第274話「サハギンの大量発生」
何匹ものサハギンの叫び声が聞こえてきたが、それを無視してだいこんには突っ
走って貰うことにした。だが、どんどん声が高くなってくることに違和感を覚え、
後ろを見ると、何十匹も迫ってきていて愕然とした。前方からは一匹も来ていない
事も不思議だが、挟み撃ちされる事も考慮して戦うことにした。だけど改めて見る
と数が多すぎるだろう。30、40、いや、まだまだ増えるぞ。なんだこいつら。一体
どこに潜伏していたんだ。
「よーし。じゃあちゃっちゃと片付けるかねえ。」
ブッチがだいこんから降りて前にでた。その瞬間に数匹のサハギンが槍をブッチに
投げつけたが、その全てを掴みとり投げ返すブッチだった。
「やっぱり雑魚かあ。話にならないぞ!」
ブッチはサハギンの群れへと突撃した。張り手に蹴りにであっという間に何匹もの
サハギンを蹴散らしていく。流石だなあ。囲まれているにも関わらず、攻撃を回避
しているし。
「おいしょ。おらよっと。はいそっちは遅い。そっちはもっとタイミングをはかっ
て攻撃しろよ。おいおい動きが単調だぞ。」
たった一匹のサイコロプスがサハギンの群れを蹂躙していた。前々から思ってい
たけれど、これだけの数がいるのに攻撃が当たらないのって何でなんだ。常識的に
考えたら、目がいいからだけで片付けられる問題じゃない気がするのだが、それを
何とかしているのが恐ろしく感じる。
こうなってくると、私がブッチと戦った時に、攻撃を当てることができたってい
うのはかなり凄い事だったのではなかったのかと自画自賛したくなってくる。あれ
はかなり苦労して攻撃を当てたが、こんな風に回避されていたらどうしようも無か
っただろう。あっ!? でもひょっとしたブッチは私に接待していただけだったの
かもしれないぞ。今更だけれど、そうかもしれない。本気で行くみたいに言ってた
けれどそれを真に受けてはいけなかったか。
「ねこますサマ。モトノスガタニハモドラナイノデスカ?」
「え? あ。」
忘れていた。般若レディの姿じゃないじゃないか。慌てて解除する私だった。あ
あ、やっぱりこの格好が気が楽だなあ。というわけで、念のため鎌を構えておき、
臨戦態勢にしておく。だけど、このままいけばブッチが全滅させてしまうだろう。
なんて思っていた矢先に、更に後ろから、今度は百匹くらい来ているように見えた。
いや、もっとな気がする。何これ、まずいんじゃないのか。そしてどうやって出現
してきているのかは本当に分からなかった。この先にあるのは門があっただけで、
そこにサハギンはいなかったはずだ。となるとこのサハギンたちは、私達が異動し
た後に、壁かどこかからか突然出現したことになる。モンスターの発生条件なんて
私は知らないが、サハギンの場合はそうなのだろうか。
「ブッチ! 私達も戦うよ!」
「あいよー。数が多いから気を付けてねー。」
なんて軽く言われたが、驚くべきだったのはサハギンの終わりが見えない行列だっ
た。敷き詰められたかのように、ぎゅうぎゅう詰めになって私達の所に向かってき
ているサハギン達。無尽蔵に出現する意味不明な状況。これは、まさか、そうか。
「大量発生か!?」
ブッチとエリーちゃんがはっとした顔をする。そうだ。これはよくある展開の一つ。
モンスターの大量発生イベントだ。オンラインゲームでは割と定番のイベントで、
特定のモンスターが大量に発生して押し寄せてくるというイベントがあるのだが、
このサハギンの量はそれに間違いはなかった、なぜ発生したのか、原因は不明だが
大量発生イベントなんてそんなものだろう。
「真空波! 真空波! 真空波!」
ひたすら攻撃をしていく。私以外のももりーずVの面子も攻撃をしていくが、数が
一向に減らない。何て言う事だ。私達のような少人数体制のチームが相手に出来る
数じゃないだろう来れ。なんでこんな事になったんだ。
「ライトニングスピアー!」
「南無阿弥陀仏!」
エリーちゃんが雷の槍を、サンショウがいつもの重力魔法で攻撃していく。たけの
こも重圧のスキルを使って、サハギンの動きを足止めする。ねずおはとえば、ちょ
こまか動いてはサハギンの足を噛み千切るなど、恐ろしい攻撃をしていた。くろご
まは、ブッチのフォローをしている。最近一緒にいた期間が長かっただけに連携が
よくできているように感じられた。
そんでもってリザードマン二匹。お得意の曲刀で斬りつけていくだけだが、強さが
感じられないな。あまり戦闘に参加させていなかったからだなあ。やっぱりこの二
匹は私が引き受けて鍛えるしかないな。
「姉御ぉ。ここはいつも通り肩にいさせてくれやで!」
「はいはい。」
だいこんはいつも通りだった。が、今の状況。これはやばい。どう考えても劣勢だ。
薬草が大量にあるから大丈夫だが、サハギンが数百匹も出てきて、蹴散らしてもき
りがない。何か解決策はあるのだろうか。分からないがやるしかないことだけは確
かだ。それからしばらく私達は戦っていたのだが。数十分が経過した。大量発生に
衰えは見えない。どこからともなく湧き出してくる。倒しても、倒しても、いくら
こいつらを倒しても終わりが見えてこない。どうやらこれ、一定数を倒せばいいと
かいう優しい者じゃなく、出てくる数全てを全滅させなきゃいけないようだ。それ
