第303話「ドラゴンフルーツ?」
長期間来ていなかった場所なんて忘れるに決まっている。何か月も前に来た場所で見覚えがあったとしても、同じような場所にも行っているので、どこに何があるのかを正確に覚えるのは難しい。
だって、現実の山の中を沢山歩いたとして、最後に歩いた時から時間が経過していたら、山の中なんて変化があるだろうから、覚えるのなんて大変だろう。
私は、このゲームだけをやっているわけでもないし、いつもやったことを覚えているわけじゃない。
そしていつものように思い出す。RPG、ロールプレイングゲームのことを。ストーリーが重厚な作品が多いが、日にちをおいてプレイすると、何をどこまでやったんだっけということになる。そんな経験を今まで何度もしてきた。
あまりに日にちを置いてしまうと最終的に感情移入が全くできなくなり、最終的にはストーリーに対して興味も何もなくなったままクリアしてしまうことも多かった。普通にプレイすると百時間以上かかるなんて作品もあったけれど、そのせいで、私の頭の中では、話が何のつながりもみせずに、ただひたすら無機質にゲームをプレイしてしまった苦い思い出がある。
ゲームを折角買ったのだからと思ってプレイすることに義務を感じてしまい、途中で飽きてしまったとしても、辞めたくなくなってしまう事が良く合った。
この密林は、ドラゴンフルーツがとれる、毒狸が沢山いたという程度で私の頭の中では止まっており、それ以外の道だとかなんだとかはまるっきり記憶から吹っ飛んでいる。来たはずなのになあ。
「記憶力が欲しいなあ。」
「忘れるなら、日記を書けばいいのでは?」
「それは、そこそこ有効な手立てだろうけれど、書くのに時間がかかるから嫌。」
昔、ゲーム日記用のブログなんてものを立ち上げたことがあるが、書く時間があるならゲームを楽しんだほうがいいと思ったので、やめてしまった。文章や画像が見られるので後で見返すとこういうことをしたというのでわかりやすかったのだけれど、段々面倒になっていってしまった。
あるいは、動画で保存しておけばいいというのもあるけれど、データの容量がどんどん増えていくだけだった。プレイした時間を丸ごと見返すなんてことをするわけもないので、やはりそれもやるだけ無駄だった。
ああでも、重要なボス戦とか限定で動画にするのはいいかもしれないなあ。このゲームにそういう機能がついているのかもよく分かったないけれど、多分できるだろうな。
「ワレワレモ、キオクリョクハ、アマリイイホウデハナイナ。」
「ウム。マジャノトウデノコドナドハ、スッカリワスレテシマッテイル。」
「えぇ。それはちょっと覚えておこうよ。」
元々暮らしていた場所なんだからその程度は覚えておかないとまずいだろう。というか、このゲームのNPCたちの記憶ってどんな風に保存されているんだろう。記憶データなんてものがあるんだと思うけれど、すごい容量になっていそうな気がする。あ、でもだから忘れるっていうのもあるのかな。古くて使われなくなった情報はそうやって捨てられているとか。だとすると怖い気もするなあ。
「それで、ビスケット。こっちで本当にあってるの?」
「このままいけば着きます。」
怖いんだよなあ。こういう風に断定されたことを言われると。実は何か別なものを勘違いしているのではないかと不安になってくる。このまま突き進んで、ドラゴンフルーツじゃなくて、全く別なものがあったらどうしよう。そういえば匂いがどうのこうのと言っていたけれど、ビスケットがドラゴンフルーツの匂いなんて分るのだろうか。
「本当に本当にドラゴンフルーツのことだってわかっているんだよね!?」
「大丈夫。大丈夫。マスター、オレを信じてください。」
こういうことを言う奴が一番信用できないんだよなあ。はぁ。
私たちは、ビスケットを戦闘に密林をゆっくりと移動していく。ビスケットは動きにくそうに移動しており、時折木々に文句を言ったり、蹴飛ばしたりしながらひたすら前に進んでいく。
樹にぶつかってイライラすると地団駄することがあって、それでぐらぐらと地面が揺れるのでやめるようにいった。
たけのこやリザードマン達だけだったら、もっと落ち着いていたんだけれど、このビスケットが仲間になってから騒がしくなってしまったなあ。
「あれ、気配感知に引っかかったな。」
少し、いや結構大きな反応があった。これは、毒狸の母などの可能性もあるな。あれ、このままだとこの反応にぶつかっていくことになるんだが大丈夫か。こっちに行ったらこの敵と戦わないといけないんだけれど、ビスケットの奴、分かっているのか?
「お、マスターもわかりました? ドラゴンフルーツの反応が。」
「いや、私のは敵が感知されただけなんだけれど。」
「このまま、まっすぐ行くと反応があるんですが。」
「奇遇だね。私もこのまま、まっすぐ行くと反応があるよ。」
沈黙。気まずい空気が流れたような気がする。おい、ビスケット。なんとか言え。ドラゴンフルーツと敵を間違っているんじゃないのか? 私が感知した以上、全く関係ないとは言えないぞ。あるいは誤検知とか匂いとかが根本に間違っているってことも考えられる。どうなんだ?
