第246話「般若レディの接近戦」
鈍っている。これは薄々気が付いていた。距離をとって戦うことに慣れ過ぎてい
る。だがそれを改善する機会がなかったのでそのままにして置いただけだ。このど
んぐり虫との戦いで、きっちり戦えるようにする。
「ゲルォオオオ!」
黄色い酸を吐いてくるが、これはきっちり回避した。方向が分かってくる攻撃だ
ったら回避するのはたやすい。問題は、この手の攻撃で自動追尾してくる場合だ。
今回は、そこまでじゃないが、自動追尾してくる事も想定して戦えるようにしない
といけないな。
私はブッチのように直感で回避みたいなことはできない。事前にこういう攻撃パ
ターンがあるという事を想定して動くというだけだ。ブッチが無作為の攻撃もパタ
ーン化された攻撃にも対応できるところ、私は頑張って片方だけしかできない。つ
まり私は凡才なんだ。だからこそ、経験を積まないと、どんどんゲームプレイが下
手になっていってしまう。
「ゲルォオオオ!」
二匹で何連発もしてくるが、速度も大して早くはなかった。なんだ、こんな攻撃
にびびっていたのか私は、といった気分になった。やはり遠距離攻撃ばかりしてい
ると、反撃が怖くなっていくのが難点だ。これからは、もう少し接近戦を頑張って
行こうかな。
「そんな攻撃当たらないっつーの!」
まだ少し距離があるのと、三匹目が姿を現すかどうかが問題だな。近づいたときに
一斉に何匹も現れたりするかもしれない。そしてその瞬間に連続攻撃をしてくるだ
ろう。最悪の状況はいつだって起こりうる。だからこそ、それが起こった時の対策
を頭の中で立てておくのが一番いい。
「あとちょっとぉお!」
「ゲルォオオオ!」
「残念! いるのは分かってた!」
突然目の前に現れた三匹目のどんぐり虫だったが、そんなことをお構いなしに、私
は鎌を持ち、横一直線に、三匹目のどんぐり虫を斬り裂いた。
「ゲ…!?」
「まだ終わらないよ。」
そのまま何度も斬りつける。どんぐり虫の体から体液が飛び散ったが、これが私に
も一部かかってしまった。だがそれを無視して私は突き進んだ。これで終わりじゃ
ないだろうし、むしろどう終わらせればいいのか分からないから戦うしかない。
「この調子だと何匹かいるな! ビビってないででてこーい!」
普段臆病な私が言うのもおかしいが、ここで挑発はしておく。何匹か一気に襲い掛
かってきたほうが、むしろ戦いやすいし。ただ、体液が飛び散って、それに触れた
時の影響が分からないが困るな。
「真空波!」
これも今の状況で効くのかどうか分からないけれど、牽制という意味で放ってみた。
どんぐり虫に当たって耐性があるのか見極める機会だ。
ためだ。さてどうくる?
「グギャアアア!」
二匹ともに命中し、体が横半分の真っ二つになった。簡単すぎる。これが囮で大地に
出も埋まっている奴が本体か何かだろう。
「グボカアアアア!」
「ええい! 黙れ!」
こいつらどんぐり虫は、本当に鎌で簡単に斬り裂ける。やはり直接攻撃が苦手だっ
たんだよ。何匹かに試しただけでもそうだと確信が持てる。だけど、急に耐性を覚
えた奴がでてきたら困る。困るけれど、こんな見た目的には弱そうな奴が、そんな
耐性を簡単に習得するとは思えない。
「気配感知!」
素で忘れていたけれど、これを使ってみる。すると、20匹ぐらいいるのが確認さ
れたことと、なんか大きな反応が1個ある。少し先に進んだ大きめの木に反応がある
ようだ。つまり、それがこいつらの巣みたいなものになっているんじゃないだろうか。
それにしても、地面に20匹も隠れているのか。
「さっさと出てこい! 出てこないならこっちから行くからな!」
というわけで大きな反応がある木まで突き進むことにした。
「グボァッ!」
「いちいち出てくるときに叫ぶとか馬鹿なのか!」
音を立てない方が狙えるだろうに、わざわざ、自分の場所を知らせてくるのは実に愚
か極まりないな。難易度設定ができるゲームなんかだと、簡単な設定だと叫び声がで
てきて気が付きやすい一方で、最高難易度だと、音もなく攻撃を仕掛けてくるなんて
いうのがあるから、今の状況は低難易度だなあ。
「それにしても…。」
鎌で簡単に斬り裂け過ぎだろう。もう少し硬くなっていれば、何度も斬りつけて倒し
たというのに。これは私の接近戦に対するリハビリみたいなものなんだから、出来る
だけ特訓できるようにしてもらいたいのにな。
「出てこないでビビっている奴がいるなら、さっさと出てくるんだな。」
何て言って奇襲を仕掛けてくる奴はいない。ならばこうだ。
「威圧!」
なんかこう、こんなトラウマになっていた奴らがわんさか湧いてきてしまったので、
段々どうでもよくなってきて、そこから更に進んで段々腹が立ってきた。なんでこ
んなにあっさりと倒せる連中にびびっていたのかと。よし、この勢いならこいつら
を克服することができそうだな。
「サンショウ! 一応後で魔法の出番があるから、一応近づいてきておいて!」
「はい! ねこますサマを邪魔するものがいましたら迎撃します!」
「よろしくー!」
魔法は相殺されるだろうけれど、サンショウも何かしら手段を考えていることだ
ろう。というわけで問題はやはり私だ。もっと、いい感じの戦闘をしないとだめだ。
「グボアアアアアアアアボオアアアアア!」
気配感知から一気に急接近してきたと思ったら、叫びながら近づいてくる何かがい
た。よし、これが最後の戦いってわけか。どんぐり虫の大元ってのはどんな奴にな
るんだ。やっぱり成虫になっているんだろうか。それとも、そんなこともなく最初
に姿を現した3メートル級か?
