第312話「蜃気楼?」
蜃気楼じゃないか。私は、そう思った。光の屈折だか何かで、そこにはない物が見えるというものらしい。正確にはどんなものだったか忘れてしまったけれど、今見えているのは全く別な場所にあるものだと思われる。
だけど、先ほど真空波でドラゴンフルーツが落下したのだから、蜃気楼はありえない。そう思ったのだが、今私達が向かっている大きな樹に一向に近づけない。おかしい、真っ直ぐ進んでいるはずなのに、全然たどり着かない。どうせまた魔者の試練とかいう無限ループの状態にでもなっているんじゃないのかとも思ったがこれもまた違うようだ。
景色は変わるし、同じ所をループはしていない。だからこそ蜃気楼ではないかと思っている。正確には動く蜃気楼みたいなものというかそのようなものじゃないかと思っているんだけれど。
「飛行を使って近づいてみても駄目ってなんなんだよもう。」
どう考えてもおかしな状況に思わず苛立ってしまう。というか、落下したと思われるドラゴンフルーツも、周囲を探してみたが見つからなかったし、これはもう何者かの攻撃を受けているんじゃないだろうか。
「イツマデモチカヅケナイノハオカシイデス。」
最初はみんなも、ドラゴンフルーツが手に入るということで元気よく飛び出していったのだがこの状況に不満があるようだ。あと少しのところで手に入らないと言うのが人を焦らせる有効な手段であるというのを熟知しているかのような展開だな。これは何かのイベントが発生しているに違いないのと、あれはもう罠だということにしないとやってられない。
「手に入らないのなら、もういいや。あれは無視して別な所に探しに行こう。」
「え、諦めてしまうんですか?」
「手に入らない物に執着するのが嫌だからね。あと少しで手に入りそうな位置にあるものが、手に入らないなんてことがこれまでも沢山あったから。」
パズルゲームではよくあることだ。目の前にいきなりゴールがあるのに、そこには見えない壁があり、簡単に進めないようになっていることがある。他にも、最初に扉があるのに、実はその扉が偽物で、その扉に入ろうと頑張っていると時間制限に引っかかってしまうというものだった。
だから、求めすぎるというのは実に危険な事だというのを私は身をもって覚えた。他にも道があるかもしれないのに、目の前にある餌に釣られてしまい、視野が狭くなるというのは駄目なことだ。そういうゲームを経験してきたからこそ、それがよく分かっている。
「モッタナイノデハ。」
「アトスコシナノデハ。」
のめり込んでいる者は、このように勿体ないという事で他の道を探すのに渋るようになる。あと少しで上手くいきそうなのだからと言うことしか考えられないようになる。というかあの樹はこういう現象を引き起こするためのものなんじゃないだろうか。こちらを焦らせようとしてくる罠、なんて嫌な樹なんだろうか。
(母上は、勿体ないとは思わないんですか?)
だって、前にここに来た時は、あの樹からじゃなくて普通にドラゴンフルーツを手に入れたからね。だから、探せばあの樹じゃなくても手に入るってことが分かっているし。わざわざ苦労してあの樹の所に行く必要が無いんだよ。ということをみんなに説明してなかったので話すことにした。
「でも、結構近くにある気がするのになあ。あっ!? いいこと閃きましたよ!」
「あーやってみてもいいけれどそれも多分無意味。見え方の問題だと思うからね。」
ビスケットが言おうとしたことは、配置だ。例えば私が今この場所にいるとして、他の皆は樹から遠ざかる。すると、私のいる位置に樹が動くのではないのかということだと思うが、ただの見え方の問題だと思うので、樹が私の近くに来るということは絶対にないだろう。
「一応、一応やってみましょう!」
「じゃあ私がここで待っているから、みんなは後ろというか向こうまで走ってみてね。」
私以外はやる気満々だったので、任せることにした。まぁしょうがない、こういう事は納得が必要だし。説明しただけでは不満が残ってしまう。なぜ私がこういう風に言っているのかってことを伝えても、もしかしたらなんて考えがよぎってしまうだろう。だからここは、みんなに実践して貰うことにした。
そしてみんなが私の元を離れてから15分ほど経過する。結局何も変わらなかった。塔がこっちに来ることもなく、遠くにある。だけど、たけのこ達が今見ている位置としては、私のいるあたりに樹が生えているということになるだろう。
私も試しに頭上へ真空波を撃ってみたが何も変わらなかった。やっぱりそんなもんだよなあ。こういう騙し絵的なことはやっぱり嫌になってくるなあ。
ここで、ビスケットがこちらに向かってビームのような物を発射してきたのが確認された。ドラゴンフルーツが落下するのは一切見えなかったけれど、ビスケットにはどう見えてのだろうか。合流した際に聞いてみないといけないな。
「ドラゴンフルーツを手に入れるのにこんなに苦労するなんてなぁ。」
(最初は、ここまで手こずらなかったんですか?)
