第275話「巨大サハギン」
合体して巨大化するというのはよくある展開だ。巨大化して、強くなるというの
も、これまたよくある展開だ。大量にいたサハギン達が、そのような定番の行動を
したことで、とても安心をしてしまった。むしろ、不可解な行動の方をされるが、
不安になり、どうやって倒したらいいのかなんて対策方法を思い浮かぶまで苦労さ
せられるので非常に不安になる。
私としては、無数にいたはずのサハギンの数が減り、一匹だけになるというのは
強化とは思えなかった。どちらかというと弱体化していると思えた。数の暴力の方
が、いつ終わるともしれない戦いを強いられるので、そちらの方が不安だった。だ
が今は、違った。それなりの巨体で、見た目的には非常に強そうな凶悪そうなサハ
ギンが立ちはだかっているが、たった一匹だけだった。このたった一匹を倒してし
まえば楽だろうと思った。実際には、かなりの強さを誇っているかもしれないが、
それでも、なんとかなるという思いの方が強くなった。
「デメェラ! イマガラブッゴロシデヤルヨ!」
私達の目の前に立ちはだかった、巨大なサハギンは4メートル級の巨体だった。
ブッチの約2倍のサイズがあるが、千匹以上はいたかもしれなかった、あれだけの
数のサハギンが、これっぽっちにしかなっていなかったので、拍子抜けしたと共に、
私達の勝利を確信した。なんともおかしな話だが、勝てるとしか思えなかった。
サハギンが叫び声を上げた直後に、というか巨大化が形成されようとしている状
態で、既にみんな動いていた。当然私もだ。このように、合体中やあるいは変身中
は攻撃してはいけないみたいな風潮があるが、問答無用で攻撃した。これは戦いな
のだから、隙があれば徹底的に叩いて当然だ。
私の大好きなレトロゲームの中には、ラスボスの場所にたどり着いたときに、い
きなり斬りかかることができたものがあった。その後にラスボスが喋りだすところ
が滑稽だったが、そういうところが好きだった。
「やれるもんならやってみやがれってんだああああ!」
ブッチが巨大サハギンの右足の膝や踵に張り手や蹴りをぶちかましていた。だが、
巨大サハギンにはびくともしないようだった。命中した瞬間に、破裂音が聞こえる
が、やはり巨大サハギンはものともしていないようだった。そして一瞬笑ったかと
思えば、筋肉質な剛腕でブッチを殴り飛ばそうとする。が、ブッチはその瞬間に、
サハギンの股下に潜り込み、そのまま頭突きを食らわした。何をやっているんだ。
いや、でもサイコロで頭突きされたら痛そうだな。
「ググッ!? ウォオオ!?」
ブッチは、そのまま巨大サハギン背中側に潜り込み。両手で裏拳を放ち左右の足
に攻撃をぶちかました。これもまた効いているような様子はなかったが、ブッチは、
こういう相手にあまり攻撃が効いていないという状態になるのが大好きな奴だ。い
いサンドバッグが出来たとでもいうような感じに見える。
「ゴノヤロウウウウ!」
ブッチを踏みつぶそうと躍起になる巨大サハギンだったが、その頃にはブッチは
視界から消えており、ジャンプしてブッチの回し蹴りが背中に命中していた。それ
に対応して、サハギンは更に攻撃を仕掛けるが、ブッチはまたもや巨大サハギンの
視界から消えており、足に集中攻撃をしかける。滑稽な姿だった。
まるで地団駄を踏むような巨大サハギン。ブッチのいる場所を探して、回って、
回って、ひたすら暴れるが、一切手を出すことができないでいる。あれだけ巨大で
強そうなのにも関わらず、ブッチの動きについていけていない。
「鬼さんこっちらっ! 手のはなる方へ~!」
からかいながら戦うブッチだった。こんないきなり現れたボスなんて警戒するべ
きなのに、ひたすら接近して攻撃をしていく。もしかしたら一回でも攻撃を食らっ
たらまずいかもしれないのに、平気で近づけるのが恐ろしいと思った。
「デメェノゴウゲキナンザ! イダクモガユグモネエンダヨ!」
ブッチが実際に与えているダメージは、ほとんどないのだろう。この巨大サハギン
の耐久力がどの程度あるのかは知らないが、何千回も、あるいは何万回も攻撃をしな
ければ倒せないかもしれなかった。だけど、それを素で何度もやり続けるのがいつも
のブッチだ。
「ありがてぇ。お前が倒れるまで俺は遊べるんだ。ありがてぇ。簡単に倒れるんじゃ
ないぞ!」
えーと。最初に私達は一斉に攻撃をしかけたのだが、その後はほぼブッチと巨大サ
ハギンの一対一になってしまっている。というかこの状況、下手に手を出せない。ブ
ッチの邪魔になるし、巨大サハギンがこちらに目を付けて攻撃を仕掛けてくるかもし
れなかったし。一応いきなりこちらを狙ってきて、私達を人質にしようとすることも
考えられたので、そうならないような位置まで一旦距離をとった。なので、突然攻撃
