第284話「森を駆け抜ける」
私は、気配感知を使いつつ、たけのこ森林をひたすら走っていた。熊ばかりがい
るらしいこんな危険な森は、さっさと駆け抜けるに限る。まともに相手にしていた
らきりがないし、そんな時間もない。だったら多少疲れを感じても、全力で走るの
がいいだろう。
だけど、問題もあった。木が多すぎるからあまり早く動けない。足場もやっぱり
よくないし。何をするにも木苦労が絶えない。おっとまたブッチみたいな事を言っ
てしまった。
気がかりな事は、この状況で魔者の試練が発生しないかってところなんだけれど
今のところは平気なようだ。あんな面倒くさいことが何度も起こるのは勘弁して貰
いたいので助かってはいる。
マブダチからのメッセージ:ねっこちゃん。さっき熊の叫び声聞こえてきたけれど、
ねっこちゃんがやったのかな?
あ!? ブッチ達に聞こえる範囲にいたのか! うわっ。勿体ない事をした! あ
のまま合流できれば、こんな苦労しないで済んだのに、結構遠くまで走ってきちゃ
ったじゃないか。うう、気づくのが遅くなってしまって最悪だ。だけど仕方がない
のでこのまま突き進むしかない。
「私の運が悪いのはきっと魔者が呪われているからだろうなあ。」
なんだかいつも残念な事になる。こういう展開は私は望んでいないんだけどな。も
っと、そうだよもっと。なんかこう、盛り上がりに欠けるっていうかさ。魔者にな
ってしまったんだからもっと盛り上がるみたいな、あ?
気配感知を見ていると、私に向かって近づいてきている何かが沢山いる。これは、
すごい多いぞ。その数10、20、もっと!? まさかこれ、全部熊じゃないだろうな。
勘弁して欲しい。こんな大量の熊がもし襲い掛かってきているとしたら、どうあっ
たって勝てない。隕石拳でも使わない限りは。って待て待て待て。ここで隕石拳な
なんて使ったらまた最悪の結果になるじゃないか。だけどこれはまずいぞ。
一応二人にメッセージをいれておくとしよう。なんて言ってたらどんどん近づい
てきてる! なんでなんで! なんで私の方に正確に向かってきているんだよ!
こんなの絶対おかしいだろ! もしかして熊を倒したからか!? 熊を倒すとその
匂いか何かが私の体に染みついてしまって、狙われるきっかけになっているとかじ
ゃないかな! って何こんな状況で分析しているんだ私!
マブダチからのメッセージ:俺らの所にいる熊たちも突然逃げ出したよ! という
か何かに向かっていこうとしているのかな。多分ねっこちゃん狙いだ! モテル女
は辛いね!
エリーからのメッセージ:ねこますさん! 多分群れのリーダーか何かを倒したっ
てことじゃないですか。だから執拗にねこますさんを追いかけまわすかもしれませ
ん!
「たまたま倒した一頭の熊がそんな奴だったなんて運が悪すぎじゃない!?」
感情をむき出しにして怒鳴りつけたくなった。私なんかを相手に何十匹も襲い掛か
ってくる必要が無いだろう。人気者だなあ私は!
「ゴアッ! ゴアッ!」
熊の声が聞こえてくる。なんだってんだよもう。私が動くよりも早いので恐らくも
う少ししたら追い付かれるだろう。このままだと非常にまずいのだが、きっとブッ
チ達というかだいこんに乗ったブッチ達が来てくれるはずだ。だいこんならこの森
もさくさくと進んでいくはずなので、それまでなんとか持ちこたえたい。なので
カブトスピアーを取り出す。
「加速!」
私の動きが通常よりも圧倒的に素早くなる。これならなんとか、ならない。一時し
のぎにしかならない。加速は発動してからそこまで持続しない。そして使える回数
は限られているので、そのうち使えなくなるだろう。うーん。そう考えるとやっぱ
りさっさと隕石拳を使ったほうがいいんじゃないだろうか。でも、そう易々と使い
たくないしなあ。
「ゴアゴアゴアゴア!」
複数の熊の鳴き声が聞こえてくる。もう直前まで迫ってきている気がする。ええい
こいつら! こっちに来ているんじゃない。これでもくらえ!