「まさか。このオレが間違うなんてありえないですよ。」
笑っている。どこにも顔があるわけじゃないのに笑い声が聞こえてくる。不気味だ。
(母上、ビスケットはまた何かを勘違いしていると思いますよ。大丈夫なんですか?)
大丈夫じゃない。だけどここまで来てしまっている以上、後戻りするというのもきついな。それに自分の勘違いだということに気が付いていないだけなので、ここでやっぱり辞めておくなんて言ってもビスケットは納得しないだろう。
なので、私はここで一度痛恨の失敗をさせようと思う。今回、失敗したことで大きな問題になったということを今後問題になるたびに話題にすればいい。そうすれば、一歩引くという考えが身につくはずだ。といっても、そういう学習能力があればの話だけれど。
「あと少し! あと少しですよみなさん! オレのお手柄ですよー。」
こうやって無邪気に喜んでいるのもあるので、注意もしづらい。失敗したときに言うのが一番いい。だからここで下手に成功なんかさせたくはないな。調子に乗ってしまうだろうし。
「ナニカ、イアツテキナモノヲカンジマス。」
たけのこが少し毛を逆立てていう、リザードマン達もどこか緊張した顔立ちだ。これ、実は結構危険な状態だったりするんじゃないだろうか。なんだかまずい気もしてきた。無理矢理でも戻るべきだったのではないかと思い悩む。
「あ、ほら、あそこです!」
私は、まっすぐ目の前を凝視した。確かに何かがいる。だけれどその何かがいる位置は、私が気配感知で確認している位置ともぴたりと一致する。つまりこれは敵だ。そして分かった。
「匂いを偽装されていたんだよ。」
私が今いる位置から見えたのは、紫色のドラゴン、だった。毒々しい色をしているのだが、このドラゴンから甘い匂いが漂ってきていた。つまりビスケットは、これをドラゴンフルーツだと勘違いしてしまったというわけだ。やっぱりここまでおびき出されたんじゃないか。
紫色のドラゴンは、一般的ドラゴンというか、ワイバーンと言われる翼の生えたタイプのドラゴンだった。一方、翼のないどことなく和風のドラゴンは、そのままドラゴンと呼ばれたりする。漢字の違いでいえば、ワイバーンが竜、あるいは飛竜なんて呼ばれているのに対してドラゴンは龍だった。
それで、そんな紫色のワイバーンが近くにいるんだけれど、これはさっさと逃げ去ってしまいたい。だってドラゴンだし。絶対に強いのはわかりきっている。そんな奴に手を出す必要がない。ここで戦って鍛えられるなんて考えはない。無謀すぎる。
ドラゴンは、ゲームでは大体上位のモンスターとして描かれるので、こいつも最低でもそれなりの強さを誇っているはずだ。そんなやつとわざわざ戦いたくはない。
「え。え? あれ、あそこにいるのがドラゴンフルーツなんじゃ?」
「違うんだよ。あいつがドラゴンフルーツの匂いを出していただけなんだよ。それで私たちをおびき出してきたんだよ。」
甘いにおいを漂わせて近づいてくる敵を食べるとかそういうのなんだろうな。よくあるパターンだけれど、まさかこんなのに引っかかるなんてなあ。でも、だから言ったのにな! これでビスケットを叱ることができるんだけれど、今はそんなことより、この紫色のワイバーンをどうするかが問題だ。このままさっさと逃げ去ってしまいたい。
そう、なぜならこの紫色のワイバーン、今横たわっているというか寝ている。刺激を与えなければきっと起きることはないだろう。だけどこれ、絶対に起こされる。絶対にビスケットが余計なことをしてこいつを起こす。それを理解した私は次の行動に移すことにした。
「逃げるよ。」
それだけみんなに伝える。たけのことリザードマンはうなづく。ビスケットは、もう知らん。私はここでお約束らしいドラゴンに襲われて逃げるようなことをやりたくはない。襲われる前に逃げ出す。そう誓った。
私は、走り出す。たけのこもリザードマン達も走り出す。ただ無言で走り出した。余計なことを言えばまたビスケットがよく分からないことを言い始めて、困ったことをしでかすに決まっている。そしてその騒ぎで紫色のワイバーンは目を覚まして私たちを追いかけてくるとか言うくだらない芝居に付き合う余裕などない! あってたまるか! こんなん付き合ってられん! ドラゴンフルーツの匂いにつられてこんな奴と戦ってたまるか! 冗談じゃないぞ私は逃げる。
すると、後ろから、ビスケットも移動してきているのが分かった。置き去りにされたと思ったんだろうか。いやまぁ置き去りにするつもりはなかったけれどね。まずは距離をとるのが先決だった。
「マスター。なんで逃げるんですか?」
「あんなのと戦ってたまるかってんだ。あいつはドラゴンであってドラゴンフルーツじゃなかったんだよ。」
ここで安易に責めるようなことは言わない。失敗は咎めない。だけど失敗を繰り返したら注意したり文句の一つでも言うつもりだ。
「うっ。マスター。すみませんでした。」
おっ!? ちゃんと謝れるんじゃないか!
「オレ、オレ、鼻づまりしてたみたいです。」
どこに鼻があるんだよ! と叫びたくなったが、紫色のワイバーンにも聞こえてしまいかねなかったので、突っ込みをいれるのを我慢した。あーもう! うんざりする!