されても攻撃を回避する事はたやすいだろう。
「ガァアアアア! ユルザンゾオオオ!」
巨大サハギンは、突然腕と体を回転し始めた。回転すれば、ブッチに攻撃が当たるの
だと思ったのだろうが、またしてもブッチに股下に潜り込まれて、頭突きを食らって
いた。なんだよこれ。ギャグでもやっているのか。ふざけているようにしか思えなか
った。
「なんだか、馬鹿馬鹿しい戦いに見てるんだけれど。」
「あの、あたし、ちょっと。タイムです。こ、これ笑っちゃいます。」
両手で口元を押さえるエリーちゃんだった。いやそこは素直に笑ってもいいと思う。
子供同士のごっこ遊びと言うか、やんちゃな子供が暴れているかのような巨大サハギ
ンの行動が面白おかしく見える。まぁ巨大化して一匹になったのだから生まれたてと
いうのはあながち間違いではないんだろうけれど。他の皆は、なんというか唖然とし
ている。サンショウは、自分がやられた時のことをまた思い出しているのか、体が小
刻みに震えていた。
「ブッチニキ流石やで。」
「すごいチウ。全然攻撃が当たってないチウ!」
しかし、こうブッチが活躍してしまうと、私の影が薄くなる気がするな。それにブ
ッチ上げみたいなのが多すぎて、嫉妬もしてしまうな。こいつ一人だけがいればいい
んじゃないかという状況になってしまうし。これは悔しい。この状況に甘えるが多く
なってしまってもいけないなと私は熱く闘志をも燃やすのだった。なんて言うわけが
ないだろう! こういう展開はすごいと思うけどさ! 私、別に戦闘狂じゃないし、
こんなやばそうな敵の相手はブッチに任せたっていいと思う! そんないつも戦いに
身を置きたいわけでもないし!
「ググッ!? グヘヘヘヘァ!」
ここで、突然ブッチを無視して、私達のいる方に走ってこようとした巨大サハギン
だった。危険だったので、流石にここは反撃をしかけようと思ったその瞬間、巨大サ
ハギンはすっ転んだ。巨大な体が音を手て地面にめり込んだ。何事かと思ったら、ブ
ッチの手から蜘蛛の糸が出ており、それが巨大サハギンの両足に絡みついていた。
ブッチは、そのまま巨大サハギンの上に乗っかり、頭部にひたすら張り手をくらわ
せていった。
「やっと、頭が攻撃できるな。うははははは! どうしたぁ! さっきまでの威勢は
どうしたぁ! 早く立ち上がれぇ! 俺から逃げて仲間を狙おうとした臆病ものめ!」
煽るなぁ。すごい煽るなぁ。巨大サハギンのプライドとかそういうのをズタズタに
しようとしているなあ。これは酷い光景に移った。もうこんなのいじめだろう。巨大
サハギンが可哀そうに思えてきた。ってこれも間違いだな。だって、普通に私達が戦
ったら絶対苦戦する敵だよこれ。こんなのを相手にしているブッチがおかしいだけに
決まっている!
「ブガッ! グァツ! デメ! ウガッ!」
ブッチは巨大サハギンの顔をばしばしと手ではたいていく。たまに後頭部に思いっ
きり張り手をしている。
「起き上がれ! お前の力はそんなものか! まだまだやれるはずだろ! もっとお
前の強さを見せてみろ! ここで諦めてしまっていいのか! 負けるな! 気合いだ
ろう! こんなところで終わっていいのか! 終わるんじゃない! 俺をもっと楽し
ませろ!」
結局、自分が楽しくなりたいから戦っているんじゃないかこいつぅ!? さっさと
倒れてくれた方がいいに決まっているじゃないか! そんな風に煽って、更に強くな
ったりしたらどうするんだよ!
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ほら起き上がったあああ!? 巨大サハギンは、ブッチを背中に抱え込んだまま、立
ち上がった。が、しかし。
「首絞めじゃあああああ!」
ブッチの奴が、巨大サハギンの首を締めあげていたなんといつの間にか、巨大サハギ
ンの両手を蜘蛛の糸で手錠のように動かないように固定していた。サハギンは起き上
がったはいいが。腕を動かそうとしても、蜘蛛の糸から抜け出せないでいた。
「残念!! このまま締め上げちゃうぞおおおお!」
「フザケルナアアアアア! ゲホゲホ!」
「お前の根性を見せてみろサハギン野郎!」
「ブゴオオオオ!」
もがく、あがく、暴れる巨大サハギン。しかし、ブッチの首絞めからは逃げられない。
ブッチも逃がすつもりが無かった。というかこのまま本当に窒息するのか? サハギ
ンってどうやって呼吸しているとか知らないんだけれど、首絞めすれば簡単に意識を
落とせるのなら、すごいことなんじゃないのだろうか。
「もっと抵抗してみろオラアアアア!」
「ブッブッブッ!」
「諦めんな! オラアアアアア!」
酷い。あまりに酷い戦いだ。この戦いの決着は、一体どうなってしまうんだろうか。
 