「グヘヘヘヘヘヘ。」
目の前に姿を現したのは、人間の形をした、どんぐり虫だった。何だコイツ。すご
い気持ち悪さを覚えたが、怒りのほうがそれを圧倒している。でかい敵を小さくす
れば逆に強さが凝縮して見えるなんて言われたりするが、こいつはそんな威厳の欠
片も感じさせない。ただの虫じゃないか。どんぐり虫人間とでも言えばいいだろう
か。
「ゲヘアアアヘエアア!」
指から黄色い酸を飛ばしてきた。私はまだ何も言ってないが、この奇襲。そうそう
こういうのを私は待っていたんだよ。敵とぺちゃくちゃお喋りしながら戦うなんて
気はない。ただ目の前にいるのは敵なんだから倒す。それだけだ。それだけなんだ
けれど、すごい今更なことに気が付いた。
…なんでこんなちょっと採取しにきただけでまたこんな強そうな敵がでてきている
んだよ!? おかしくない!? ちょっと気軽に来ただけなのにさぁ、もう絶対に
許せないよ。先生だってここには危険な奴なんかいないって言ってたのに、それな
のにおかしい!
「!」
私はここから、言葉を発さないようにする。いや、ひょっとしたら先ほどまでの
戦闘での声が聞かれてしまっていたかもしれないが、ここからは出さないようにす
る。もしかすると、こいつはプレイヤーであるかもしれなかったから。どんぐり人
間とでも言えばいいんだろうか。私とかブッチと同じようなプレイヤーである可能
性がある。
つまり、そうだとすると、先生が危険なモンスターはいないと言っていた理由にな
る。プレイヤーについては恐らく管轄外になっているのだろうから、こいつはそう
いう存在なのかもしれない。
そして、そういう存在であることが示唆されているのであれば、ここで私の正体
もプレイヤーであるという説明をしたくない。なぜなら、この場はきっとお互いが
得体の知れない者同士と言う認識だからだ。このどんぐり人間もひょっとすると、
内心では私にびびっているのかもしれないし、そうだとしたら、ここで声をかけて
しまえば、なんだプレイヤーかと安心しきってしまうだろう。って、プレイヤーじ
ゃなくて、本当にただのモンスターだったって言うのもありそうだけどね。
「げぇあああああ!」
「!?」
危なかった。口から青い炎を吐き出すなんて。こいつ、人間離れしているな。いや
人間じゃないんだけれど。よし、それじゃあお帰りに狐火を放ってやるよ!
「ギヅゥネビィ!」
こいつの真似をしてみた。いかにもモンスターですよって感じで口から赤い炎を吐
き出してやった。うーんでもこれは辞めておけばよかったかな。漫画的展開で言う
と、まるでライバル同士じゃないか。こんなのと同列扱いになんてされたくはない。
こんなどんぐり虫人間なんてお断りだ。向こうもそう思っていてもらいたい。
狐火を放った直後に、もう私は動き出していた。そして。
「グアアアア!?」
どんぐり虫人間の体を思いっきり斬り裂いた。しかしここでは体液などは飛び散った
りすることはなかった。どういうことか分からないが、このまま連続で攻撃するべき
だと思ったので、どんどん鎌で攻撃を加えていった。
「グアッ!? ゲッ!? ブアッ!?」
おいおい、そんな呆気なくやられそうになるなよ。まだ何か隠し玉を持っているん
だろうなんて思ったが、そんなことお構いなしに、ひたすら、ひたすらとどんぐり虫
人間の体を斬り裂いていく。
「ウゾッダ!?」
喋ったかのような感じだけれど、それも関係ない。私に攻撃を仕掛けてきた時点で、
もはや敵としてしか判断しない。私は、途中で攻撃を辞める様な理性を持ち合わせて
いないのだ。こういう奴を倒せるときに倒しておかないで、生かしたしまうと、後で
ろくなことにならないのはゲームの展開なんかで学んでいる。折角、見逃してやった
としても更生なんかまるでしないのが普通だ。
「グエッ!? アッ!?」
どんぐり虫人間は倒す。このまま余裕で倒せそうだが、結局こいつも逃げ出したり
しそうなの所だけまずいと思っている。逃がすつもりはないのでここで倒す。もしも
プレイヤーだったら多少罪悪感が湧くかもしれない。
「グボァァア!」
全身から黄色い体液を出してきたが、これはかわした。かわしたと同時に、狐火を使
った。だが、どんぐり虫人間にはあまり効いているようには見えなかった。火に耐性
があるのか。なら、ちょっとワンパターンだけれど、最後はこれで決める。言葉には
出さないが、雷獣破。私の左手がバチバチと音を発し、電気が集まってくる。
「!!!!」
「ナンダゾレ!?」
あっ。これプレイヤーっぽいなやっぱり。反応的に。でもどうだろう。うーん。分か
らない。まぁいいか。これで終わりだよどんぐり虫人間! ちょっと気軽に採取しに
きただけだったのに苦労させやがって! 倒れろ!!!
「アアアアアアアア!?」
どんぐり虫人間の全身にとてつもない電撃がほとばしっていく。うわぁ、やっぱり雷
獣破は強いなあ。これやっぱり私の切り札の一つだな。
こうして、私はプレイヤーかもしれないどんぐり虫人間を倒したのだった。