第336話「ヴァンパイア?」
この広大な熱帯雨林全体から、どこにいるかも分からないヴァンパイアか何かを探すというのは、どう考えても無茶だった。ドラゴンフルーツ狩りが進んできたので、しばらくすれば、草原に帰れたというのに、そんな時にこのような状況になるのが腹正しかった。
何かから狙われているというのが分かったのは良いことだけれど、現状の問題はブッチ達が漆黒の闇で覆われた空間から出られなくなっている事だ。これはブッチがなんとかしようと奮闘中だ。もしかしたらブッチだけじゃなくて、くろごま達が手助けしているかもしれないが、簡単に敗れるようなものでもないと思うので、時間は相当かかるだろう。
私は気配感知を全開にしているのだが、何も見つけられない。この異様な状況も、やはりヴァンパイアか何かが作り出しているに違いなかった。さて、そうなってくると他に考えるべきことがあるな。ブッチ達を覆っているあの闇。それ自体がもしかしたらヴァンパイアなのかもしれない。自分自身を漆黒の闇に変化させて、太陽の光を遮っているのだと思われる。ああ、ちなみにこのゲーム内でも普通に太陽は存在しているし、月も同じように存在している。まぁそのあたりについて別に意識はしていなかったけれど。
ヴァンパイアが闇そのものになっている、だから気配感知では探れないとしても、他のモンスター達も消えているのはなぜなのだろうか。特定のモンスターを相手にしている時は、他のモンスターがしばらく出て来なくなるといったことが考えられるが、もしかしてそういう仕様なんだろうか。
となると、もしヴァンパイアを倒したら、その後毒狸以外のモンスターが一気に出てきてしまうということも考えられるだろう。
「みんなは、ここで不気味な気配を感じたりはしない? どんな些細な事でもいいから、気になったことがあったら教えて欲しい。」
「マスター! じゃあ俺からいいかな!」
「はいどうぞ。」
「マスターのお友達が全部解決してくれるみたいな話ではないんですか?」
「できると思うんだけれど、時間の問題があるからね。そんでもって、ブッチ達の動きをほぼ封殺しているようなものだし、私達を狙ってくるかもしれないから、何もしないってわけにはいかないんだよ。」
全部丸投げしてしまっても問題ないかのように思えるところはある。が、それだと問題がある。ヴァンパイアが複数いた場合だ。この場合は、一匹がブッチ達の相手をして、もう一匹を私達が相手をしなければならない。ブッチ達が二匹同時を相手にするなんて無茶な事をするのも有りだろうけれど、そこまで任せるのは私自身、納得がいかない。
「ヴァンパイアってなんか根暗ですね。そういうジメジメした戦い方、俺嫌いですね。」
「ジメジメって。いや笑わせないでくれ。」
確かにヴァンパイアってどちらかというと日陰者って感じなのでそう言いたくなる気持ちも分からないでもないけれど根暗とか言うのは、うんごめん。面白い。
「ネクラ。ソウデスネ。アタマハイイノカモシレマセンガ、コソクデスヨネ。」
「ソンナシュダンヲトラナイト、カツジシンガナイトイウノガナサケナイデス。」
「オクビョウモノデスナ。」
あっれぇ!? みんな結構好き放題言ってるなあ。ちょっと面白くなってきたな。でもあまり悪口を言いすぎるのも可哀そうな気がして…こないな! いちいち面倒くさいことをしてきて、正直苛ついてたし、このくらい言われてもいいな。まあ本当にヴァンパイアなのかどうかは分からないけれどね。根暗っぽい気がするのは確かだ。
(ヴァンパイアと言えば、かなり高位のモンスターのはずです。それこそリッチであるサンショウ様と同等であるはずですが…。)
サンショウは威風堂々と言うか貫禄があるんだよなあ。それに比べたらヴァンパイアの方は、こういうやり方がなんだか、高貴な気分を感じさせないと言うか。狡猾さはあるといえばあるんだろうけれど、私のような奴にびびっているような対応なので、ちょっとなぁと思ってしまう。
恐らく、私が魔者であるということに感づいているのだと思うが、それにしたってこんな入念な準備をする必要性はあるんだろうか。あるいは、私以外の魔者に痛い目に遭わせられた経験でもあるのだろうか。…ありそうだ。あの魔者は陰湿そうな感じがするしなあ。
「一通り悪口を言ったところで、振出しに戻ろうか。ヴァンパイアかどうかも分からないけれど、多分どこかに隠れているのは間違いない。だけど、気配感知をいくら使っても見つからないので、このままだと埒が明かない。」
ブッチ達がこの闇を破るまで待つというのでも構わないと思うようになってきた。そうなるとこの辺り一帯が闇に覆われてしまって、敵が最も有利な状況、私達にとっては最も不利な状況で戦うことになるだろう。が、それでもいいと思い始めてきている。だって、今攻撃してこないってことは結局時間稼ぎをしているってことなんだろうし、有利な状況じゃないと戦いたくないってことなんだろうから。それまで待った方がむしろ手っ取り早い。
「一応、みんなで協力して気配感知を強化して使ってみるかな?」
ひじきに魔力を与えて、魔力感知と気配感知を同時で使えばいいというのがある。それと。
「ビスケット。このあたりに敵がいるかどうか探れるんだよね?」
「できますけど、ヴァンパイアは見つかりませんでした!」
「今から私の気配感知とひじきの魔力感知を使うから、もしかしたら、ビスケットの敵の探知か何かで引っかかってくるかもしれないから、やってみて。」
「はい! 見つけ次第抹殺ですね!」
「あー。うん。そうだね。」
よし、それじゃあ早速ひじきを召喚する。黒い蛾が、私の手の平から現れ…。あれ? ちょっとサイズが一回り大きくなった?