「浮遊!」
「ゴッ!アッ!?」
一瞬だけ浮かせることで姿勢を崩させる作戦だ! 何匹かまとまって私を追いか
け回しているようだったので、先頭にいる熊に使って、そのまま他の熊も巻き添え
にする作戦だ。これが結構いい感じにはまったみたいだ。よしよし! これでひた
すら前に進んでいくぞ。ここはブッチになんとかしてもらうしかないし。私の目的
は、ブッチがこのあたりの木を引っこ抜いてこいつらに攻撃してもらうことだ。あ
れなら流石のこいつらもどんどんぶっ倒されていくだろう。
「姉御ーー!」
おっ!? おお! そんなこと思っていたら来たじゃないか! 助っ人が! よし
これでなんとかなるじゃないか。ってあれ!? ブッチがいないけど、どうしたん
だ! まさかそんなわけが。
「ちょ! だいこん! ブッチは!?」
「前におるで! 」
「は?」
意味が分からなかったけれど、その直後に意味が分かった。
「狂戦士!!!! オラ行くぞ熊どもおおおおおおおおお!」
ブッチは、目の前に確かにいた。巨木が突然引き抜かれて、そこからブッチの姿
を確認することができた。よーし、これでなんとかなったな。あとは任せられそう
だ。
「姉御! 飛び乗ってやで!」
「分かった! あれ、エリーちゃんとたけのこは!?」
「そこにおるやで!」
たけのこに乗るエリーちゃんが、近くにいた。いい感じじゃないか! ってみん
なでだいこんに乗ったわけじゃないのか。速度の問題だろうか。あるいはこの熊達
を分散させるための作戦かな。
「はっはっはあああ! お前らぁぁあ! これでおしまいにしてやるよおお!」
ブッチは、巨木を掲げ、熊を威嚇する。あんなでかいものを持って暴れようとして
いる姿を見て、熊もなんだかびびっているように見える。確かにあんなの怖すぎだ。
「ゴア!? ゴア!?」
「ゴゴゴゴゴ!?」
熊達が後ずさりしている。やった。びびっているぞ。よし、そのまま叩き潰して
しまうんだブッチ! 心の中で応援していると、ブッチは、熊に向かって突然走り
出した。
「くらえっい! どっせええええええええ!」
「ゴアアアアア!?」
「ブゴッ!?」
ブッチは巨木を振り回し、何匹もの熊を薙ぎ倒していった。熊は倒れてもすぐに
起き上がろうとした。しかし、それをブッチは許さなかった。起き上がった直後に
また巨木で熊を叩きつける。何度も攻撃を加えていき、動けなくなるまで、ひたす
ら巨木を叩きつけ、熊を次々と葬り去っていく。これは、まるでもぐら叩きでもし
ているかのようだ。
「絶対に逃がさないぞぉ! ここからが地獄だ! ハハハハハ!」
不敵な笑い声をあげるブッチ。うわぁ、悪役っぽいけど頼もしいなあ。よし、私
は他に残った熊でも倒すとしようかな。ブッチ一人だけに任せっぱなしっていうの
も嫌だしな。
「グアアアアアア!」
「グオオオオ!」
…数、多くないか? ブッチが十数匹は葬り去っているような気がするんだけれど
全然減っていない気がする。倒しても、すぐに後方から何匹も出てきている。数で
押してくる作戦何だろうか。結構まずい気がしてきた。ブッチは既に狂戦士を使っ
ているし。ここから更に増えるのは処理が間に合わなくなっていく気がする。
「威圧!」
多勢に無勢だからってわけじゃないんだけれど、ここで滅多にしないブッチへの
フォローをすることに決めた。まだ余裕があるかもしれないけれど、ここで倒れら
れてしまっては困る。
威圧程度では熊も大して怯まなかったようだが、一応少しは効果があるようだ。
「ねっこちゃんありがと! ちょっと予想外に数が多いから処理間に合わないかも
しれなかった! でも、俺一人に押し付けてくれても構わないからね!」
ブッチにはいつもの自信があるようだったが、狙われてしまっているのはどうや
ら私のようなので、ブッチに任せるということが出来ない。というか一体何匹私を
叩き潰そうとしてきているんだ。一応敵の数は予想しておくか。
「みんな! 想定される敵の数だけど、数千は行くかも!」
「ゲェーッ!? 姉御それはマジなんか!?」
「そんな、多すぎでござる!?」
こういう時は多く見積もっておく。百とか二百で終わらない感じがするので、
それはつまり、それよりもずっと多くいるということだろう。ここで安易に対して
数がいないと想定してしまうと、予定より多くなってしまうと士気が下がってしま
う。終わるはずなのに終わらないというのは、思った以上に疲労を生み出してしま
うからだ。これは、ゲームの経験ではなく、仕事の経験なんだけどね。
「数千の熊どもを屠れるなんて最高のシチュエーションじゃないか!」
「ねこます様。我々の力があれば、熊如き敵ではありません! 南無阿弥陀仏!」
このまま全員で戦えばなんとかなる。という考えは私には無かった。正直、これ
が無限湧きの可能性もあるからだ。終わりが見えない状況だ。一定数を倒せばボス
が出てくるかどうかも分からないし、どこかにボスが隠れているかもしれない。
そもそも私が倒した奴がボスに関連していた奴かもしれないが、何か特徴があっ
たわけでもないので、何がどうあってこの状況になったのかもよく分かっていない。
過去に、蜂女王が出てきた時とはまた違う。違うんだけれど、どこかのタイミン
グで熊のボスは出てくるとは思う。その条件を満たす方法を考えながら戦うしかな
い。熊、熊と言えばなんだろう。分からないな。熊はどうして私を狙ってきている
のか。それが分からない。
「なんでよりにもよって私なんだ。くそう。それに、もう少しで草原だって言うの
にさぁ!」
私もこの状況だと苛立ってしまう。どうにもならないと分かっているとは言え、さ
っさと問題解決をしたくなる。これは、誰かが私を苛つかせようとしている作戦な
のではないかとすら思ってしまう。
「ねこますサマ! モリヲ、ヒデヤクサクセンハシナイノデスカ!?」
「まだ! 簡単にやってしまうとデメリットが、ってああもう、四の五の言ってら
れないか! やるか!」
「あー。ねっこちゃん。まだいいよ。俺がなんとかする。森を焼かないのは何か理
由があってでしょ? ならもう少し待つからいいよ!」
流石ブッチ! 話が分かる奴だ。となるとこの状況を打開する方法を考えないとい
けないな。私のない頭をフル回転する時だ!