第282話「不安になる般若レディ」
スライムがなぜこの湿地帯に現れたのかという原因なんてどうでもよかった。た
だ私の邪魔をし続けたことが気に食わなかった。いつもならもう少し調査したり考
え事をしている私だが、頭に血が上っていたようだ。これは恐らく長期間草刈りが
できなかったことがストレスになっていたと思われる。
今、雷獣隕石拳を放って、ひたすら前に突き進む私は、そんなことを考えていた。
「グアアア!? ツブレル! ツブレル! ドンドンツブレル! ヤメロオオ!」
辞めろと言われても、辞められるようなものじゃない。このスキルの威力の高さ
は私が一番よく分かっている。これが発動してしまったら、私が止まれと思っても
なかなか止まらなかったくらいだ。それがこのスキルの最大のデメリットなのだが
早く問題解決をしたかったのだから、これくらいは受け入れる覚悟で使った。
「いい加減潰れろってんだ!」
「イヤダァアア! キエタクナアアアアイ!」
往生際の悪い奴だな。最後まで抵抗して私の手を煩わせようって魂胆か。全くも
って許しがたい。地面から水分を吸収すると体が膨れ上がるようなのだが、私が潰
す速度の方が早いので、徐々に体が縮んでいっている。遅かれ早かれこのスライム
はは消えていく。
「お前が私を怒らせたからこうなっているんだぞ! 草刈りの邪魔をしたものは死
あるのみ!」
あぁ、なんか久々に悪役っぽい台詞を吐けた気がする。すっきりする。人間達の街
にいたときはどこか窮屈な感じだったし、今はすごい自由って感じだな。そうか。
私は自由気ままにゲームプレイをしたいのに、最近は色々縛り付けられていたよう
な感じだったからストレスが溜まっていたのかもしれない。神殿では腹が立つプレ
イヤーに絡まれたりしたしなあ。ああそうか。もっと好き勝手に振舞えばよかった
のかもしれない。今こうして、スライムを押し潰そうとしているように。
「土に還ってもらうぞスライム!」
「ナンナンダ! ナンナンダオマエハヨオオ! ボクハツヨイスライムナンダゾ!
コンナコトイママデナカッタノニ!」
こいつ、好き勝手やり放題やってきたってことなんじゃないだろうか。ひょっとし
て、延々と雨を降らし続けて、人が苦しむ姿を見て楽しんでいたみたいなそういう
奴かもしれない。
「お前が今まで散々苦しめてきた人たちの代わりに天罰を与えてやる!」
「ニンゲンガクルシムノヲミルノハタノシイジャナイカ! ナンデジャマスル!」
おおおっと!? ここで新事実発覚だ! マジでこいつはモンスターらしいモン
スターじゃないか。人間達を苦しめるための存在! 単純明快で分かりやすくて最
高だな。これで心置きなくこいつを倒してしまえる!
「ハッハッハ! 潰れてしまえええええええ!」
「ウアァアア! ウアァァア! ヤメヤメ! チイサクナル! ウアアア!」
それから、しばらくスライムの叫び声が聞こえていたのだが、サイズが小さくな
るにつれて、声が小さくなっていく。サイズが小さくなるにつれて、魔力も低下し
たということなんだろう。
「コンナバカナ。」
スライムは、再生速度もどんどん低下していき、体は大分小さくなった。まもなく
消滅するだろうと言うところだった。
「!? オマエ、マサカ、マジャ!?」
そうです、私が魔者ですと名乗りたいけれど、ここでは名乗らない。こういう奴
相手に名乗ったりしたら断末魔で呪いか何かをかけられるのが定番だ。その手には
乗らないぞ! 今の私はすっきりしてきたので少し冷静さを取り戻したからな!
