう。もっと全てを分解して、ひたすら調合をしていく。ただそれだけの事をもっと上手にならないといけない。
「おいおい、分解じゃなくて吸収するんだよ。お前なら出来るだろ。」
「また最悪なタイミングで話しかけてきやがって! 吸収だーっ!?」
「おう、やってみな。」
錬金術士の杖から聞こえてくる魔者の声。こいつが一体何者なのかは今も分からないが、たまにくれる助言は役に立つことが多いので、素直に聞き入れることにした。だけど、吸収とかどうやるか分からないっての! だけどやるしかないならやるよ私は!
「吸収! ってこれはっ!?」
私の体が黒ずんでいく。吸収ってやばくないかこれ!? なんかこう闇落ちというかそういう邪悪な存在になり果てようとしているみたいなさぁ!?
「アホっ! それは吸収じゃなくて力に乗っ取られているだけだ! 身を委ねるんじゃなくて、その力を支配する気概を持て!」
「それをさっさと言えええええええ!」
乗っ取られるってなんだこの! アホなのはお前だろ! 腹が立つなあもう! 力を支配だな。闇の素の力よ! 私の物になるがいい! おおっと今度はなんだ!?
「ね、ねこますサマノチカラガ、ゾウダイシテイル!?」
たけのこの言う通り、闇の素を取り込んだからか何か知らないが、全身が軽くなっているようなそんな気がしてきている。更に吸収を続けていくが、やはりとても大きな力を感じる。だけど今度はこの力に飲み込まれないようにしなきゃいけないじゃないか。
「それが魔者の力の根源でもあるからな。お前はここから急激に強くなるだろう。」
だからそういうことは最初から言えっての! そして私はこんな力ばかりが欲しいわけじゃない! もっと可愛らしさとかそっち系はないのか! なんでこんな禍々しい力を持たなきゃいけないんだ! どんどんおかしな方面に強くなってきているけれど、これは私が望んでいる進化じゃない!
「壁が…どんどん消えていくでござる。」
「ねこますドノ…。コノカベヲトリハラウトハ…。」
「まっまだ消えてない! 消えてないから! ああもうこの壁は全部消えてなくなってしまえっ!」
私は漆黒の壁から流れ込んでくる大量の闇の素を制御し、一気に吸収する事にした。このまま時間をかけていけば疲労で倒れてしまいそうだったからだ。それならいっそここで、死力を尽くして吸収してしまったほうがいいと判断した。だが、熱帯雨林全域を囲うかのような壁だったのだから、そのエネルギーも膨大だった。
吸収しきれず、私自身が爆発でも起こすのではないかと思ったが、その心配はなかった。そう、私は全ての闇の素を吸収する事に成功した。気持ちとして、なんだかおなかいっぱいになったような感じだった。
「ゲップ。ううー。般若レディなのに、はしたないけれど、出てしまったよ。」
頑張ったんだからこのくらい勘弁して欲しいんだけれどね。