第286話「超・気配感知」
私には集中力が無い。それが私の弱さというか、どこか強くなれない原因なのだ
と自覚している。正確には集中した状態になるまでにすごい時間がかかったり、よ
ほど追い詰められない限り、集中力が発揮できないといったほうが正しいだろう。
今も何故か集中できていない。これは、きっと私に危機感が足りないからだろう。
どこかなんとかなるという風に楽観視してしまっているところがある。恐らくこれ
は、森を燃やしてしまえばいいと言う考えと隕石拳を使えばいいと言うのが頭の中
にあるからだ。これをすれば大丈夫という考えが、かえって気を緩ませてしまって
いるのだと思う。
これなら、始めた頃の方がまだ集中力があった気がする。今後も隕石拳があると
いうことで端から安心しきってしまっているのは悪いことだと思う。うん、これは
とても良くない。今の私はもっと集中力が欲しいからだ。なぜそこまで集中したい
のかと言われれば、気配感知だ。
思えばこのスキルに真剣に向き合ってこなかったとつくづく思う。これは自動で
発動しているのだが、単に発動させたままだと意識が追い付いてこない。つまり、
なんとなく敵がいるような感覚になれるだけだ。だけど、本気で敵の位置を探ろう
と精神を集中すると、こちらから来るというのがよく分かるようになる。なのだが
私はその状態になったことがほとんどない。
常に気を張っていなきゃいけないのなんて疲れるだけという私自身の甘えた考え
があるせいで、まともに効果を発揮できていないのだと思われる。折角のスキルな
のに勿体ないなとは前から思っていた。だけど、特に鍛えるなんてことはせずに、
適当に使い続けてしまった。こうして対して役に立たなかったのが気配感知だ。こ
れをもっと真剣に意識的に使えるようになれば、変わるはずだ。
気配感知というぐらいなんだから、本来は、何をしていてもいかなる時でも、敵
が今何をしているのかというのが分かるはずなんだ。なのに私はさっぱり感知がで
きない。というかこんな感じの事は以前も考えたはずなんだけれど、その後結局何
もやっていなかった。
なので、今この状況がチャンスだった。それなりに危機感があり、むしろここで
真剣になって気配感知を使いこなせるようにならないと、熊の大量発生減が掴めず
たけのこが死ぬというか過労死してしまうかもしれない。
それは納得がいかないので、さっさと本気で覚えることにした。
「気配感知!」
私は、本気になって気配感知を使ってみたが、特にいつもと変わった様子はない。
だけどここで諦めていたら話にならない。私は、ここで、失敗したら死ぬくらいの
思いで集中してみた。いつもよりは、なんとなく敵のいる数が分かる気がする。だ
けど、いつもより多少マシになった程度だ。私はもっと上を目指したかった。つま
り、もっと効果範囲を広げ、もっとどこから何が来るのかをしっかりと理解してい
きたかった。
「東西南北、空に地面に…!」
熊はあらゆる方向から出現するようなので、全方位に向けて意識を集中する。こ
れで気配感知を使っているのに奇襲されることはなくなるはずだ。
たけのこが今もしっかりと走ってくれているのだから、私も誠意を持って行動し
なければいけない。闇雲に動き回っているだけじゃない。敵は一体どこからやって
きているのかを確定させなければいけない。これができなかったら、みんなと別
行動した意味がなくなる。つまり、私はここでしっかりと敵の頭を叩き潰すくらい
のことをするのがリーダーとしての義務だ。
「たけのこ! このまま真っ直ぐ、その後今度は東に移動! タイミングは私が指
示するからよろしく!」
「ハイ!」
「ひじき召喚!」
右手を上に上げて、黒蛾のひじきを召喚した。
「母上。お呼びでしょうか。」
「うん。この森が私の故郷でもあるんだけれど、ひじきには何か違和感はない?」
「どこか、不思議な感じがしますね。異空間同士がつながっているような。」
普段は、私の心の中のような場所に存在しているひじきを召喚することにした。
このタイミングの召喚になったが、本当はもう少し早く召喚しようとも思っていた。