がいくら出てくるのか全く分からないけれど。
「きりがないでござる!」
「俺一人なら余裕なのに! 戦闘練習にはもってこいだけれどこれはまずいな!」
ちゃっかり余裕なんて言ってるブッチが羨ましく感じた。なんでそこまで強プレイ
ヤーなんだと。私なんかもう鎌で斬ったり、鞭を叩きつけたりしているのに、一向
に倒し終わらないぞ。どうしろっていうんだよ。消耗が激しすぎるだろう。今まで
こんなこと経験になかっただけにまずい。これは無難に撤退したほうがいいんじゃ
ないかと考え始めた時、最悪の事態が発生した。
「姉御。」
「分かっているって! 全員腹を括れ!」
「マジかよ! めっちゃ燃える展開だ! っしゃあああああ!」
一人だけ生き生きしているサイコロプスがいたが、他のメンバーは、全員が愕然と
していた。そう、前からもサハギン達が押し寄せてきたのだった。囲まれている。
この状況は身の危険を感じる。まずい。薬草を食べながら頑張っているが、とても
まずい。逃げるという選択肢を選ぶことができなくなった。あるいはこの群れがい
る中、だいこんに乗りながら中央突破すればいいのかもしれないが、だいこんがそ
れに耐えられるかどうかが問題だった。これはもう、隕石拳でも使うしかないんじ
ゃないだろうか。使ってしまえば、私の後ろからみんながついてきてくれればいい
だけだし。だけど、使いたくないという理由もあった。
もしここで、私が隕石拳を使ってしまったら海底洞窟が壊れてしまうのではな
いかということだ。海底洞窟が壊れてしまった場合、人間の大陸に行けなくなって
しまう。これは避けたい。もしかすると数日も経てば元通りになるというのもあり
えそうだが、本当にそうなるという保証はないので、かなりまずい状態にだ。なん
でこんな状況になっているんだよ! で、こんな状況の中でみんな必死になりなが
らも、たまに私の方を見ていたりする。これは絶対私に期待している顔だ!
「ねっこちゃん! あの巨大な岩になる技使ってもいいよ! でもこの洞窟は崩
さない威力でお願い!」
「そんな注文受け入れられないっての! ここが壊れてもいいような威力しか出せ
無いんだよ! 無理難題を言うなあああああああああ!」
「大丈夫! 気合いで行ける!」
「そうです! ねこますさんなら行けます! あたしは信じています!」
「ワタシモデス!」
そして全員がこぞって私を信じているなどと言い出した。よしてくれ。そんな期待
をされるとむしろやる気が低下するのが私なんだ! 無茶を言うんじゃない! 今
はこっちも必死だって言うのに! 大量発生マジでふざけるな!
「ギギギギ。グアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
なんだ? いきなり目の前でサハギンが弾けて死んだ。すると、それが連鎖して次
々とサハギン達が弾けて死んでいく。誰か何かしたのか確認するが、誰も何もして
いないようだ。これは第三者から攻撃を受けているのだろうか。それとも私達の誰
かがやっているのだろうか。分からないが、サハギン達が勝手に自滅するなら大歓
迎だ。こんなのやってられないって思っていた頃だし、ひょっとしたらイベントが
終了したのではないだろうか。終息に向かっているのでこのようになっているのだ
と推測した。
「これ、誰か何かやったー!?」
「ねっこちゃんじゃないの!?」
「こんなことできるかーって! うわ!?」
一匹のサハギンが黒い靄のようなものを口の中に吸い込んでいるのを見た。別なサ
ハギンも何かを吸い込んでいく。が、その吸い込んだサハギンも弾け飛んでしまっ
た。
「エネルギーを吸い合っている。ということはこれ。」
「これは! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ブッチが雄たけびを上げた。そして私はエリーちゃんと顔を見合あせた。これは、
絶対にそういうことだと確信を持った。
「みんな! これから多分ボスが出てくる! 気を付けて!」
こういう状況には何度も遭遇したことがある。合体して強くなるモンスターなどが
いたのだが、それと同じようなものだ。倒れたサハギンのエネルギーを他のサハギ
ンが吸い込んでいき、それがどんどん繰り返されていく。エネルギーに耐え切れな
いサハギンは、そのまま倒れていき、より強靭なサハギンに吸収されていくに違い
ないだろう。つまり、こいつらのうち最後の一匹になった奴がボスだ。
どんどん数を減らしていく。私はボスが出現するのを阻止するためにどんどん敵を
片付けていくがきりがない。数は減っていく。だが一匹一匹の個体は強くなってい
く。そうしてしばらく経過した後。最後に一匹が残ってしまった。一匹になった瞬
間に、攻撃を加えてボスになどさせないようにしようとしたが、黒い繭のようなも
のに閉じこもってしまった。
「これ、まずい。ブッチ! 多分そこからすげー強い奴が出てくる! 全力でぶつ
かってよ!」
「合点承知! はっはあああ! 楽しくなってきた! 盛り上がってきたぜええ!」
これからサハギンのボスが出てくるかもしれないっていうのに、全く楽しそうにし
やがって。いいだろう。私もその戦いに付き合ってやろうじゃないか!