「マジャッテナンダ!? ああ!?」
わざと知らない振りをしておく。これで何か喋るのだろうか。
「ウソダ。マジャデモナイザコニ、ボクガマケルハズガナイ!」
単に称号があるってだけで、本当に私って魔者ってわけじゃあないんだよなあ。サ
ンショウもみんなも、私を魔者と認めるようになってきてしまったけれど、私自身
にはその自覚が全然ない。
「よく分からないけれど、お前は雑魚に負けるスライムだってことだよ!」
「クソウ! クヤシイ! クヤシイイ! ウアアアアア!」
それがスライムから聞こえてきた最後の言葉だった。叫び声が聞こえなくなると
何かを押し潰す音が聞こえたが、恐らくそれがスライムが潰れた音だろう。すると
次の瞬間に、メッセージが流れてきた。
メッセージ:真蛇モードが追加されました。
真蛇。これって確か、般若の更に先の姿とか聞いた気がするな。つ、つまりそれが
私の最終形態みたいになるってことなんだろうか。おお。だけど真蛇か。だいこん
とかぶるのがちょっとアレな気がするんだけれどまぁいっか。なんか面白そうだし、
それにこれでまた強くなれたかもしれない。なかなかいい感じじゃないかな。って
「やっぱりまた止まらないじゃないかあああああ! うおおおお止まれえええ!」
ひたすら、隕石となって飛んでいく、しかも電撃を放ちながら、今は湿地帯を
っと飛び回っているのだが、ここのどこかに祠があって、そこからたけのこ森林へ
行けたはずなのだが、もしそれを壊してしまったらまずいことになる。あるいは、
全然知らない方向に飛んで行ってしまい、また帰るのに時間がかかってしまうかも
しれない。うあーもういい加減にしてくれと思うのだが、これがいつもの私だ。
「あぁ。そうだ。ブッチ達にメッセージだけでも。」
そんなことを呟いた時だった。突然辺り一面が真っ暗になった。これは、また魔者
の仕業かと思ったのだが、そうではなかった。何が起こったのかは分からないが、
真っ暗闇になる。まさか、これゲームのエラーか何かじゃないのかと思ったが、何
も起こらない。だけど、隕石拳が突然消えた。何かが起こったらしいことは分かる。
だけど、何が原因でこうなったのかは分からない。メッセージを送ることもできな
いしすごい困った。なんだかとても不気味な気配が漂っている。ここはどこなんだ。
別な空間に入り込んでしまったのだろうか。ひとまず深呼吸をして、歩き出してみ
た。ただじっとしていると不安になりそうだったし。ああそうだ。ログアウトすれ
ばいいんじゃないだろうか。そう思ってやろうと思ったら、出来ない。な、何だよ
それ。どういうことだ。このゲームはいつでもどこでもログアウトは出来るって言
う触れ込みだったじゃないか。それが出来ないとか勘弁してくれ。
「まさかのデスゲームみたいな展開?」
デスゲーム。ゲームをクリアするか死ぬまで続けるゲームというか単純に生き残
りゲームだ。アニメや漫画などでそういうのがあったのを記憶しているが、実際に
自分の身に降りかかるはずはないと思っている。だって、散々その手の問題が想定
されてきていたのだから、それに対する対策は十分しているはずだろうし。
今怒っていることは偶然の産物だと、ひとまず思うことにした。
「あー、確か実際に別な世界とつながっていたとかいう設定もあったっけなあ。後
自分は実はゲーム世界の住民だったとか。」
私がそうである可能性もあるか。いや、でも私の人格を作った誰かもいるって事
になると思うんだが、私みたいな人格をわざわざ作ろうとする奴は多分いないんじ
ゃないだろうか。主人公とかにするならもっと真面目そうなキャラにしたほうがい
いと思うし。
…何を考えているんだ私は。現実とゲームの世界の区別もつかなくなったらおし
まいだ。そういう風になるのをゲーム脳だなんて言われてきたけれど、私はそこま
で思い込みは激しくない。はずだ。
「この真っ暗な道、そうだ、照眼!」
真っ暗闇の世界を照らす。すると。
「おっあっ!? えっ!?」
そこには、城があった。あたりは夜になっているようで、目の前に聳え立っている
のは、古城だった。森林に囲まれた古城。空には月が浮かんでいる。本当に月なの
かどうかは分からなかったけれど、突然の事で頭が追い付かない。
「えーっとログアウトはでき。できるじゃん! ったくもう何だったんだよさっき
のは。ハラハラさせやがって!」
とりあえず一安心したのだが、さてどうするか。あの古城は気になるのだけれど私
としてはさっさと帰りたい。あとさっきみたいにログアウトができなくなるのは、
怖かったのでそのあたりは運営に苦情を出すとしよう。そうだそうだ。さっきは何
で真っ暗闇…うわ、真っ暗闇だよ私の後ろ。何これ怖いなあ。この道を通ればいい
のかな。
メッセージ:お客様へのお願い。こちらのエリアは通行不可エリアとなっておりま
す。<アノニマスターオンライン>では常に新たなサービスに向けてテストを行っ
ておりますが、テストマップに偶然侵入できてしまう場合がございます。つきまし
ては、一度ログアウトしていただきますと通常のエリアに戻る事ができますのでよ
ろしくお願いいたします。お客様にはご不便をおかけいたしますが何卒よろしくお
願い申し上げます。なお、この状況が発生したことによる損失は補填させていただ
きます。後日メッセージにてご案内いたします。
はあああああああ。要するにバグとかそういうのじゃないか! 焦ったよもう!
何か本当にやばいことに巻き込まれたんじゃないかと不安になったじゃないか。あ
あうん。そういうことならさっさとログアウトするよ! 心臓に悪いし。ああよか
った。私だってこういうのには狼狽えたりするよ。緊張するよ! ゲームの世界か
ら出られなくなったらなんて本気で考えちゃったよもう!
あーあーあーあぁ。ログアウトしよう。流石に疲れちゃったし少し休憩しよう。