第288話「子熊」
子熊。こんな奴がまさか敵の大将だとは思わなかった。だが今対峙してみてよく
分かる。異様な雰囲気を醸し出している。これは強者の雰囲気だ。こいつは明らか
にやばい。
「グォア。」
「ツッ!!」
たけのこから咄嗟に飛び降り、爪を前に出して突進してきた熊の攻撃を、鎌で受
けとめた。早すぎる! ブッチ並みの速度かそれ以上じゃないのか!? こいつ、
一瞬で距離を詰めてきたし、やばい!
「ジュウアツ!」
たけのこが、子熊に向けて重圧を放った。だが、子熊はそれをいともたやすく受け
止めてしまった。
「グオオ。」
威圧がやばい。とにかくやばい。気圧されそうになる。なんでこんな小さいサイ
ズの癖にこんな威圧が使えるんだ。こいつ、ふざけやがって。私だって威圧を使え
るんだぞ。
「威圧!」
何とも効果が無い。何にも効果が表れなかった。制御に失敗したか何かだと思っ
たがそうではないらしい。恐らく効果は発動している。しかし、完全に子熊の威圧
に呑まれてしまっているようだ。またしても恐怖を感じた。そして理解した。
過去、兎が私の威圧だけで死んでしまったことがあるが、なるほど、それに近い
感覚が今の私を襲っているのだろう。だがVRなのになんて精度なんだろうか。ここ
までのスリルが体感できるなんて正しく現実と変わりない世界なのだろうが、人に
よってはトラウマにでもなりそうな勢いだ。これは凄いと思うと同時に、こういう
敵も存在するということに、恐れをなしてしまっている。
まさかこのような状態になるとは思わなかった。ここから逃げ出したい気持ちに
させられてくる。だけどこれは気持ちで負けているだけだと気合を入れなおす。し
かしその気合いを入れ直した瞬間。
「グアウ。」
私の腹部が思い切り引き裂かれた。とてつもない不快感が私の全身を襲った。気持
ち悪さを感じる。かなりのダメージを受けたと思い、すぐに薬草を食べる。が、その
隙を見逃さず、子熊は更に追撃を仕掛けてきた。
そこへたけのこが、子熊に向かって爪を振り下ろした。子熊はそれを容易く受け止
めると、たけのこに体当たりをし、吹き飛ばした。
「たけのこっ!? オマエエエええ!」
こいつは恐ろしく強い。口にしてしまえばそうなのだが、こいつは本当にやばい。
というかこのやばい雰囲気のせいでなのか周りに他の熊達が一切近づいてこなかった。
あるいはこいつがそのように指示しているのかもしれないが、たった一匹の子熊が、
この強さを誇っていることになんとも言えない感覚になった。確かに、小さい敵の方
が実は強かったというゲームをやってきたことがあるが、こんな奴になんて思ってし
まっていることも確かだ。なんでこんな、どこにでもいそうな、ありふれた単純な子
熊がここまで強敵なのか。幻覚でも見せつけられているのではないか。
「ふぅ。はぁ。」
緊張感が全身を包み込んだ。これは、物凄く久々の感覚だ。勝てないかもしれない。
ここで死ぬかもしれない、失敗するかもしれないという状況。これまで、クロウニン
という奴らや黒騎士だとか毒狸の母親とか強敵と戦ってきたけれど、こいつが今まで
見てきた中で一番の難敵だと、実感している。このままでは負ける。そう思って、錬
金術士の杖を取り出す。すると。
「おい、なんでそいつと戦っているんだ。お前にはまだ早いぞ。」
「知らん。失せろ。」
こんな時に余計な茶々を入れてくる魔者だった。時間凍結が起こっているようだ。こ
いつは何か知っているってことか。いやもう知らなくてもいいや。余計な情報なんて
いらない。
「その熊の名前はバトルコンベアつってな。」
知らない、聞いていないって言ってるだろ。帰れ。
「まぁ聞け。戦いにコンプレックス、つまり劣等感を抱いていた子熊なんだよ。まあ
サイズがあれだからな。そしてその姿ゆえに周りの熊からは疎外され続けてきた。」
いや、話すんじゃねえよ。そんな過去知ったことか。私には関係ない。私はそういう
お涙頂戴みたいな感動話に付き合うつもりはないんだ。
「そして、戦いに明け暮れた。小さいだけあって何度も敗北し続けたが、それでも諦
めずに戦い続けた。そして、通常の熊では成し遂げられない進化を遂げたのが、その
熊、バトルコンベアだと言われている。特殊個体のモンスターだ。」
だからなんだよ、何が言いたいんだよ。私には勝てないって言いたいのか。
「当然だ。お前みたいなひよっこでへなちょこな魔者が、あいつに勝てるわけねえだ
ろ。ここは引け。時間凍結を使っても勝てねえよ。」
うるせえよ。私はここで負けるわけにはいかないんだっての。大体舐められっぱな
しで引けるか。それに草刈りができないままだし、このままここを占領されたらたま
ったもんじゃないんだよ。
「おい、俺様が引けと忠告してやっているんだぞ。それとお前も勝てないって分かっ
ているんだろう? だったらさっさと引くのが得策だぞ。」
やかましい。私はここで引くわけにはいかない。死のうが何しようが、ここで私が
逃げることはあってはならない。諦めるつもりもない。勝てないとかそんなことも知
ったことじゃない。
それに、逃げるっていうのはいつまで逃げることになるんだ? それをいつまで続
けることになるんだ。いつ勝てるかも分からないままずっとこの熊に恐れをなして逃