うん。草原みたいな感じで、沢山生えている場所で鎌を使ってスパッと斬っていたよ。だからこんなに手こずるなんて思わなかったんだよね。はぁ、なんでこんな大変な事になっているんだ。気軽にここに来たつもりがなぁ。
「おっ、みんな帰ってきたか。」
ぞろぞろと、みんな仲良くこちらに帰ってきた。それにしても、よくちゃんと帰ってこれたなあ。
「ねこますサマは匂いで分かりますから。」
たけのこがそう言ったが、私ってそんなに匂うのかと思ってしまった。そういえばこの世界にも匂いがあるけれど悪臭は嗅いだことがないな。そこもそういう設定があるんだろうか。気になるな。
「ドラゴンフルーツは確かに落下したと思うんですが、落ちてきませんでした?」
「全く落ちてきてないね。やっぱりただの見え方の問題だね。なので、もうあれは無視して他の場所に探しに行こう。」
「ト、ナルト…アレハ、ナンノタメニデテキタンデショウカ。」
「私もそこが気になっているんだけれど、あまり気にし過ぎてもうんざりしてくるから。」
なぜ急に現れた。なぜこのタイミングで、そんなことを考えていたらきりがないが、恐らく紫色のワイバーンを倒したからだとも思うが、深く考えてもどういうことなのかが分からない。そしてあれが何の意味があるのかと考えていくとまた目的から離れてしまいそうなので辞めておく。
「それじゃあ別な道を探すとしようか。まずは西方向にでも行こうか。」
「マスター。そっちは東です。」
おっと、私も方向音痴になっているなあ。やれやれ。それじゃあ逆側に移動して、ここからしばらく歩いてみよう。これで見つからなかったら今日はもう諦めてログアウトすることにしようかな。あ、その前にブッチにメッセージを送っておくか。くろごまにドラゴンフルーツってどのあたりにあったのかも聞いておくように指示しておこっと。
すぐ返事が来るかなぁと待っていたら、本当にすぐに返事が来てしまった。
マブダチからのメッセージ:分かったよー。くろごまからの伝言だけれど、北西の方に沢山鳴っていたと思いますってさー。がんばってー。
ほうほう、北西か。今丁度西に向かい始めたから、ここから更に北に行けばあるかもしれないんじゃないか。だけどそれよりもまず、さっさと聞いておけばよかった! 何をしているんだ私は! 見つからないなら場所を知っているくろごまに聞けばよかったじゃないか。ああもう何て馬鹿なんだ。なんとなくあると思っていたからとかそういうので進んでしまったのだ駄目だった。
きっとあるだろうなんて言うのがやっぱり油断している証拠だな。今度から気を付けないと。
「みんな、北西にドラゴンフルーツが沢山あるかもしれないって。ごめんね。さっさと聞いておけばよかったね。」
「イエ、ジリキデサガスノモダイジデスヨ。」
「ソウデス。ジョウホウハダイジデスガ、ソレニタヨリキッテモダメデス。」
「頼り癖が付いてしまうかもしれないですし。」
なんて優しく言ってくれてはいるが、内心はさっさと言って欲しかったってことだろう。分かってる。私には分かっているんだ。ねえひじき?
(母上、みなさんがそこまで悪い事を考えるなんてあるわけないですよ。)
だと良いんだけどねえ。私ってば結構迂闊だったりというかドジしたりミスしたりもあるから、みんなも飽きれてしまっているんじゃないのかなーって思う時があるんだよね。まぁそれでも頼りにされているっていうなら頑張るけどね。
「北西に行けば手に入るならあともうひと踏ん張りなはずです。頑張りましょう!」
「おー!
ここから、がっつりと北西に進んでいく。方角はビスケットが詳しいようなので、ビスケットに教えてもらいながら突き進んでいく。よーしいいぞ、これでようやくドラゴンフルーツに対面できるってことじゃないか。良かったなあ。なんて捕らぬ狸の皮算用みたいなことを言い出していたらやっぱり手に入りませんでしたって事になりそうなのでこれ以上は言わないでおくか。
「ねこますサマ。ドラゴンフルーツタノシミデスネ。」
「そうだね。やっとこさ手に入ると思ったら私も、一安心できそうだよ。といってもちゃんと手に入れてから安心したいけれどね。」
手に入らないうちは安心などできない。手に入ってからというのが重要だ。頭の中でもう手に入っている気持でいると、駄目なことにあってきたわけだし、近くにあるからなんて言ったらそれこそ今見えている巨大な樹があるし。ああいうのに騙されないように、しっかりとしていかないといけないな。
「ドラゴンフルーツさえ手に入れば、今日の探索は終わりにできる。」
今日は随分と頑張ったし、ここで最後に手に入れてログアウトしていきたいという思いがどんどん強くなる。きりの良い所で終わらせられないとゲームを終えてからもなんだかもやもやした気持ちが残ってしまうしね。