「なんかサイズが大きくなった気がするんだけれど。」
「ええ。私も少しずつですが成長していますので。」
それは何よりだ。それじゃ早速で悪いんだけれど、気配感知と魔力感知行くよ!
「はいっ! 魔力感知!」
「気配感知全開!」
…反応は、全然ない。何も反応が無い。あの漆黒の闇は魔力の塊とかいうわけではないんだな。単純にただの闇というわけではないと思うんだけれどなあ。
「きたきたきた! きましたよマスター! マスターのおかげで、あの黒い闇から反応が出てきました! あれは、あれこそは! あの闇こそヴァンパイアロードのようです!!」
「ろ、ロードだぁあ!?」
嘘だろう。ただのヴァンパイアじゃない。ヴァンパイアロードだと。単純に略すとヴァンパイアの王ってことになるけれど、そんな大物が何でこんなところにきてこんなことをやっているんだ! 王の癖に私達相手にそんな真似するなっての! くそう! 折角強そうな敵が出てきてびびってしまったのに、やっていることは小物がやりそうな戦い方なので、強そうに感じない!
「結構ピンチなんじゃないかこれぇ。」
ヴァンパイアロードが作っている闇だなんてそんなもの破れるわけが…。あー。いや、これを逆手にとってみようかな。できるわけがないよね見たいなことをブッチに言えば、むしろ燃えてくるタイプだと思うし。よし、ちょっとメッセージで挑発してみるかな。
内容は、敵の素性が判明したよ! ヴァンパイアロードっていう強敵のようだ! ブッチは私の為にこの闇をブッチ破れるかな!? …うわ寒い。けど試しに送ってみよっと。
マブダチからのメッセージ:ハハハハハハハハ! まじちょー面白いよねっこちゃん! そんでもってすげー燃えてきた! ぜってーこの闇ブッチ破ってやるよ! ヴァンパイアロード!? いやぁ面白くなってきた! やっぱりねっこちゃんと一緒にいると強そうな奴が出てきて最高だ! なんとしてもここから出てそいつとサシで戦いたい! うおおおおお!
あぁ、やっぱり燃え上ってしまったようだ。これは本当にこの闇から脱出できてしまうんじゃないだろうか。相手はヴァンパイアロードだって言うのに、なんだかブッチだったら本当になんとかしてしまいそうな気しかない。
物凄いテンション上がっているし、戦いたくてうずうずしているだろうな。ヴァンパイアロードがどれほどの強さなのかは分からないけれど、私もブッチがどれだけのプレイヤーになっているのかというのを見てみたいので、是非ともこの闇から脱出して貰いたいな。
「ブッチが、絶対この闇を破るようなので、みんなもう大丈夫だよ。」
「ブッチドノガ、ホンキニ!?」
「ソレハ、タノモシイデス。」
「ヴァンパイアロードハ、コレデオシマイダァ。」
ビスケットを除いたみんなが震えているな。攻撃をひたすら回避しまくって、攻撃をひたすら当てまくるとか地獄のような戦いをしてくるからなあ。あれは敵に回したらみんなのトラウマになるんだよね。ああー、私もブッチとは戦いたくないなあ。
「うー。なんかみんな楽しそうですね。マスターのお友達はそんなに凄いんですか?」
「かなり凄いよ。ヴァンパイアロードも多分一捻り。多分ね。」
「やべぇ! 早く会ってみたいです!」
ビスケットとブッチは出来れば会わせたくないんだよなあ。なんだかうざい行動をとりそうな気がするので、今からどんな風になるのか浮かんでくるよ。
「まぁ、すぐ会えるよ。」
もうすぐ、闇をブッチ壊してくるだろうからね。