まず、樹海も同じような場所だったので、そこと同じようなこの場所と何が違うの
かがひじきだったら分かると思ったからだ。前々からこのたけのこ森林は、どこか
おかしな雰囲気があったので、その理由がもしかしたら分かるかもしれなかった。
召喚しなくてもいいとは思ったが、ここに実際に召喚したほうが、どんな場所なの
かはっきり分かると判断した。
「その異空間同士のつながりが強そうな場所ってどっちの方か分かる!?」
「ここから少し東に、先ほど母上が目指すと言った方向通りですね。」
気配感知で熊が多い位置がそちらだったのでやはりそこが怪しいのか。そんなわけ
で、たけのこにはそこまで頑張って移動してもらうとして。
「ひじき、幻覚魔法的なのをこの後ろから追っかけてくる熊共に使える?」
「はい。できますよ。あとは霧を発生させて私達の位置を分かりにくくしましょう
か?」
「! いいね! 頼む!」
ひじきが後方に飛んでいくと、黒い霧のような物が出始めていた。それが熊達を
包み込んでいくと、熊達は別な方向に向かって突き進んでいった。おお、というか
これ、かなり凄いじゃないか。なんとなくできるんじゃないのかなあと思って、ひ
じきにお願いしてみただけだったのに。これなら、追っ手を振り切って、先に進む
事ができる! なんてまだまだこちらに来ている奴も多いな!
「熊多すぎる! なんであんな巨大な奴がわんさかやってきているんだって事で、
ひじき、また頼む!」
「母上、結構魔力を使いますけれどよろしいのですか?」
「えっ。あーっ…。」
そういえば、ひじきを使役するのには私の魔力が必要なんだっけ。それを消費し続
けるのは、どうするべきか。安易に使わない方がいい気もしているんだけれど、悩
みどころだ。
「分かった! 使っていいよ! だけど、私の魔力が残り少なくなってきたた、教
えてね!」
「母上、多分もう一回やった時点で母上の魔力はほぼゼロになります…。」
な、何だとぉ。私の魔力少なすぎっ!? なんて言ってる場合じゃないよね。な
んでそんなに少ないんだと思ったけれど、ただの錬金術士だし、魔法が得意そうな
種族でもないからそこまで、魔力は高くなかったという事か。くそう、まぁいいや。
「分かった! 使っていいよ!」
「はい、では…!」
熊が出てくる方向にひじきを再度飛ばし、幻覚をかけてもらう。これで大分追っ
手としての熊が減ったはずなんだけれど、それでも追いかけてくるのはそれなりに
いる。執拗すぎたので、そこは蜂蜜一瓶を投げつけてやり、見苦しい争いを発生さ
せてなんとか防ぎきる。
そんなこんなしているうちに、怪しいと思っていた場所まで移動してきた。たけ
のこのおかげで大分早く来れた。
(母上、もうすぐです!)
私の中に戻ってきたひじきがそう告げた。うん。私もあと少しだっていうのがよく
分かってきた。だってさっきからずっと気配感知にひたすら集中しているし。敵の
姿がぼんやり映っているような気がする。私、今は集中力が発揮できているみたい
だ。これは良い傾向だ。このままこれを維持して、敵の完全な位置を把握したい。
と思っていたら、今度は正面から大量にこちらに向かってきている。これは困った
な。どうすればいいと思っていたら。
「姉御ぉおおお! みんなで助太刀にきたやでええ!」
「ねっこちゃん! 敵の親玉は見つけた!?」
ベストタイミング過ぎる! なんていいメンバーなんだ。もうみんな最高じゃない
か。特にブッチまでこっちに来てくれるなんて思わなかった。それにしても、あれ
あんなにいたのに振り切ってきたのかすごいな。それと、やっぱりこの気配感知は
味方には効果が無いのか? いや、私が味方の事まできちんと読みとろうとしてい
なかったからかもしれない。これは更なる集中が必要だ。そうだ、私は気配感知を
越えた気配感知。超・気配感知を使えるようにならないといけない。
海底洞窟で会ったあいつらは恐らくそれを使っていたと思われる。私も更に上を目
指すんだ。よし待ってろよ熊の親玉か何か。私が絶対お前を探り当ててやる!