げ続けろって言うのか。それは御免だな。私は、こいつがどういうものなのかが分か
らない状況下で逃げるつもりはない。第一、ここで逃げられるはずもないし。
余計なお世話なんだよ。私は、ここで、この子熊を倒さないことには納得がいかな
い。何がバトルコンベアだ。
「おい、それでお前の仲間がどうなってもいいのか。」
ああ、だからたけのこ達には徹底してもらうっての。私はここで戦う。というかここ
で私が死んだところでデスペナルティが発生して生き返るだけだから別に構いやしな
いわけだし。それに例え私が死んだとしてもこいつの動きを覚えられる。それが最大
のメリットでもある。
「お前、そうだな。お前も魔者だったな。頭がおかしい奴だぜ。俺だったら間違いな
くここで引いているがな。」
なんて臆病な奴だ。全く、魔者の風上にも置けない雑魚め。そんな精神だから、錬金
術士の杖に封印されるんだよ全く。
「あ? おい、誰が封印され、くそっ。もう時間がねえ。いいか、バトルコンベアは
まだ本気を出しちゃいねえ。お前はそれでも戦うってのか。」
当たり前だっての、私は般若レディ。諦めの悪い女なんだからここで戦うんだよ。
「チッ。だったらよ、まぁサービスしてやる。魔者の力を1つ解放してやった。ありが
たく思え。じゃあな。」
おう、世話になったな。じゃあな。そして時間凍結から開放され気が付くと、眼前
に子熊もといバトルコンベアが迫っていた。
「グアウ。グアウ。」
「よそ見している余裕はあるのかって? ないんだなそれがっ!」
鎌で爪を防ぐが早すぎる。だが、一回目、二回目よりも、分かる。これは分かるぞ。
これが慣れだろう。そうだ慣れだ。これこそが私の戦い方なんだよ。そしてここか
ら一気に逆転していくのがいいんじゃないか。、泥臭い戦いをするのがいいんじゃ
ないか!
「グアウ。グアウ。グアウ。」
バトルコンベアの猛攻はどんどん続くが、これでもまだ全然本気を出していない
ように見える。もしかして、私は遊ばれているのだろうか。それはそれでとても悔
しい。というかなんでこいつはさっさと本気を出してこないんだ。私みたいな雑魚
に全力なんて出さないってか?
「このっ! おらっ! うりゃっ!」
我ながら情けない声を出しているとは思うが、こういうへぼい戦い方こそが元々
の私の戦い方だ。ブッチみたいな何でも見切って何度も攻撃を当て続けるタイプと
は全く違う。
バトルコンベアの爪が直撃しそうになる。それをぎりぎり回避するが、かすって
しまうことが何度も発生した。やはり尋常じゃない速さだ。大型の熊達がここまで
強くないにも関わらず、こいつは強い。子熊なので攻撃の威力はそこまでじゃない
と思っていたが、威力も通常の熊を大きく上回っているようだ。
「グォアアア!」
また速度が上がり、普通に肩のあたりを引き裂かれる。これはどうしろと言うんだ。
こんなのついていけるわけがって攻撃をやめろ!
「真空波!」
真空波で牽制していこうと思ったが、しかしバトルコンベアはたやすく回避した。
するとあっという間に私の背後にまで周りこんできて、攻撃を続けてきた。攻撃を
防いでいる、回避できているのはただ運がいいだけのようだ。悪運だけはいいとで
もいうのだろうか。
「グアウ。」
「ははっ! 面白い事しているじゃないか、ねっこちゃん!」
熊の攻撃を受け止めたのは、ブッチだった。ようやくここに来たか。お前にふさわ
しい強敵だ。これまで現れた敵よりも接近戦が圧倒的に強い。これなら戦闘狂のブ
ッチだって満足できる戦いができそうだ。
「グアウ!」
「へぇ。急に速度を落としたと思ったら一気に最大速度まで行く攻撃かぁ。確かに
それなら速さを強調することができるな! 要するにこうだろ!」
「グア!」
ブッチが不気味な動きをし始めた。熊にのろのろと近づいたかと思えば、物凄い、
勢いで張り手を放った。それがなんと、バトルコンベアに直撃した。動きを見極め
るのが早すぎじゃないのか!
「いやいや。ねっこちゃんほどじゃあないよ。こいつの攻撃を防いでいるっていう
のはやっぱりすごいってっぶね! おっとコラ!」
「ぐぐ!? 私が弱いから狙ってくるのかこいつ!」
バトルコンベアの攻撃の照準はブッチから私に切り替わったようだ。いや、それと
も、最初から私だけを狙おうとしてきていたのだろうか。
「なるほど。狙いはねっこちゃんってことか。」
「~~。ご指名なら受けて立たないといけないねえ! っぶな!? この熊! そ
こは空気読んで攻撃するのが普通だろ! この野郎!」
私は腹が立ち鎌を振り回すが、バトルコンベアには一切当たらなかった。簡単に回
避されるし、本当に戦いにくい相手だ。
「ねっこちゃん。俺も戦っていいの?」
「いいに決まってるでしょ! こいつを私一人でやれとか荷が重すぎるどころの話
じゃないって。か弱い女の子に荷物を持たせるようなことをしていいのかな、紳士
のマブダチ君!」
「それは駄目だな! よし、ここは紳士的にっぶないなあ。この野郎ちょっとむか
ついたので紳士的にぼこぼこにしようじゃないか。」
久々にブッチとコンビを組んでの戦いをすることになった。私が足を引っ張りそ
うだが、そうならないように気を付けないといけないな。




